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孤独を解題する [孤独]

何が謎で、なにが明快になったことか、という区別が

曖昧になった今、一つの問題を解いてみようとする

ことは、その辺の事情を見通しよくするかもしれない、

と思い、いつものように思いつきだが、始めてみようと、

(言おうとした言葉を飲み込む、思い出さず、そのまま

捨てる)・・。 


それは孤独のことだ。それを孤立という、村八分や

仲間外れに考えてもいい。どうして僕は孤独になれ

ないのか、それどころか、それを望んでため息を

ついたりすることがあるのだろう?それがまず、 

取りあえずの問題だ。 

それを気にしていなかったのは、無意識との関り

から、僕は一般的な意味で一人になっても、その

つながりがあるから、結局は一人になることは

できない、のだと考えた。それはどうにもはっきり

したストーリーではない。無意識に手を加えるとか

は、思いつきもしないし、考えもしないことだ。 

そんなことができるなら、教えてほしいくらいだ。 

ほんのわずかな感触があるだけで、それを何年も

追う。そうやって得られた感触が溜まったのか、

ある程度の厚みを感じるようになってやっと、その

感触の色合いとか、傾向とか、こんな感じ、という

ものを想像できる。蟻の一歩なのだ。 

僕には無意識を理解することで絶望することは

できても、社会化するということなら、できないと

思う、僕には。 

おおよその理解はしてきた。入口まで30年、入口

から進まないまでも、10年もすると、なんとなく

これはあれでない、くらいはわかる。死と愛の大きさ

の比較ができなかったが、死の中に愛があると

わかったのも、偶然だったし、ひょんな感じで直感が

来た。死は死ではないし、その先は僕には行けない

ことも。

それがなにかわかったことになるのだろうか? 

いまだ象を触って、それぞれ勝手な推測をする

6人の盲人の話と、それほど変わりないという、

そんなレベルではないだろうか?  

ここからは半分、間違う覚悟で発言する。わかって

いるのだ、僕らが過去において、どういう誤解をして

きたか、それは十分な対象の感じをつかむ前に、もう

推測で知的判断をすることで、早とちりをして、ズレた

”もの”や”事”を築いてしまうことを。 

だから、発言すべきではない、ということなのだが、

それはもうストップしてしまった。もう調査中、ではない

のだ。再開の見込みもないから、ここで7年分?の考え

だけでも、それが誤っていると知りながらでも、書くのは

致し方ないと思うのだ。どこまでヒントになるかもわから

ないが、今の誤解を指摘するのだけはできる。指摘は

正しいだろうが、指摘して、その本当の中身はという処で、

その内容が危ない、ということだ。 (話半分の例で)



あの世はここにある。僕らは仮想空間を作ってゴーグルを

かけて遊んだりするが、死者のエネルギーはこの仮想空間

を作って、どうやってかそのエリアでエネルギーの供給を

続けている。いくつあるか知らないが、二つ三つではない

だろう。この世に同じ空間に同時に存在するのが、そういう

仮想「あの世」で、それが一般的に死者の世界と信じられて

いる。精神の死によって死のゾーンを発見するかもしれない

が、それは「あの世」ではない。死という言葉がふさわしい、

冷空な世界と呼べる、”あるもの”だ。死者がいれば、何度も

訪れれば、気でわかる。そんな”気”は感じたことがない。

で、この世にあるあの世は、一例として、仏教の修行など

した僧が、亡くなっても衆生を救うという思想のチップ情報

になって、その精神エネルギーでそういう迷いチップの死者

エネルギーを拾い、集めてしまう。

自分はいいことをしているつもりだから、始末に悪い。本人

は死んでもそれを納得させる本人の自意識は消滅して

しまっているので、自覚という生の健全な機能がない。 

死者からこぼれた情報は信号体だから死を自覚できない

のだ。だから、心霊の仲介者とかがそういう意思のない、

同じくり返ししかできない情報ループと話しているつもり

なのは、滑稽な図だ。 

仮想を構築するくらい力のあるエネルギーチップになる

と、自分の情報内でならば、受け答えができるので、

それを聴いていると、騙される。相手は自覚がないし、

そもそも騙すつもりもない。だから、怖がらせたり、

いたずらしたりするチップがいてもおかしくはない。

どいつもこいつも自覚がないんだから。

そのチップはある種の信号でできている。そこは

コンピュータなどと同じで、プロトコル(または周波数

とか)などがないと通信はできない。それで特定の

人間が周波数が合うとか合わないとかの仕組みが

あるのだろう、感じない者は感じないので、無視して、

無関係に。 

補足しておくのはいたずらの例だろう、悪意というチップ

は厄介で、その悪意に従って、僕らは脳の記憶をそれに

沿って想起してしまう。すると、自分が恐れる映像を自分

の記憶からわざわざ抽出して、それを見て怖がったりする。

そういうことが起きる、と考えられる。自分が怖いと

思っている、(自分では忘れているが、)脳にしまった映像に

自ら 驚く、となる。 

幽霊のシステムはほぼこの応用や、その逆反射のパターン

になる。 誰か感受性の強いのが一人見ると、その映像が

周囲にも移り、見させて(反映)、全員(自分は見ていない

のだが)見た気になる、というもの。その傍証もあるが、

確実じゃないので省く。 

(とても長くなることを書き始めたと、今、気づいて、指が

止まった。長いものにすると、いつ再開するか自分で

自分に約束できないから、まずい。 

この先はスェデンボルグの「霊界日記」を扱う時に

まとめて書こうと思う。) 



この地球全体、というもの。さらに大きすぎて、想像する

のがまるでなにもしないのと同じことになると、わかって

しまうもの、それが宇宙。 僕らが生まれて、6万年?

少し前まで、猿人だと頭ではバカにしていた生物だった

のに、宇宙は地球が生まれる頃から30億年を超えて

いるもの。その営みを追って、まだわずかな手がかりと

技術というささやかな文明にして、なにを言えるの

だろう。

僕は内面で無意識を探ろうとしたから、それを過大に

評価する危惧がある、いつも。 口の中の傷は小さく

ても、舌で探ると、大きい傷に思えるのと同じだ。

それでも、宇宙はどうしようもなく巨大だと、僕の未知

の感覚がそう教える。もしかすると、この地球上で

そういう宇宙進化に沿える特化した感覚の生物が

どこかにいて、そんなとんでもないことも感覚できる

進化を遂げているのかもしれない、と僕は日暮れに

窓の外を眺めながら、思う。

犬や猫の超感覚も、それがどれほどなのか人間は

見向きもしない。遠いエジプトの時代に、その王朝

で猫は貯蔵庫の穀物をネズミから守るのに、役立った

らしい。しかし、それは使役の動物であったはずだ。

ところが、猫はバステト神という猫の女神に昇進して

いる。古代エジプト人が猫を神に昇格させたことは

それなりに理由があっただろう、とは想像できる。 

天文に詳しく、外科手術もしていた古代エジプト人

が本当は何を知っていたかの大部分は、まだ

わかっていないのではないか、と思う。そこを

煮詰めるのは、まだ無理なことなのだろう。

でも、ヒントはある。愛と死が並列な存在ではなく、

愛を死(:一般に誤解されている死ではないので、

ややこしいが、そこは前提としないで、無視して)

が包括している。または大きな死のゾーンに愛は

内包されている。誰が言ったのか、小林(秀雄)が

ドストエフスキー論の中で言っていたと思うが、

「愛は恐怖だ」というのは、そういう事情を指して

いるのかも。 (そうは言っても、大まかで、よく

わからないが・・)

孤独はたぶん、自分が大切にするもの、大事な

人や人々や物、自己証明やルーツから切り離され、

またはもう会えないとか、その密着を欲することを

できないことから、そしてそのために自分の心の

肝心な部分を満たせないことから来るのではないか。 

飢えから来る空白感、むなしさという心落ち着かせ

ないもの、そういう恐怖を根底にして、不安を呼び

起こすもの、どうもそんな感じがする。 



近所の子供の声がしている。近くに新しい住宅が

一画に建てられて、子が生まれ、育ったのだろう、

いつの間にか、その子たちが集まって遊ぶように

なった。そういう営み、そういう僕らが子供だった頃、

そういうものが押し寄せてくるのは、気持ちいい。

無条件に、今生きていることを、肯定できる。 

彼らが僕らだったから?  そうも言えるのかも

しれない。そこから来て、ここに至るもの。それが 

ぼくらが生きている、確かな「なにか」であること。 

僕にはそういう気がしてしようがない。

君らを愛している、それを初めてそうしているように

感じて、胸が熱くなる。つまり、それはそうなのだ、

始めた時は、いつでも初めてなのだ。いつでもそれは 

新しく、起こる。この瞬間、今という時間、それだけが

すべて、 ・・・・・・そういう気が、 ・・・・・

::ここからは僕という個性の独特な感じ方・感覚に

 なる、と思う。 同じ道を辿る人はいないかもしれ

 ない。:: 

これが僕という、心のシステムなのだろう。なにを

言っているのか?孤独に思いを致していると、その

死のイメージから隣の愛の中に滑り込んでしまう。 

それは死から愛に心を転換させたり、入れ替えたり

した、ということではない。もともと一緒にあるもの

なのだから、何もしないでいいのだ。自然に死から

愛に流れゆく。何かの反対が何かで、その反対が

・・・・、というものが「ない」のだ。それが

”あるものがある”、ということなのだ。

もっと踏み込もうか?  

