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天才と知性 [知性]

島へ来て、1冊は完読するつもりだった。そういう本を2,3冊リュックに。

その他、宅急便で10冊以上島に送った。資料読みのつもりなのだが、

ほぼ本の背表紙を眺めるに終わるのが常。  

いろんな考え、意識に浮かんだ過去の感想が浮かんで、まとめて言いたく

なる。できればだが。そんなことはできない。言葉とは順を追って概念を

ひとつにまとめる記号だからだ。そう言っても、言葉はその実物を想起させる

じゃないか、と言葉とリアルが同じレベルであるとして考えている人が多い

のも事実。それは混濁しているのだが。 

僕らはそういうように空想をほんものと勘違いして暮らしているが、そうしなけ

ればならない事情があるのも、事実。それは世間は誤解だらけだという事実

でもある。結果、僕らはマルクスとかいずれどの大思想家でもその意見に

共感したつもりになって、思想たるを話し出す。それはさまざまなパターンを

生み出している。自分と他人の思想との接点という、お互いの部分部分で

絡み合っているのだが、そこでは評価や関心・感心や共感といったものが

共通しているが、世間の下馬評的なものを出ない。それぞれが自分の

意見に照らし合わせて納得したものが土台にあるので、なんとなく共通して

いるが、厳密にお互いを意見でもすり合わせたら、とんでもない不協和音が

飛び出すだろうから、やめておいたほうがいい。この共通した認識が混濁

しているから、お互いの理解が得にくいという、目の前の現状をしっかり見る

ところから、僕らはなにかを語れる。

僕が書こうとしているのは、それがテーマではない。それにはまだ準備となる

前提が必要だ。

天才モーツアルトについて書くと、評伝や評論ぽいものを5,6冊読んだが、

秘密結社フリーメイソンとの父との、また本人との関係については読んで

いない。その天才の秘密とか謳いながら、肝心のことは何も書いていない。

それはそれほど大変なことじゃない。  

まずモーツアルトには大天才たる特徴があったことと、その音楽自体が

秘密であったことだ。この二点に絞られる。大天才の特徴というのは、

いつだったかモーツアルトの生誕二百年祭でだろう、「モーツアルトの

没後、彼ほどの天才は今後200年も出ないだろうと言われたが、200年

経っても出ない」と言わしめたほどだ。  

モーツアルトが特殊なのは、まず音の記憶力において絶対だったこと。

教会のミサ曲で門外不出のものがあって、年に一度だけ教会で演奏

される。モーツアルトがまだ幼少の頃、これを聴いて、1時間以上もある

曲を覚えて、帰ってきてから、家でそれを音符にしてしまった話がある。

そして、もうひとつは16分音符まで聴き分ける音感を持っていたこと。

それは音の長さ・音程にとどまらず、楽器も聴き分けた。そのために

モーツアルトは自分でピアノを自分用に改変までしている。現在の

ピアノのルーツはモーツアルトにある、と言う人までいるが、これについて

調べたことはない。  

その特徴に加えて最大の天才は彼の作曲にある。彼はそれを「ごちそう

のようだ」と言う。なんのことだかわからない。いいのだ、感覚の天才は

言葉には長(た)けていない。彼の子供のような性質から正直な感想しか

述べていない。そこから類推すれば、作曲はわずかな時間でできた。

作曲とは呼べないだろう。1時間以上もかかる交響曲を数秒か

10数秒かで聴いてしまうのだから。誰もそんな経験がないし、今まで

