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猫の未来 [猫]

えー、梅雨もかき入れ時となりまして、と なんのこっちゃ。

雨が続いていて、気になるのは駐車場に来る猫たちだ。高騰する野菜より

売れないクーラーより、野良猫が気にかかる。理由はある。

彼らを見ていると、ふてぶてしく、そこが好きだからだ。観察しているうちに

彼らがどうして生き長らえているか、駐車場だけではまったく解明できない。

どこかで食料を調達しているはずなのだが、そこにたどり着くのはシャーロック・

ホームズにならなければならない。明日は雨か、また曇りの日が来るだろうから、

それをチャンスに行動してみたい。

夏になってしまえば、猫も暑さで行動が変わってしまうだろう。

彼らの行動はほぼ同じ一日の行動範囲を、同じように巡回しているようだ。

ルーシーの場合は年なのか、習性なのか、トラウマなのか、人間の男は

強くて危険、女・子供は弱くて気を許せる、ということで統一していて、

恐らく、女性の家でエサをもらっていると思う。というのも、僕が

島へ出かけて長く留守にした時に、家の女房に数日、出てくると鳴いて

エサを迫ったそうだ。ウチのは外猫アレルギーだから、ルーシーには

かまうことはない。

猫はたいしたもので、僕がエサをくれるから、女房も(人間弱い種なので)

エサをくれるのではないかと、営業したらしい。男の僕への営業もした

ことがあるが、僕がそれを喜ぶオーラを出さないので、つきあいにくい

奴だと見定めたらしい。以来、まるで事務的にエサを食べに来るが

見かけは素っ気ない。見かけは、というのは、3年もそういうやり取りを

していると、彼らがまったく独自に動いているのがわかる。なにか気にして

いるのはわかるが、こちらにはわからないし、もしかすると、ルーシー自身

もわからないのかもしれない。例えば、時に風の強い日には、食べ終わって

プラのエサ皿がひっくり返してあることがある。プラなので風に飛ばされ

ないよう、気づかいなのだ。

僕の時にニャーニャー対応するのは、よほど腹が減っている時だろう。

僕に甘えてもなにもいいことがないと知っているのだろう。そうして

そういう独自な生き方をせざるを得ないルーシーを見ていて、人間なら

独立心とでも言いたくなるものを感じて、僕のほうからは少なからぬ

友情を抱いてしまうのだ。

猫はエジプトの文明時代から倉庫のネズミ被害対策で飼われたのが

初めだろう、という。そのころから、人間のオーラを判断するのが

うまかったのだろう。遺跡には、神になった猫の彫像が刻まれている。

たいした出世だ。

それからずいぶん、幾時代もあった。そう簡単に猫の時代は終わらない

だろう。が、現代では家庭動物の避妊手術を奨励していて、今は1匹

3万くらいか、エサ代、砂代、病院代、とあるので家庭でその手術を

する猫の数には限度があるだろう。

この先、手術代が画期的に安価になる危惧はある。良かれと思ったこの

進歩は猫の数を半分にするかもしれない。それでも人類とともに生きる

ことを選んだので、絶滅はない。それは人類とともに、だろう。

人類と共存しながら絶滅を避けている鳥がいる。スズメだ。彼らは

人と妥協せず、成鳥したら絶対に飼われない。鳥かごに入れられても

エサを受け付けず、餓死を選ぶ。そして、スズメは肉身が少なく、骨っぽい。

それで食べられることも少ないので、うまく世界中で、そこらの都会でも

繁殖している。イヌもネコもその点、人間と共同生活を営めるほどの感覚と

適応力を備えていて、特殊と言える。 そのためにならないはずの病気に

なったり、とそれ相応の悲劇もある。

犬はすべて、人間の癌を嗅ぎ分けられるらしい。人間が愛玩だけではなく、

友情を築くことができたら、犬は癌の場所を教えて、悲しく鳴き、近寄ら

なくなるという。それでなにかあったと、飼い主は悟る。

猫はなにができるだろう。心配はいらない。僕らより優れて、なにがあっても

適応するだろう。それがネコだ。


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