サザエさんで話そう。死も愛もなぜか一緒だ。家族

なら兄弟のようなものだ。弟は死のように人に嫌われ

ている。兄は愛で慕われるが、手の届かない存在で

その人気は揺るがない。それでは弟は可哀そうでは

ないか。同じ兄弟なのに。たぶん、長い間つきあって

いて、僕にそういう気持ちが生まれた。そういうこと

なのだろう。死を恐れない、のではなく、死を憐れむ、

それが心に内包されるのだ。 

愛も死も、なつかしくもなる朋柄として。 

それで僕は孤独にならない。ひとりになっても、

孤立できない。ひとりにならない、なれないから。 

それで孤独を懐かしく思いさえする。それは

もとの自分への郷愁といったものだろう、と。

愛も死も、彼らはまだ僕を忘れてはいないようだ。

そんな気さえしてしまう、これ以上は感傷になる

だけだ。 

これからの自分にもどろう、・・・・・ 



窓の下に三角形の土地が、通り向こうにある。

そこは畑だが、季節で作物は見当たらない。

畑を隔てる低い塀が続いていて、向こうが住宅

なのだ。その植え込みに低木に黄色の実が

たくさんついている。キンカンくらいに小さい。

それをカラスがついばんで、もぎり取って、口

に加えながら、畑を歩く。いい処で実を落として

辺りの様子をうかがう。二三度、用心して、安心

したのか、足に実を挟んで、ついに実を食べ

始めた。それは夕方のこと。

なんの実だろう?

ちょっと待って。今、持ってくる。18:34 

18:54 畑は土がふかふかでサンダルが潜って

しまった。黄色の実はさわやかな香りがして

予想外で驚いた。蜜柑だった。

IMGP0007 (2).JPG

縦割りにした。大きさは、

IMGP0006 (2).JPG


小さい。うちのに聞いてみると、やはりキンカンだった。

丸実金柑という種らしい。

カラスはキンカンを食べていた。これだけ甘ければ、

食べるだろう。

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眠くなる・・・、ルソー、ブッダ、下駄 [日記]

寝れないから、 起きている。 

寝れないからと、眠りたいと思うことはない。眠れない

体のサインは、 そうなっている、と 認めるだけ。 

まだ、異常とか決めるような重い段階ではない。

寝なくて済むのなら、よほど 嬉しいのだが、 

何万年もの習慣なのだろう、この寝るってやつは。 

今日、明日でどうにかなるものじゃなない。

1時間以内に、・・・

やはり、来た。眠くなってきた、来なくていいのに。 

自分が単体だと感じる。そういう感じはわかりにくい

人が多いのではないか。こうなって思い返せば、

なにかと一緒の感覚の中で、無意識を泳いだというか、

そういう説明をしたい、気分はそうだ。 

そういうなにかと協力したのか、隣にいたのか、それは

想像もつかないが、それがあれば海の中でも息を

していた、そういうことらしい。自分をそういうものに

持っていかれるのは、快感がある。風にあおられて

空に舞うカイトに気持ちがあるなら、そんなものかも

しれない。ここから詩に切り替えるのに、楽だったこと

・・・・・。 

不思議だ、その記憶ははっきりしているのに、・・・。



知が戻っている。知を捨てた時に、これを半眠させた

のだろう。それからの尋常ではない経過もあったから、

その神経の影響や他の軋みや揺れも伝えられて、

知がそれを捕捉するのだろう。(補足ではない)

考えることを書くのも、なかなかすっきりしていい

ものだ。どうなるかわからない、その不安(詩)を楽しむ

ことはできないが、落ち着いて書ける、というものだ。 



寝よう、・・眠い。     : 1. 15  



風邪なのだろう、喉が少し痛い。風邪と言うと、体調が

悪いのだろう、という考えを調整しようと考えている。 

実際は、悪くなりかけているよ、という警戒信号で

これは注意できるほど体が健康であるということを

反対に知ることができる。風邪をひくうちは、体が

異変(病気とか)で重症になっていないことがわかる。

重症化すると、風邪もひいてられなくなるから。

なので、僕は風邪をしょっちゅうひいている。それで

あまり気にしない。症状が強ければ、市販の風邪薬

で対処する。以前は、よほど調子が悪く、5日も回復

しなければ医者を訪れたが、今はコロナで別な判断

をするだろう。あ、風邪は1か月のうちに半月は

ひいて、調子が良くないと思う。そのよくないと思うのを、

いい加減、改善しようと今日思ったのだ。

思えば、日常でこれをわざわざ書かなくてもいい、

と思ったことはかなりたくさんある。何かと一緒なら、

それに半強制でそれに関わることが多いので、

そちらを優先するのは自然だった。そして、今、

それを書かずに済むと、なるほど書けるうちに

できるだけ書いておけ、という勢いだったのだ、と

わかる。今なら、わかる。 

今は、これを面白い文に工夫して書く、ということ

もする必要がない、という感覚になった、(なって

しまったのか?) 脚色がふつうだったが、それが

自然と出てこないし、そういう気がないのだから、 

これが自然体なのだろう。あれはあれ、これは

これだ。 

昼に、「ジャン=ジャック=ルソー問題」(カッシーラ著)

が届いた。

ナポレオンは当時話題の「人間不平等起原論」

(J・J・ルソー)を読んだが、途中で読み進められ

なくて、放り出してしまったと告白しているが、文学

にも精通していた彼が放り出すくらいだから、よほど

趣味に合わないか、肌に合わなかったのだろう。僕も

うん十年前に同じく読んでみたが、肌合いがよくない

のと、理解しきれず同じく、放り出してしまった。後年、

晩年の作ならどうだ、と「孤独な散歩者の記録」を読もう

としたが、これも感覚が合わない。そして、またうん十年、

ルソーを読もうとしている。僕は嫌いでも、なかなか

わからないものは諦めない性質(たち)だ。知識欲が感情

を上回っているのだろう、今は感覚の違いさえ、こなそう

としているらしい。

この欲が贅沢な生活や自分の名前の誇示に向けられ

たら、僕は今の貧しい僕をどう見なすのだろう? 