耳にしたこともないから、そこを尋ねないのが、面白い。僕らはわからない

ことに遭遇すると、かくもピントが外れてしまう。作曲は3分から5分だったかも

しれない。モーツアルトにとってその時間はないのとおなじだから、彼に聞いた

としても、はっきりしなかっただろう。

交響曲がそういうように、それも集中して、3曲同時期に生まれる。

異常である。だから天才なのだが、一度聞くとどんなに長くても絶対に

忘れない。これを証明するかのようにと、どの本かの著者は言っていたが、

作曲した楽譜がきれいなのだ。まるで写譜しているかのように推敲の後が

見られない、初めから清書の楽譜。これは現存しているから調べれば、ドイツ

のどこかの記念館に陳列してあるだろう。この3曲をモーツアルトは2週間で

作曲・完成させた、とある。それは理に適っている。わずかな時間で聴いても

楽譜に写すとなると、それぞれの楽器別の楽譜にもなって、相当な作業になる。

1曲を4,5日で書き写したのだから、さも3曲なら2週間になるだろう。作曲の

推敲なんぞの暇があるわけがない。  

彼の秘密はその作曲の秘密にある。その創造はどこから来るのか、どうして

なされたのか、という創造の秘密だ。彼が「ごちそう」だと言っているのだから、

彼にも供与されたものという感じがあったのだろう。だから、自分でも知り得ない

秘密だったのだ。

確認すると、彼は(例として)1時間の曲を1分(概定で)で聴いたのが事実

だったとしても、いや事実だったのだが、それは概念で構成できない。

だから、彼の言う”いっぺんに聴いた”が想像さえできない。知性の外にあると

言わざるを得ないだろう。


モーツアルトのことをもう一度書いたのは、この天才がどれほど見えにくいもの

だったのかを、書きたかったから。それは妻のコンスタンチェがそのまんまに

行動しているので面白い。コンスタンチェから見たモーツアルトは子供っぽい

大人のモーツアルトだった。弟子たちと話しながら、笑いながら楽譜を書いて

いるモーツアルトは日常の光景であったはずだ。コンスタンチェはこう思った

に違いない、天才は簡単!  

モーツアルトは貧しかったので、棺桶も下から2番目で、葬列もなかった。

家族葬のようなもの。それでも成功して羽振りがよかった頃もあった。まだ

父も生きていて、都会の暮らしを自慢したものだ。今で1000万円くらいの

年間収入があった。では、どうして没落したか。それは社会性のない

子供らしいモーツアルトだったから。そして、それがフランス革命と重なる

ことで、モーツアルトは貴族というスポンサーの庇護から脱却して、自活

できる、と思い込んだ。それで脚本家と手を組んで貴族を社会風刺する

オペラを書き続けた。フランス革命は成り、貴族はモーツアルトから手を

引いてしまった、一人を残して。かくしてモーツアルトは計画とは裏腹に

貧乏に落ち込んでしまった。

残されたコンスタンチェと息子は生活をなんとかしなくてはならない。  

そこでコンスタンチェは息子をお父さんのような天才にしようと思った。

まず、お父さんの名前と同じに改名(同姓同名)させ、大作曲家に教えを請い、

学ばせた。

コンスタンチェから見たモーツアルトはいつでもどこでも作曲していた。

話ながら、笑いながら、そんな天才ならつくるのも簡単でないわけがない!  

平凡で苦労なく生活できた時代が長かったのか、彼女には天才を創る

ということが楽に見えたほど、モーツアルトとの生活は楽しく、しあわせな

ものだったのだろう。(この感想もくり返しで、新しいものではないが)