僕の他の欠処がなければ、地位や資産に邁進して

いただろうから、オレの人生と交換してみなよ、とは

言わないだろう。また、理解できるとも思わないだろう。 

その逆に、そんな自分を理解したいとも思わないだろう。

そうしたら、またそれを逆手に取って、理解できたら、

すべては解決するのだろうか?と考えてみる。 

すると、理解しただけでは、邪悪な手段を必要と思う

やつは、それを利用するだろう、と。知的理解では

足りない、と。気持ちの理解の足し算がないと、

協力してうまく難局を乗り越えようなどの作業・事業は

できない、と。これは頭などの記憶を入れ替えても

機能しないだろう。情報が知識である間は、その

喜びも悲しみも無縁だ。ただ他人の日記を読むのと

変わりない。僕が本を途中にして、気になった知らない

ことは、すべて著者のやったように、またはそこから

想像できるように、追体験すべく、行動した。あいつに

できたのなら、オレにもできる式の乱暴な考え方だった

が、好き嫌いははじめから眼中になかった。今では、

その好き嫌いが強い人のプライドがまたうるさいことに

気づく。ガンコとかいうのは剛情で、意地とかいうのも

剛情と負けん気が重なったように思える。 

そういう年寄り根性は蹴飛ばしても無駄だ。認知症の

人に対するように、なんでも「ああ、そうですね」と言って、

相手を否定しないことだ。そういう我慢は悔しくて、悔し

がるほど若い、という意見もあるが、・・。

今は、それもそうだが、現実の場での人の感情を

感覚する機会が減っていて、品種改良で味のうすくなった

野菜でもないが、感情経験が少なくて、その対応が

訓練されていない、知的な思考操作でそういうものも

解決する傾向・向きがどんどん増えていくんじゃないか、

と。 

セックスレスやその反動、またはレンタル家族・レンタル

彼女とかの代替はそういう現われじゃないかと、勘ぐって

いるのだが、このコロナの自粛状況でそれも確認できない

環境になってしまった。もっとよくないかも、アメリカみたい

に逆に過剰なオープンがいいと、コロナ後に展開するの

かもしれない。今の処、その兆しも感じられないのは

自粛の所為だが・・。 

そのヒントになるのは告白の文化だろう。なぜか、告白

してから恋人になったり、結婚前提のおつき合いとか、

それがわかりやすくもあり、またハードルにもなっている。 

アメリカでは恋人とか友人とかの男女関係は微妙だ。

友人でもその気になれば、セックスもありで、セックスが

あれば恋人というわけではない。気に入った相手なら、

ある程度自由に交歓するのがふつうだからだ。 

文化だから、ことの是非はないが、その行動について

はどの文化でも好悪・便利不便・それなりに問題は

生じやすい。

すると、理解の前には欲望のコントロールが問題だ、

というテーマがありそうだ。欲望を失くすのは、生きる

のを否定することになる。ブッダはそこで「飢えてはいけ

ない」、と言い出した。飢えは求めるものが与えられなく

ても起こるが、求めても求めても得たくなることでも

起こる。この過剰を制限しろ、と言うのだが自分と

切り分けられるプライドはない。

それで強引に一度欲を知るために、飢えを経験させる

のを始めた、それを修行と称する。ブッダは6年のそれ

に耐えて、そこで悟ったと言われる。

自分とプライドをそれで切り分けたのだろうが、物質

ではないので、いつでも再生可能、復活するものだから、

それを見切ることをしたはずだ。あまりうまくいかなかった

ようだ。彼はその悟性をやはり知でコントロールした。

その知の根底以外を欲に煩わさせないようにして、

非常に正常な見識となる眼・耳を持った。それは研ぎ

澄まされ、見ることが、聴くことがそのまま見識(知識へ

の流れ)となっただろう。そういうタイプの人だった。

しかし、物事には功罪がつきもので、ブッダだからと言って

人間である以上、それから自由であるとはならない。

その修行の環境や悟りの感興が、通俗にわかりやすい

死を表現していたために、世間ではそういう概念に支配

された。生を究めるのに、死をもってして、死を究める

ことで生を支配できる、とした。それが悟りの効用と

いえるシステムなのだが、白の清潔さを求めるのに、

黒のペンキをかぶらなければならない、そうしてこそ、

と言うのだが、それを個人の力量にゆだねた。

それが最も大きなネックだった。人間の知も情も、

それが心にある量をもたらしている以上、それが

根を持たずに「無」の状態に保つのは、静のある、

おだやかな自然環境が適する。それは文明と

逆方向だ。ブッダが苦労して悟っても、それが

世界視野にならないのは、世界がそもそも矛盾の

層の積み重ね型の構造になっているからで、これ

はモグラの頭たたきに似て、どこかの頭(問題)

を叩いた(解決した)ら、必ずそれに関わるどこかの

頭が問題として突き出てくる、といったものだからだ。



3000年前のインドの風土は人口も少なく、余計な

概念も発達・複雑ではなかったので現代から比べよう

もないほど、環境に恵まれていたのかもしれない。

1本の大きな木の葉の静脈をつなげると、月に届く

くらいと考えたらしく、その距離も数えられる天文学

も越える単位(億、兆、京、・・・、不可思議、・・・)

をつくったらしいが、環境破壊を知ってか知らずか、

年に一人、木を5本植えることを奨励したという。

それでもブッダは正覚者が増えれば自然に解決する、と

考えたのだろうか。大乗仏教の概念仏教が興隆して

世界に思想として広まり、不滅?とはなったが、肝心

の悟りはどこかに飛んで行ってしまって、お話ばかり

が飛び交っている。この話もそのひとつかもしれない。

仏教に理想を見る人はそう思うだろう。

これはなんとも、・・・なんとも言えない、・・話だからだ。

笑いたいが、笑えない。西郷隆盛が川を流れる下駄に

話しかけたり、僕の同僚だった営業マンが九州出身で、

やはり、公園で猫に営業したりとか、鎌倉時代の

明恵上人が島に手紙を書いた話とかに、深く関係

するが、もう知的なものはぶっ飛んでしまっている。

もちろん噂のオカルトも超能力も超常現象とかも

まったく無縁な話だ。自分が経験しなくては納得

しないだろうし、簡単に納得してはいけない話だ。



こんな面倒なことをしようとして、していたんだ、

僕は。フーンと、検めて振り返る、風が強くなって

きた午后だ。 

よく晴れているし、洗濯物もよく飛ぶだろう!?

知はなにかを意図する。それが動き方だ。それ

以外に例外はない。だから、僕らはどういう意図

か計画か、ということを見出そうとする。そして、 

どんな歴史も独裁国家も、意図して動くが、その

意図が成功したようなものはいつも部分で、結局

はどんな意図も失敗に終わる。人の手に余るもの

がいつも勝つ。

だから、見えない洗濯物が飛んでゆくんだろう、

な~に、冗談だ、洒落だ。誰かが言ったように

歴史に自浄作用があるとは思えない。それを

起こしたものが見えないから、それを歴史の上の

証拠に例えたのだろう。

例えば、僕は僕が何を言いたいのかわかるとは

思えない、それが当然のように思っている。

だから、マザーテレサ(の名言)も思考から言葉に

(思考に気をつけなさい、思考は言葉になるから、

・・以下同じに)、言葉から行動に、行動から習慣に、

習慣から性格に、性格からいつか運命に、という

意図の流れに気づいたのだろう。それは意識の

流れと言い換えてもいい。

皆、同じことをいろいろに言う。
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歌えない浦島の太郎になること [浦島]

突然、  Suddenly 、 

書くことが何もないのを知る、のは、 よくないことじゃない。 

ただ、 窓辺の自分に寄せる 音楽があるような気がする。 

音楽を聴きながら、 耳を寄せているのは 

その音ではなくて、 その向こうから来る、 なにかの

ようなもの。 来れば、 来るし、  来なければ、来ない。 

聴こうとする自分、 まったく聴いていない自分は  

いつもいる。 音の美しさに感心して、 囚われていない

もう一人の 自分に 緊張と孤独を思い、  気の毒に、と。 

そうだろうか? 書くとそうなるが、 実際は 僕だけがいる。 

ここまで書くと矛盾するので、 あまり 書かない。  

僕らは二面で理解することに 慣れているので、三面を

加えると もう混乱を生じる。 二面半、とかはないから。  

トラックの無線の雑音声が入る。 ちょっと癪に さわる。 

意外に、音 聴いていたらしい。  

音楽のように 僕らの心も  考えとは別に  移り変わる

ようだ。 やっと フルートとハープだ、と意識が入る。  

それさえ 聴いていない。 音をなんの楽器が出しているか

などは、 頭の雑音になる。 聴くのは、音で現わそうとした

もの だけでいい。 

音楽には 思考とは違った意味で  思想が表現される。 

僕の興味は  いつもそちらに 流れる。  

よく聴く メロディ、 それがなにか、思い出せない。  

よく聴いたのに。  

アイネクライネだった。  納得。 

車のドアが 閉まる音。  瞬間、車のドアの 映像。  

脳は 素速い。 

もう、飽きてくる。 やはり、聴いていられない。

音楽を聴くのは、 どこかで 退屈してしまう。 



その 木魂の  流域を遡った 先に 

(          )

陽が 伸びた。   まだ 明るめの空。 

青い層と  その上にピンクの 層。 

落陽の反射、  最後の色彩。  

つぶやくように  歌うのも、  いい。  

君は  気持ちよさそう、    だ。 

バンジョーと   夢が ありそうだ。 

夕闇に  歌うのも  いいだろうに。 

一日って なんだろう? 

昨日は  こうして  日が暮れたのでは  

なかった。 日暮れを 見ている僕は 

いなかった。  

話しかける僕を  自分のように  

感じられない、 窓の外に  夕闇がある。 

見ると、そうなのだ。 (信ジラレナイ!) 

理由もなく、 胸が  熱くなる。  

以前、 モーメント という文を 書いた。 

これを 書いたんだろうな、 と

そんな気がして  また胸に、来る。 

なんか変に、 感じすぎ・・。



見ているのは 壁に貼られた、 地図。 

その周りに  貼りも張った メモ。 

その四角が レンガ状に見えて、 

デザイン画のようだ、 そんなふうに 

見ることも  できたんだ、 と 

今さらに  感心する。  

Honey 、 

手を シャッフルするように  なんか 

心を シャッフルする  気に させられる  

源流とか、  原木を 辿ろうとする 旅は  

すがすがしい  空気の匂いが   する。  

子供を  あやすように、  ミルクで  

古風な ミルフィーユも  あったのだろうか?  



マーカスよ、

自分の 地図は  持ったかい!? 

憧れの  お姉さんの夢は  今も 

見るのかい? 

家は  夜に  黒くなってゆく、  

君の言葉が  どこまで  残るのか、・・・・
・・・・  

ここまでか、  

ここまでか、と  疲れてもいないのに  

台に 両肘を   ついてしまう。 

どんなに  つらくてもいいん、だ

と 言えたのに、  あの頃 ・・ ・・ 。 



とんでもない時間が 山ほども大きい タイヤが 

ごろりん、  ごろりん、  

憂鬱に  納屋の前で  坐っている、 

脇から 入ってくる  女の声  

・・・・・・・・・・・・・・・・、 



完全に、はじかれている。こんなにきれいに

クリアされるとは、思わなかった。創造の扉の

ようなものを開けたという感触はあった。そこから

言葉は意識の空を数えきれないほど飛んでいた。 

捕まえる暇がないほどに。

今、その「なにか」がない。こんなにはっきりとわかる

ものとは、。。。。 

それを詩情だと例えるなら、それが切れるということ

はないだろう、と思っていた。坐れば、なにかがあった、

そのある、という感覚が、自信になった。それさえ

あれば、あとは書けば自在だったから。それは天才とは

言えなかったが、小天才くらいの心地よさがあった。 

真似ものでも、考えずに言葉が出てくるのは、気持ちいい

ものだった。それこそ、すべては過去。素晴らしい、と言い

たいくらいに詩情が去った。なにがすごいか、この僕に

起こったということだ。今、その瞬間を経験している。

なんとうまい言い方をしようか。例えば、僕の詩人が

終わった、 とか。詩情のない僕はしゃべる技術を

書くことに獲得した、人だが、もう詩人ではないのだろう。

詩人になったことだけでも、尋常ではなかった。はじめ

から詩は拒否していて、詩的作文と、呼んでいたくらい

だった。散文が多かったので、詩が何か、区分けでき

なかったこともある。そして、今。   そうなったのだ。 

詩が終わるとは、もうふつうに、特別な高揚した事情

でもなければ、なんでも書いてしまうということは、

起こらないのだろう。なんと言っても、これが自分の身に

起こったということだ。他人事ではなくて、丸ごと自分の

現実なのだ、・・・これが。  

フェードアウトになりそうだが、予想はしないほうがいい。 

僕には何の感想もない。まだ信じられない。いざ、こう

なってみると、今まで書けたのが信じられなくなってくる。

テクニックで文を書くのはつらいので、剣呑なのだが、

しゃべるだけで書けるのだろうか? 

例えば、海岸で坐っている。

やがて、起き上がって、ウェットスーツを脱ぎ捨てる。

酸素ボンベとか一式を失くしてしまったからだ。スーツ

はもう必要ない。あの海底の美しいきらめきは、もう

味わえないのだ。もう潜れないのだ。そう思い、また

砂浜に腰をおろす。遠く海を眺める。そんな心境だ。 

竜宮を追われた、ちょうど浦島太郎みたいだ。

僕はこれを望んでいただろうか?わからないに決まって

いるが、経験では望んでいなければ、起こることは起こら

ない、それが原則だった。だから、望んでいただろう、と

なるが、そうだとしても、これを手放そうと思う自分は、

今の自分にはわからない、想像がつかない。これを

望むのは意外な気がする。

そう考えてきて、だんだんこういう過去の状況を思い

出してきた。こういう状況には、いつもそうしなければ

次の戦いへの出場権、資格が得られない。そのための

措置なのだ、と。それはなんとなく自分でも納得のいく

経過だと思えた、今までは、だ。

今回は?まるで映画だ。主人公は武器を失くしてでも

危険な状況に巻き込まれ、その場で何とかしなくては

ならない。考えるのは、また、言うのは、 簡単だ。 

それにしても、それを得たのも失うにしても、この10年

のことだ。失って、体や心が不自由になったり、死ぬ

わけじゃない。

ただ、これで生活が変わってしまう。想像は、まあつくが、

言いたいことではない。この状態で無意識のリードという

契約のような事項は有効なのだろうか?それさえも変更

して対処していく、ということなのだろうか? 

消えかかった蛍光灯、LEDに換えたら、僕の事情も

変わってしまった。象徴というのはそれをどうにかすれば

いい、という問題ではない。よくわかるのは、コロナ禍の

自粛生活は長期化するだろう、ということ、・・・なのだろう。

僕は閉じ込められた、という一面、長期な思考が必要な

場面に立ち会っている、という一面だろう。それが何か、

というのは個人がわかることではない。 



さて、ほんとうに、 どうなるか。





**

フェードアウトなら、またどこかで書くだろう。

それに欲を想像で言えば、ここが折り返し地点。それは

これまで多くの課題を振りまきながら来たから、それを

拾って今度はそれを整理する、考える時間に入った

ことかもしれない。まさか、自分を復習・研究する日

が来るとは思わなかったが、・・・・(笑える?)。



断片らしきが、  こぼれ、


「 エニウェイ、  なにやら 

音楽である 実質が  漂う 

By my side 、 

ティンク、 I  do 、 

なにやら  カインドな  僕の側 に 

寄り添い たい  」 
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つまらないが、シンクロすること [シンクロ]