僕らは日常と常識とか自意識とかでは、天才の秘密たるものを見ることが

できない。ちょうど動物たちの超感覚を目の前にしても気づくことができない

ように。だから、少し論旨が戻るが、思想を通して、思考を比較しあって、

ある程度なりに共通の理解がある、と思えることはとても重要なことで、それ

は批判の的にはなろうけれど、世界の実際の広がりの不気味な巨大さを

思う時、小さな知性という村を眺めて、少しほっとするのである。


「パンセ」でパスカルは心を幾何学的な心と繊細な心とに、二つに分けている。

読めばそれは数学を扱う、原理を追及する知性であり、その他の感性を

まとめて、感情や感覚・直感など、繊細な心としている。同時代のデカルトも

あいまいにだが、誰にも備わった知性(=彼の言うのは理性)から物事の

原理へと迫ろうとしている。この17世紀の天才たちが生きた時代には、まだ

意識の問題は存在していなかった。意識はやはり、フロイトの精神分析から

想定されたものだろう。それは内層心理という新しい学問分野をもたらせた

けれども、ユングなども神話の夢からオカルト的になったし、フロイトも内奥には

性の歪んだ現象があると、それぞれ自分の夜の夢を追った。それはそれぞれ

のナイトメア(悪夢・夢魔)を作り上げてしまった感がある。心の古代を追うのは

一見ロマンチックだが、実際は魑魅魍魎の棲家を尋ねるようなものではない

のか。僕の経験では、闇は深い。それでは足りない、深すぎて何万年もそこから

這い上がれない。

(モーツアルトは子供のころから、うんこやおならの話が好きで、手紙に

プップッーとかの擬音をよく入れていた。よく言えば無邪気なのだが、要は

これほどの天才にはそれほどの無邪気さを必要としたのだろう、という小林

(秀雄)の書き方はあっているのかもしれない。誤解を承知で言えば、(感覚

の)天才というのはそれほど(子供のように)無知で、バカなのだ。

それでも、哲学の、晩年発狂してそのまま亡くなったニーチェより、または

同じ哲学者のアルチュセールは狂って奥さんを殺し、その後回復してまた

活動を再開したが、そんな悲劇の彼らよりはよかったのかもしれない。)


アメリカで精神分析を基にした心理治療が社会的地位を占めて、警察でも学校

でも、医療でももちろん、何かというと盛んにセラピーを受けろ、と言われるらしい。

これがドラマの受け売りならそれですむ話だが、アメリカは神という信仰に長い間

取りつかれている。(が、これについて最近、長く考えてきたことがあるが、そこに

触れてゆくと、この先が見えなくなってしまうので、これはここまで)  


「無意識はない」とユングは言った。

それは無意識は”意識が無い、というのではない”ことを示そうとした。だから、

僕らが無意識と呼んだのは間違いで、そのまま深層意識でよかったのだ。

無意識と呼ぶから余計な誤解を招く。僕らが無意識と呼ぶものも、意識の全体の

中にあり、僕らが自意識で辿れない領域を示す。そうだとすると、意識は不思議な

様相を示す。僕らの意識できるものが、自意識といういわば感覚なら、意識され

ない領域は僕ら人間にとってどういう意義や内容、意味を持つのか。こういう

書き方は僕らがその意識に対して無知であるのを前提にした言い方になって

いるが、まったくの無知ではない。伝達というだけなら、僕らは潜在意識とか、

仏教ではそれを「無」と言ったり、「空」と言ったり、「畢竟空」という言い方をして

いる。言葉を変えたり、増やしたからといって、それで何が明らかにされたという

わけではないが・・・。   

「天」や「永遠」や「無限」もそいう意味では共通していて、僕らはそれを共通して

直接見ることはできないにもかかわらず、イメージ概念としては比較的、自由に

使っている。言葉は役に立っている間だけは長生きする。中身のわからない言葉

であるだけに、抽象語は死語にならず、未だに生き残っているとも言える。   

生き残るからにはその言葉を使わないでは説明しづらい事象を扱うことが続いて

いる、またはそういう表現を使う書物が続いていることを示している。  

僕らにとって無意識との出会いはまったく予想を超えるものになる。僕の経験が

無意識なるものであったのなら、僕らの感覚(五感)はまったく伴わない。記憶さえ

伴わないと、初めは思えた。

だから、僕の感覚は多く、役に立たない。それは僕がどう表現しようとこの世で

通じるような役に立つ言葉にはならないということだ。ただ類推するだけに役立つ

かもしれない、というなんとも頼りないヒント程度の内容だとなる。   

その頼りないヒントから、またこれまでに辿って来た愛の解明とでヒントとして

できた仮説がある。

まず、19歳の時に投げ込まれたように感じた記憶のない時間を過ごしたわけだが

これは相当のショックだった。「無」というとぴったりくるので、それに続く「無感覚」、

「無感情」、「無限」という言葉のイメージが当てはまった。はっきり覚えているのは

もう人間が取りつく島がない、手がかりのない世界だというのがあまりに強い印象

だったことだ。初めから手が付けられないのだから、諦めであり、無関係な傍観

の世界だった、そういう印象だった、と言える。

ところが、ここで重要な言葉が加わる。声として聴いたのではない。そういう意味の

こととして、感じたのが「自分を信じてはいけない」という感じだった。これがはっきり

しているのが、今でも不思議なのだが、初めて聞く言葉であったし、まずその内容が

僕にはすぐに理解できなかった。言葉の意味はやさしいが、その意味は不可思議、

自分を信じないで、何を信じて行動なり、生活なりをするのか、基本は自分では

ないか。というのが、残された印象だった。

考えた。

自己喪失の体験という本があって、これは米国人の女性でキリスト教信者が書いた

自己体験だったが、とても面白い。、体から離脱した魂が ファンタジックと言える

ほどに現実の光景をチャンネルを代えるように浮遊する。読者はそう読むだろう。

ところが、僕は違った。ファンタジーではすまなかった。その文章の感じが僕の

体験の雰囲気と同じだと、すぐに伝わって来たから。「同じだ」と、これは不可思議

だった。僕は彼女のように映像世界を飛び回ったのではなかった。まったくの闇

だった。ところが、同じレベル、雰囲気、同質の、夢遊の世界と共通だった。  

彼女は神を信じるキリスト信者であったにもかかわらず、その体験から人格神と

いうものはない、と悟った。自己喪失と気づいていたのだから、自己に関連する

だろうが、彼女は意識しなくても、旧約聖書の神、ユダヤ教の神の顕現を否定

したのだ。少なくても、それは「神」ではない、と言った。しかし、新しい神の追及

をするのがこれからの私の旅になるだろう、と決意を語る。

彼女の自己喪失をここで取り上げたのは、大事な理由がある。それは僕らが

自己の内側である限り、つまり一般に普段の我々である限り、例え記憶を失う

ような経験をしても(気絶とか)、自分を信じないという発想はできない、という

ことだ。

僕らは自分が日本人であるのを信じるように、自分を信じる。だから、僕が19の

時に聴いた言葉は、僕が自分に発した言葉ではない。自分を信じる人が無意識下

でも、自分に「自分を信じるな」というのは、おかしい。すると、それは他から言われ

たことになる。これは僕の嫌いなパターンで、スピリチュアルとか、宗教とか、それは

幻想や神秘を呼び込んで、結果、この世からの追及を許さないものに変幻して

しまうから。

これは死(死というイメージだが、それだけではない膨大な心理?別世界?ゾーン)

と愛とが重なり合うのを感じた時に、そこから愛の芯*が発見ができた時に、そこから

派生しても起こった。詩を書いていて、誰かが僕に「人間になるのよ」と言った気が

したのだ。秒速の意識下でも、これが変な言葉だとはわかる。 

(* 愛の芯については、この項では説明しない。) 

人間になるもならぬも、元々僕は人間だからだ。これは心に引っかかった。その

影響で僕は「人間になる」とはどういうことをいうのか、を追求し始めた。それが物事

を考えるうえで大いに役に立ったのは、想定外の収穫ではあった。

この世の他の、コンタクトの取りにくい世界があって、というのは可能性が低くない

ことだが、それを想定するとたちまちコンタクトが取りにくい、ほぼ取れないのは、

その感覚が僕らは発達していないからだ、となる。生まれつき盲目だとすると、

その人に見えること、光や色ということを説明して、理解してもらうのは、ずいぶん

と困難なことだ。

有名な聴覚と視覚の重障害者のヘレン・ケラーは超霊能者のような人(スウェデン

ボルグ)の言葉がなければ生きられなかった、と言っている。これは面白い。

感覚の喪失下でもそういうこの世を超絶した世界のことを語る言葉には、共感を

呼ぶ要素があるということだ。

物質には3つの状態があると近代では言われてきた。個体、液体、気体がそれ

だが、現代ではマイクロ波照射などのある条件では、プラズマ体(電離した気体)