どうでもいいことを、ちょっと書いてみる。 

どうでもいいことだから、つまらないのだが、それは 

心から除外できる。シンクロは大なり小なりがあって、

大なりは書かないし、気になる。 

結果、今の処、40年も経つが、どうでもいいままなのが、

三島由紀夫とのシンクロだ。中学の時、江戸川乱歩の

少年探偵団の小説を読み漁っていた。僕の少年時代と

乱歩の少年探偵団、怪人二十面相の書かれた時代は

重なっている。全国で中学生を中心に、簡易少年探偵が

生まれて、少年探偵団の小グループが生まれただろう。

流行だった。5,6人から10人くらいが街の中を事件を

求めて彷徨する、というのが流行ったのだ。 

映画にもなった。親父が映画を観ながら、すぐに犯人を

当てるので、不思議でしようがなかった、そんな初心な

頃だった。

話が長い、で、その小説の裏表紙に近い最後のほうに

宣伝が載っているのだが、初めは乱歩の小説だと思った。

もしかしたら、真似で書いたかもしれない。若い修行中の

坊主か?その男が金閣寺に美を見出して、惚れて、

最後には寺を燃やしてしまう、というストーリーがあらすじ

で書かれていたように思う。三島由紀夫の「金閣寺」の

宣伝だったのだろう。僕はこれに衝撃を受けて、この

テーマを、最愛の物を死(焼失)をもって昇華してしまう、

という印象をずーっと持ち続けた、乱歩の小説だと

思って。

高校になって、剣道部に入り、小説を構想していた。

それは剣道大会で高校生が優勝して、美術品として

真剣の刀を贈られる、というもので、テーマはその

高校生がその刀で自刃する、というものだった。

小説は書かれなかったが、年齢的に観念的に自殺

を考えていたらしい。そうこうして3年後(だろう)、

三島が市ヶ谷で自刃した。ショックだったろう、三島

が自分の代わりに死んだという考えになった。気が

つくと、外へ出て地下鉄の駅のほうへ歩いていた。

どこへ行けばいいのかわからなかったので、戻って

きたというエピソードがある。 

三島はカンボジアに旅行して、アンコール・トムで

癩王のテラスの遺跡(壁)を見たらしい。後に最後

の戯曲となる「癩王のテラス」を書いている。東南

アジアに旅行する時にそれは知っていたので、

アンコール・ワット(トムと隣)を訪れた時には

見学しようと思っていたが、実際には現地で

すっかりそれを忘れていて、見損なってしまった。

見ようとして、その門を入るまでは覚えていた

のに、である。

アンコール2 072 (2).JPG


アンコール・ワットもトムもヒンズー教寺院として

建てられたが、長い歴史のうちに改宗と改修で、

ヒンズーの神々と仏教の像とが混合したものに

なった。

アンコール.jpg



三島はインド政府に招待されて、インドを訪れる。

そして、「インドには行ける人間と、いけない人間が

ある」というような言葉を言ったことが書かれている。

本人がどういうつもりで言ったかはわからないが、

僕はそれで断然、自分が行くとしたらインドだろう、

と思うきっかけの一つになった。ビートルズがインド

へ行ったことも、その一つ。スマホを生んだスティーブ・

ジョブスがヒッピーをしていた頃、インドに行ったことも

後で知った。僕の結婚の仲人は当時駒澤大学の教授

だった奈良先生にお願いした。仏教学者、曹洞宗の

僧侶である。

結婚直前にインドへ行き、招待された家で坐った

ソファの位置が三島が最初に坐った処、と言われた

話は何度かした。

三島の本はそれで買っているほうだ。全集を買う、

とは大学のクラスの連中に聞かれて、そう答えたが、

買っていない。それほど好きではなかったからだ。

自刃にも、文学にも批判的な立場だった、確証は

まだしていない。 

それで三島とのシンクロもなくなり、それだけだった

のだろう、と思っていた。数十年も経ってから、いろ

いろとシンクロしたのがわかった。従姉が作家で

57歳で亡くなったが、彼女と連絡するようになって

知ったのが、その誕生日がうちのと月日で同じだった

ことで、夏目漱石の親友だった正岡子規も同月日

だった。同じ十四日で、三島も十四日生まれだった。 

それどころか、僕と三島と従姉とは夫婦関係で、子規

は親友との関係でそれぞれがすべて二月生まれと14日

生まれのカップルだった。三島の奥さんは2月生まれ

だったのには驚いた。

で、よく考えると、こういう偶然はよくある、と気づいた。

これよりももっと単純な偶然で、僕らは早とちりをする。

そこにはなにもない、数字があるだけだ、という観点

から調べると、身近に出てくるものがたくさんある。

三島が亡くなったのは、11月25日だが、僕の両親は

母が一日違いで26日、父が二日違い23日、同じ11月

下旬に数年おいて亡くなっている。 

数年前に気づいたのは、持病をネットで調べて見つけ、

東京に通った医院があった。馬込にあったが、なぜか

その医院へは迷うことが多く、初めはたいてい隣の

ブロック(町の)を探していた。3ヵ月に1回薬で通うように

なって6年目に三島の年表を見ていて、気づいたのは、

彼の自宅が馬込だったことだ。行ってみたら、あった。

その医院から300mしか離れていない、「三島」の表札

が出ていた。 

IMGP0152 (2).JPG


これが今の処、最後のシンクロ。

僕は軍人は好きではない。嫌いというほどでもないが、

自衛隊で毎年自殺者が一定数出る、ということに

関わってその軍隊体質を疑う。その小説もやはり

生命感のうすさが気に食わないらしい。そういうこと

で、三島がどうしてシンクロしやすいのかは、わから

ないが、今でも、どちらかと言って、どうでもいい。  


数字というのは語呂合わせのように、ダジャレと同じで

簡単に作れる便利な記号だ。四つ合うと、または四度

重なると、偶然ではないと、確率論から言われている

けれども、そんなことはない。

マカオのギャンブル場で観たが、奇数か偶数かで賭ける

場があるが、そこで奇数が9回続いたのを目撃した。

確率こそ迷信で、あてにならない。30分もそこにいれば、

いくらでも見られる現象なのだ。

僕は三島由紀夫が夢に百回出てきても、気にしない

つもりだ。(そう言えば、一度も出てきたことがない)

百と一回、出てきたら? ・・ そうだな、・・・・・

そういうことは、聞かないこと。(笑) 


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僕らがつくるものすべて [神]