になることが知られている。もう眼に見えても光くらいしか感じないので、固体や

液体のようにある程度、定まっていないので素人目には区別できない。  

僕らの感覚が限定されたものである以上、それ以外の世界があっても、コンタクト

さえない状態ならば、それは僕らと無関係だ。

僕らの感覚に入って来ないので、生活には影響がなく、今の量子力学と同じ

ように科学の最先端以外では、国家世界のなにものにも(現在では)どんな

影響もないのと同じだ。

さて、ここでこの半世紀を費やした、僕が語ることができればと願って、挑戦

してきたことの正体が現れる。まだ時期尚早なのかもしれないが、時期は希望

に過ぎない。確実なのは、いくらやっても”むなしい”ということだ。無に始まり、

虚しさに終わるのだから、相応しい終わり方ではあるのだろう。それに終わり方

がすべての結果というのでもない。子供もいるし、詩もそれなりだが、作品に

なっている。その虚しさのバックを梃子にして、この世の誤解を解く問題は山積

しているので(細かいが)、死ぬまで5年、10年書くのに困ることはない。

だから、僕は「人間の取りつく島のない」という19の時の感覚・直覚は正しかった

のだろう。

本が読めなくなったのは十数年前、大ウツをやってから気づいた。ともかく字を

見るのも嫌悪ものだった。それを克服するのに一回に6ページを読む、できたら

30ページをという具合に増やしていって、1日に300ページを読めるまでに

回復したが、それも数か月の短い一時期で、またなんとなく読まなくなった。

初めは個人の違いがあまりにはっきりしているのに、生きる指針のようなものが

思想のような部分的な知性だけで表現できるわけがなかったので、その部分

からの批判だったが、本との出会いがある一般的なケースについては考慮

しなかった。人生(生き方)の勘違いが多いので、どのみちそういう本に惹かれて

しまうだろうから、その脱却を目指すのを第一としたからだ。

いろいろ他にそれらしい理由は挙げられたが、現在ではケガして暇な時間を

持っても、ともかく読んでみてと、5分も読んでみても続かない。以前は、取り上げ

さえすれば本は読めた、その気がなくとも。

本は情報という風景に変わってしまったみたいだ、僕にとっては。   


なぜだろう?千年前は言葉が違うので、今は学校で古典として古語を習わないと

書いてあることの意味さえ掴めない。これが厳然たる事実であるから、僕らは

千年過去の日本にタイムスリップしたら、まず言葉を身に着けるところから生活を

始めるのだろう。まるで外国人ではないか。さらに二千年前、それは今から

三千年前ということだから、もっと理解しがたいことがある世界だとみても構わない

のではないか。

例えば、法律が「汝、人を殺すなかれ」とかの簡単な箇条書きで10か条もあれば、

犯罪は起きない社会であったなら、その当時の人々のコンセンサスはとても

よかったに違いない。 

少ない法律は人々の多様化ではなく、単一化を示していただろう、それで簡単な

法律でも、皆がそれを承知してそれに類したことが起きても、意見の違いはほぼ

なかったのだろう。それは彼らにとってわかりきったことだった。現在の僕らは

社会の複雑さに合わせて、法律は何年も勉学して覚えなければならないほど

複雑怪奇なものになってしまった。「そこは堅く考えなくて」ということでは済まなく

なってしまったのだ。裁判然り、コンビニの釣銭も然り、もう僕らにそのコンセンサス

(共通意識・総意)はない。

だから、三千年以上前の世界に現れたブッダ・孔子・ソクラテスといった哲人は

僕らが慣れてしまった哲学とか科学とかいう概念もなく、学問は単純で、わかる

ことはとてもツーカーでわかったのではないかと想像するのだ。心理や精神分析

の思考がなかっただけでどれほど僕らと認識が違っていたかと思うほどだ。



以上だが、まだ新しい問題は発生している。考えるのに小休止は出来ても、区切り

が大きく着いた、ということはないのだろう。もう一つ、最近新しい問題では、夢を

見た。それはまた、次か、長くなったから。



                                     9. 16,17,・・19




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