僕は 説明しない。 ある意味では、 なにもかも。 

僕は 説明する。 それが説明を越えて、人の内面

に昇華することもある、と考えて。  それでも

言葉で「直接」説明する、主張する、論じる、断言する

ことが何事かである、と信じる人は多いようだ。 言葉や、

論理や、絶対とか、真理とか真実、 善と悪も、または

人生とかがそういう言葉で、まるで料理のように調理

されて、できて、いつでも食事ができるのだ、と思って

いるようだ。

僕はそんなふうに信じたことはない。けれども、ややこしい

が、そういう風に考える人がいるから、その立場から

しゃべると、こうなるという比喩の意味で、その文章を

語ることはある。

なので、僕が哲学やなにかを論じた文を持出すのは、

矛盾したことだ。それを信じていないのなら、そこからは

批判しか出て来ない、不毛な書き方だ。それもそうだ。

しかし、物事は入り組んでいて、それをひっくり返したような

層も存在するし、層にも同じように世界が広がる。ひっくり

返す前の物事に応じてだから、すべて広大に広がるわけ

ではないが、それなりに厄介だ。 

言えないことは、実は言えることからそれに転換してみせると、

直感力のある人は、こちらの言いたいことを終点まで突き詰め

たりする。もっとも、その狭い点に限られているようで、それで

その関連も当然理解しただろうと、喜ぶことはできない。

直感力は一直線で有効らしく、全体を見て理解したわけでは

ないからだ。

すべからく、それを「こうだ」という言葉で括れないから苦労

するのだ。と言っても、さほどのものではないので、大変な思い

とまでのものではない。

わかった人はそれを言葉にしても、ある表現体にして現わす

ことができる。誰かの著者の言葉をそのまま写しているうちは

まだ自分のものになっていない、と僕は見る習慣になっている。

自分の言葉というのは、うまい言い方、下手な言い方ではない。

そこにしっかり、例えば真実らしきものが、からみつくからすぐに

わかる。方法による描き方があるわけではない。書かれた形が

その真実を伝える、と言ったほうがいいのだろうか。それは 

戦争の実体験者が伝える言葉の重みのようなもので、重み

でも軽みでも、それに即してまとわりつくものだ。 

それがないと、ただああ、そうか、と思うだけで、それを否定

するでなし、肯定するでなしになる。ほんとがわからないから、

どういう意味合いか、わからないから、どんな言い方をされ

ても、そう言えるんだろうな、と感想するだけになる。

ひとつひとつ、その言葉の意味合いを聴くわけにいかない。 

お坊さんのように説教されても、ますますわからない。知り

たいのは、どうやってそれを得たのか、その過程とか、背景

であって、これはこうだ、こうだから、と結論から言われても

戸惑うばかりだ。別に機嫌を悪くしたんじゃないが、ひとつの

芸の作品で、思ったままを断言調で言ってもらった方が、

有難い。どんなとんでもないこと、または真面目なことを

言われても、作品だからどう感じようがこちらの自由だ。 

でも、ひとつ言えば。

こちらが何を書いたか、相手にとってどうだったかについては

まったくわからないということだ。その時、その書かれた文の

調子は重要だ。心が動いたのはその言葉群によるものだ

からだ。特に、心理関係、セラピーや心霊とか、神とかに

関わっていると実感したり、信じた人には孤独が深く、付き

まとう。そういう揺れの動きなら、自分の内面に向かう必要が

あるのでは、と僕は考える。  例えば、僕も神を見た、と思った

ことがある。意識が飛んで、その時に見た映像が両手を広げた

上半身裸の神の姿だった。とても興奮したが、僕は慎重だった。

後に、瞑想に入る前の迷想中にそれがわかった。以前、画家

ダリの「最後の晩餐」という絵を見て、感激したことがあった。

ダリはその絵の空に両手を広げた神を描いていた。顔はない。

僕が見たと思った神も、顔がなかった。なんのことはない、

ダリの絵の印象が強くて、忘れていたが、意識が飛んだ時に

挟まれるように蘇ったのだ。昔の印象に残った記憶が蘇った

のだった。錯覚だった。それからは、自分の心象映像は簡単

に信じてはいけないと思った。心理的な錯覚を避けるのは、

すぐに信じないことだ。そこでまたしても、19歳の経験での

「自分を信じるな」という教訓辞がまた生きたというわけだ。

それ以外に神を見たことも、話したことも、声を聴いたことも

ない。

ICチップの集積回路は人間が作ったものだ。人間は自分に

即してしか物を作らない、そうできている。この凄い部品は

軽く人間との会話をある程度こなしてくる。その情報を保持

して質問に対して、ある程度(その情報に関してだが)反応を

してくる。だから、死んだ人と会話しているつもりでも、ただ

そのひとの断片のエネルギーがICチップ化したものと話し

ていたとしても、なにも矛盾しない。

そういうことでは、僕は死人と話したこともない。しかし、

葬儀で亡くなった人に、僕の中に入られた経験はしている。

これも書きたくなかったので、書いてこなかったが、僕の

中に前もってある情報ではないものが、感じられて、その

僕を離れる移動も全く予想外で、僕自身が作ったものでは

なかった。略すが、後から知ったことで、その葬儀で亡くなった

人が僕から急に移動したわけがわかった。あまりに合致するし、

他の考え方を変えにくいほど、理路整然とした、亡くなった方の

人情だった。どうして、僕はその人が入ってきたと感じたのか?

どうしてその人が出ていくのがわかったのか?実に単純なこと

で、その人になってみると、なるほどと思うことばかりなのだ。

僕の記憶なんか、何の関係もない。そのことで、僕は母も

亡くなって葬儀の通夜に僕に入ったのだ、と想像はできたが、

それで納得することができた。

初七日というのは面白い行事だと思った。亡くなった者は瞬間に

消滅するのではなく、ある期間エネルギーとしてその部分が

「気」となって動き回るらしい。それが自然消滅するのを、およそ

七日と見積もったのだろう。ただの迷信ではなく、合理的に

考えられたものなのだ。

僕が迷信を信じることのないタイプの人間だと、自分では

思っている。だから、幽霊があの世で生きていて、この世

にも動き回るのは迷信だと思っているが、幽霊にされて

しまうエネルギー体のようなものが存在しない、とは思って

いない。経験をして、それをどういうことか検証したので、

間違いない、とそれに近く感じている。

世間は誤解のたまり場だ。が、それを単に否定するだけ

ではない、現象が起こっているのもまた事実だ。その

ひとつひとつを早急に信じてしまうのは、僕は愚かな

行為だと思う。それがどういう具合に存在するのか、

どうして自分に現れたのか、その自分はどういう記憶を

溜め込んでいるのかを、検証して見なくてはならない、

とものによっては僕も10年20年を判断しないで、

検証に足る似ている現象や、それを解くことのできる、

関連した出来事を待つ。しかし、20年も待つと、その

間に推測で検証したことを、仮説として書き残すこと

がある。

僕は神を信じないのではない。結果としては同じなのだが、

そういう幽体エネルギーやなにかの”気”を感じることは

あるが、神は感じたことがないから、いるとは思えない。

それだけだ。この世の自我世界とは別な世界がある。

そこに愛も、死も、胸糞が悪くなる「なにか」も、あったが、 

天使も、悪魔も、神もいたことがない。そこになくて、

この世でも60年だろうか、錯覚以外に感じたことが

一度もない。そういうものは世間の街で、頭の中の

夢で、それを示す”気”として感じることができる。だから

それは人が想いからつくったものだ。神がいる という

のは、だから、僕にしてみれば”あり得ない”。  

神の種類はなんだろう?天だろうか。日本人が好きな

対象で、ともかく上にあらせられる高貴な不明の存在だ。

聖書の神は西洋でポピュラーだ。特に旧約の聖書の神

は尋常な性格ではなく、人間に厳しい。そのくせ、神を

疑うという罪で捕らわれた者にあとで褒美を取らせたり

している。これは「神を疑ってはいけない」という象徴の

話として有名だが、結末は肩透かしだ。(旧約聖書:

ヨブ記)

またはものには皆、八百万の神が宿る、という自然神

や日本古来の神道だろうか。井戸の神様、おたまの

神様とか。

一般的には、全知全能、愛と慈悲にあふれ、この

地球から生物から、何もかも創ったという神、だろうか。 

それが偶像としての代表的な神なのだが、不思議に

この代表的な神ほど歴史で姿を現したことのないもの

もない。すべて地神のことで、古代からその地の神が

神話や伝説、民話になっている。つまり、一般的な神が

一番怪しくて、知性からの検証では人間の投影として

実在からはじき出される可能性が強い。

神社の気はある。それが人によるものだろうけれど、

そうでなくても、神話への憧れのようなものだろう、

と思う。死者のエネルギーが並大抵ではないように、

今生きている者のエネルギーも尋常ではないはずだ。



僕が50年近く探索しながら、わずかにしか経験でき

なかった不可識の領域は、自意識から考えて、そういう

言葉(不可識)を使っている。それは見えないし、音もなく、

肌合いもないし、味はもちろん、匂いもない。五感は役に

立たないが、そこになにかある、という存在を感じることは

できる。動物の持つ超感覚からの世界もその一つかも

しれない。

でも、その感覚はまだ認められていないから、非社会的な

ことになってしまう。事実と認めるに及ばない、というわけ

だ。そんなものを実社会に持ち込んだら、混乱するだけだし、

役に立たないのだから、なにも定着しない。

ただ、それは客観の近似な見方を提供することができる

だろう。それがどうだ、というのは、(いや)、というのが

将来の問題になるかどうか、そこが肝心なのだが、

わからないのだから、なにが肝心なのか。笑ってしまう

しかないようだ。

しかし、それが「なにか」であると、認められるので、

まさに「なにか」であり続けるだろう。問題はその「なにか」

ではなく、僕らが生物・鉱物・自意識に無関係の世界に

関係が持てる、ということのほうなのかもしれない。人間が

今のままでは永遠に解決できない、このままなら。むしろ、

それを発見する者によって、なにかが変えられていくという

ことかもしれない。可能性のことだろう。

僕らが自由に羽根を生やして空を飛び、折りたたんで

地を歩く、ということもできるかもしれないし、それは

無重力装置の発明と小型化の問題かもしれない。

それなら、羽は飾りだろう。 

僕はずいぶん前に考えてみたが、時間の逆転を

考えたことがあるだろうか?そうしたら、僕らが急に

後ろ向きに歩いたり、すべてがそうなって、歴史が

過去に逆戻りとかは、ないのがわかった。それを

映像にした映画が実際にあって、笑ってしまった。

ただフィルムを逆回ししているだけじゃないか、と。

このことはいろいろなことが派生する。それのヒント

を提供したいが、それだけで過去の天才たちの

さまざまなエピソードに話が及ばなければならない

だろう。ブッダも、孔子も、ソクラテスもまだ手を付けて

いないが、今は16世紀から18世紀に時代を区切って、

ルターによるプロテスタントの誕生からスウェデンボルグ、

それを論じるカント、そこからのカントの思想までを

年代を追うのではなく、ランダムに辿ろうと思う。

「ア・プリオリ」がどうしても気になって、これが糸口の

一つになると思われるので、しかたない。興味のある

人には付き合ってもらうしかない。他のテーマもその日

その日の気まぐれによって書かれるに違いない。 





**
「理性批判」のための前書きはすでに書き始めている。

夢で地獄を見たので、体調が悪いな、とわかって、

実際そうだったので、精神も底まで落ちてみた。その中で

自分を振り返ってみる。いつもやっていることだ。ただ、

真剣に落ちるので、そういう状態にいる人には刺激が

悪いかもしれない。僕は僕の状態を観察するのに

やっているからいいが、なにか幻想の雲に摑まれた

ような人には、過渡期はそれなりの刺激かもしれない。

または強力に宗教なり、偶像なりに心を掴まれた人は

他人を助けるのでなく、救いたいがために世話を焼き

たい人もいるのかもしれない。親切心でもあるが、

それが実際の団体にでも関わっていると、やはり厄介だ。

心理では自分の(不安が取り除かれたと思う信仰と

しての)保障を他人にも保障することで満足を得ようと

する、自己弁償行為にあたるが、その人の事情に

よるので、何とも言えない。親切心は親切心だから。

でも、僕は刀剣不法所持で逮捕された人と一時期

よく話していた。このおばさんも僕が東南アジアに

旅行した時に、(メールで)心配して弱い女っぽくなった

ので、つい叱ってしまった。肝っ玉母さんのような人

(社長)だっただけに、僕は驚いた。書いてはいけない

のだろうが、法律で禁止されている薬物を売っていた

こともある(昔の話だ、おばさんももう74歳か)。あの

昭和の英雄、プロレスの力道山の付き人と結婚した、

誘拐されたとか、等々。それで話は面白かった。

ま、余談だった ・・・・。  
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ベートーヴェン、風邪と音の可能性 [音楽]

風邪をひく。 なにかいいことが起こったような

無感動だが、認めてやってもいいような、他人事に

思える感覚。

あるブログからベートーヴェンの交響曲第4番の

名演を聴かされて、すごくよくわかる名演!?

だったので、今も聴きながら書いている。 

風邪をひいても、翌日に熱が出なければ、コロナ

ではないだろう、と一応思えるので安心する。 

それなりの倦怠感はあるが、仕事に強く影響を

及ぼす、怠惰感ではない。

きびきびして、それでいてしなやかな演奏。 

音の広がりとまとまりが流れに沿って、筋肉のように

ゆるみ、絞られる、それがなにか内在する力によって 

指揮されている、という、・・・・まあ、そんな感じ。 

カルロスクライバーが指揮だが、これまで知らない

名前だった。 

風邪で軽い脱力感がある時には、ベートーヴェンは

僕に合っているようで、新鮮な刺激になる。 



今日は力がない気がする。何かが生まれる、というと

言い過ぎかもしれないが、そういう内奥の力を感じない。

そういう日もある、というそんな日だ、晩だ。  

薬は筋力を開放して、眠りを誘うように作用するから、

これは薬(市販:基準は一回3錠だが、2錠で、1日3回も

ほぼ2回しか飲まない)の影響であるのだろう。 

しかし、夕方に仮眠したので、いつも寝ているという

わけにもいかない。  そういえば、この音楽鑑賞に

集中すればいいのであるが、長年、感覚と過剰な思考

とを拡散させるために、二つのことを一緒にする習慣が

出来上がっていた。単一の思考や瞑想ができる時は

むしろ、心身のバランスがいい時なのだろう、と思って

いる。  

しかし、この第4番は聞いた当初から聞いた記憶があった。

これが4番だったのか、というのが最初の導入部の感想

だった。 頭の中では、モーツアルトとベートーヴェンの音楽

の違いに入って、天才の作曲の違いにまで話は進むのだが、

そこまで集中しようという気になれない。さすが、体調不良で

ある。 

ものを書くのは、やはり筋肉なのだ。頭だけでは書けない。

冗長な話に終わる、という流れや傾向になるのだろう。  

コリオラン序曲もいいね。

これは普段の音楽評よりもよく感じているかもしれない。 

批判する力がないほど、の軽いだるさがあるのだから、それ

は却って、音楽を受け入れるには好都合なのだろう。 

ただ、やはり感覚での受け止めに流される傾向で、その音楽

の芯に踏み込んだ全体での感動には至らない、そんな感じ

を受ける。

(もっとも、)と言う本人が薬で揺れているのだから、どこまで

信じていいやら・・・・。  

次はモーツアルトの交響曲33番。 

なにか書きたいのを感じるが、他の指揮者での比較を

しないと、どうもそれが掴めないようだ。例えば、モーツアルト

の同じレクイエムでも、好きな演奏は決まってしまって、他の

指揮者ではピタッと来ないのだ。それくらい、指揮によって

違いがある。そして、同じ曲だというのもわかっている。

同じ音符に聴こえている。でも、違うのだ。 

そうなのだから、そうだとしか言いようがない。人の感性は

僕らが思うよりも多くの微妙な音を拾っていて、それは

説明できるような多少の数ではない。聴こえない音域も 

もちろん、拾っている。それを聞き分けられているのは、

人で実験してわかっている。

大事なのは、聞こえないから、聴いていないことではない。

僕らには機械が判断するよりも音質というものを理解する

機能が備わっていることだ。 それはまだその全体が完全に

証明される段階ではないが、それを覚えておいて、人の感性

を判断しないと、また僕らは常識内での、という誤解に見舞わ

れてしまうことだ。 

想定外を感覚するためには、自分がその中心に自由を

置かないと、あらゆる可能性を想定できない。軽く、そんな

ことは起きないだろう、と決めてしまうのは、経済効率に

囚われることや想像の欠如というよりも、想定外に現実的に

密着する心がない所為だ。 それはつまるところ、想定外に

一度も生きてみたことがないからだ。20代、30代では自分を

破る生き方が必要になる、と僕は経験則から思う。

ここからはあまりに、いろいろなことが言える。 

迷うより、言わないほうが良い。 

ベートーヴェンのように耳が悪く、現実の演奏の音は聴こえ

ないかもしれないが、内奥でそれ以上の音響・音域が

広がっているはずだ。その考えの流れが通り過ぎるのに

まかせよう。僕は書きながら、何かを言うが、逆になにかを

特に言いたいがために書いているのではない、ということだ。  

クラシック音楽の、僕にとっての凄さは、僕の思考の邪魔を

しないことだ。それで、音楽はその処々しか聴こえないし、

聴いていない、

のだが、

またそれが気持ちよい。僕らには、自分の人生で見たものの

全場面を記憶して、音も匂いも記録しているが、それをほんの

数%しか引き出せない、という自然がある。それは人間という

楽器が不完全で、一人でオーケストラの演奏はできるだろうが、

夢と現実、内部と外社会、部分と全体の統一した総合を、全感覚

を通して演じたり、演じ分けたりはできない、やれば壊れてしまう、

と。そういうことなのだ。

だから、今の可能性は恐れず、最大限トライすべきだ。

僕は、それを制限して楽しむ。そういう年代にはいった。 

それも自然だ。



あれ、これ「田園」だ。 小澤征爾のベートーヴェンヴァイオリン

協奏曲ニ長調、の第2楽章で聴いた覚えのある旋律、・・・

これが「田園」のもとになったのかもしれない、 と暇に思った。


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奇跡としたいものは、ある [奇跡]

昼も過ぎて、陽が射してきた。 

窓の外が森だったらなぁ、と嘆く。 

自然の風景には癒される、と人は言うけれど、 

僕はどうだろう。癒されるというと、自分が病人

みたいで嫌なのだけれど、森林には感じるものが

どういうものか、書ければ、という意欲を感じる。 

緑には人を落ち着かせる要素がある、と思う

だけか。 

癒されたいとは思わないので、それは考えないが、

音楽には慰められる、といった効果はよく感じた。

今も感じる。それで自分が癒しを求めた、というのを

知るのだが、知ると速い。すぐに癒しは断ち切って、 

その原因解明に向かってしまうからだ。

だから、癒しを求めて、というどろ~んとした時間は

僕にはない。

休憩のゆったりした時間は好きだ。そういう時は

多く、何もしないでいる。はちきれそうにある娯楽や

慰めなのか、そんな作品があるが、まったくそれを

求めるどころか、小さな嫌悪感さえ感じる。 

PCに向かうことさえ、鬱とうしい。 

なにもしないのは、とても気持ちいい。そう感じる人

は少ないのだろうか。たぶん、自意識を解放させる

ことを知らないのだろう。時間も自分も、自意識を

立ち上げることで、起きて、始まるから。

我を忘れる、ということがあるのだから、それを

利用して(自意識を捨てるように)自ら我を忘れて

もいいのだが・・・・。 

誰も自転車に初めから乗れない。ある程度手伝って

もらい、幾度か転びそうになって、でも、やがて手は

離されて、助けなしでいつの間にか”乗るコツ”を

掴んでいる。

見ると簡単そうな自転車、やると、そうじゃないと

わかる。練習してコツをつかむと、簡単どころか、

何十年経っても自転車にいきなり乗れる。この

コツってなにものなのだろう? 体が覚えたものの

不思議さ。

僕の、僕らの、何もしないのが気持ちいい時間の

秘密は、そのコツにある。自意識をどうにかしないと、

孤独とか、不安という自分を呼び起こす。僕はそれが

真には存在しないことを知っている。そういう時間から、

暗闇という状況から、ひとりという極限の状態から

それを知ったから。生きることは人やモノと関係する

ことで、それに逆らうような生活は誰からもどこからも

推奨されることはない。だから、誰もしてこないのが

通常だ。 

ただ、人が変わりたい、自分は変わりたい、と真剣に

望むような状況になった時には、僕らは今までの

生活とは反対の方向の生活をしてみることで、反省点

がより早く、より楽に見つけやすいようだ。友達に言われ

たからとかで、気持ちも向かないのに「やってみる」のは

やめたほうがいい。

また、僕の経験を話さないと、となる。しかたない、僕は

経験主義だから。 

どんな時でも、怖がっていても、それに向かう気持ちが

あればOK,だ。それに気持ちを無理やりでも向ける自分が

いれば、同じようにOK,だ。 

僕らは不思議にそれに立ち向かってさえいれば、まず

自分が望むほうにそれを摑むべく、一歩を踏み出している。

それは僕らには予測できない。予期さえできない。そう

いう中で運と言われるわからないものが動き始める。それ

が自分の枠ばかりか、内奥に照らされるものに呼応する 

のは、そのことが過ぎてみると、気づき、実に不思議な

思いがする。だから、僕らは導かれたような気がして

しまう。そのことは深く気にすべきものではない。 

肝腎なのは、生きるべく生きようとする者は、その流れを

引き起こしている、ということ。経済学で需要と供給は

見えざる手として説明されるが、それは神などは出て

こない。人の想念の流れなのだ。

社会の様々な想念の流れから離れることの中にも

別な流れが存在する。あまりに体も感覚も悦楽や

官能のステーキやスィーツに映像や激しい踊りや

高揚の歌声に浸し過ぎている。僕らはそこでそれらを

過剰に浴びたいと思う。それらは一時的に正しいだろう。 

でも、グルメをくり返すと、僕らの体はグルメがなにかさえ

わからなく、感じなくなる。強い刺激に向かう。  

そこから超えないようにすることだ。そこからは病気の

領域で、いずれ依存症とか、重い病を経験しなくては

ならないから。チョコレートだけ食べて、生きるのは

難しい。遭難して、チョコだけで10日間も生きられた、と。

そういう場合は例外で、遭難はふつう、生活ではない。

そこで「遭難生活」というのを思いついて、実験して

みるのは面白いだろう。そういう話は聞いてみたい。  

基本的に僕らは何をやっても自由だ。しかし、不調を

感じたら、一度健全な状態に戻るべく、方向を変える

のがいい。だんだん、そういうバックすることと冒険が

できて、その切り替えをコントロールすることで、自分の

限界を越え続けることができるだろう。  

自分の限界は、自分がここが限界だと思う、そのことに

ある。真の限界がない以上、それは秤や物差しに類する

ことだから、僕らが決めているにすぎない。 

今はダメであっても、またトライする、時機を数える、待機

する。そういう時間もある。

空を眺めて、ヘリコプターが飛んでいる。ヘリはスカスカ

だから寒いだろうに、気の毒に、と思う時間。北アルプスの

巨大な一枚壁に向かって、ロックしている時、体は熱く、風

は暖かいだろう、という時間。

自分はどこまで行くんだろう、その果てしなさを感じる、そう

いう時間で自分が感動してしまうおかしな、センチメンタルと

イモーショナルという、感傷と情熱のないまぜになる時間。 

僕らが無制限に無秩序になるとか、無制限に自由を許す、

とかを考えるのは、弱った知性のすることだ。そんな無秩序

とか自由とかがあり得ないということを経験しない、引っ込み

思案の思うことだろう。  

そんなバカげたことと軽蔑しているが、それをしてみるといい。

自分がどこまでできるか(今、)その時の、その時点の限界

というようなものを感じてしまう。そうしたら、そこがまた

新しい出発点になるだけだ。

今できないことは先になってもできないと感じるのは、正しい

が、僕らは成長しないでいられる生物ではない。できない

その因を見つければ、それを克服する準備ができる。そして

また始まるだけだ。それらは僕らのひとりひとりの物語だ。 

それがどれほど懐が深い物語になるのは、その道を知った

から知ることだ。

だからそこで、僕らは新しい人間になる。

誰もがそこに想像もしなかった未知の扉をそれぞれ開いて

ゆく。それを発見するのは、どうして君でなければなら

なかったのか、それは君が数十年もしてから、好きなだけ

自分の時間でノスタルジーに浸ってもらいたい。


森に入りたいね。昔のヨーロッパの森は深くて、迷子になり

やすく、迷ったらすぐには出て来られなかった。燃えにくい

性質だったのだろう、切り倒しているうちに、それ以上に

森が広がる、という成長のスピードだったらしい。 なので

森にまつわる童話は多い。赤ずきんちゃんも青い鳥の

チルチルとミチルもそうだ。

アーサー王伝説か、森で敵を追いかけているうちに、

森の中でその敵を追い越してしまったらしい。それほど

に森は深い。

そうして僕は、僕の心の森に入る。深い森に入るのなら、

自然の森はどこかに存在していればいい。一応、僕が 

迷うには、そんな森には不自由しないようだ。

たぶん、愛の一部はこれまでに亡くなった人が想い切れ

ない想いの先端でつくってしまった空間がある、と思う。

どうにもならない想いが突きつめて生じさせてしまった

ある種のビッグバンのようなものだろう。こんな想像を

してもしかたがないのだが、僕の失恋からの想いが

そこにたどり着いたとしても、あまりに納得してしまう。 

それにはいろいろ段階があって、2年間落ち込んで

その人が現在(当時)生きていることだけでよし、としよう。 

その妥協は妥協でしかなく、10年くらい、気づかない

未練が続いた。その想いを断ち切る機会があり、そこで  

断ち切れたと思った。それから25年が経って、ある晩

それが急に甦った。それにはその人への想いはなく、

ただ、「想い」だけがあった。僕は新しくそれについて

考えざるを得なかった。数年後にはその人の若き再来

とも言える学校の先生にスキーの帰りに出会った。驚き、

感激したが、その人にそっくりでも、未練がないのを

はっきり確認できた。

そして奇跡的な再会を喜んだ。

では、僕の消えないこの”想い”は?不思議だけが残った。

昔の想い人には、昔の生き写しで逢えた。まさかと

しながらも・・・。

でも、強烈なこの想いは、以前残っっている。どうしてか?

その人が原因でないものは、いったい何が僕にその

想いを継続させているのか?そんなに軽くはない、

情熱と言っていい、その、この想いはなになのか? 



愛というものの無裁量さ・だらしなさ・弱すぎるガード

というものに着くまでには、そう時間はかからなかった

のだろう。僕はその兆しを感じただけで、腐敗を避ける

ように僕をむなしさから確かに支えたものを捨てる

(離れる)心を決めた。この経過も書いたので

(エピソードだけだが)、その先から話す。  

その時はその素晴らしさにダウンしていて、そこから

ふと思いついただけだ。僕のガンコさは負けを認め

ない。ただ、勝てないとわかっていた。だからか、

愛を武器にするつもりもなかった。

だらしなさとか弱すぎるガードという批判の言葉も

ずいぶん経ってから言えるようになった。愛を批判

するなど、想像もできないことだ、その当時。 

僕はそのこととマラソン・ハイなどの体が死に準じて

脳内麻薬を自然に調合してその苦しみを和らげよう

とする、そのハイと愛の洪水とを区別できない。ハイ

どころの騒ぎではない、という違いははっきりしている、

そのくらいだ。ハイになってももう勘弁してくれ、と

はならない。夜に坐っていて、それが来た時にはもう

泣きださんばかりのしあわせの洪水に襲われる。それ

は自分で造れるような感興ではない。その一波でも、

自分はひとりではない、と。例え太平洋の真ん中を漂流

していてもそれは揺るがないだろう。その灯は僕の

胸で消えないだろう。

自分の(体の)演出?その可能性もあるのは確かだ。

しかし、その内実を想うと、それなしでは意見は無意味だ。

そういう錯覚が2年も続いたのだとしたら、僕も相当な

老ジャンキーか、ばか者だろう。

それは体験して、その人ひとりが決めるものだろう。 



愛については基本として、語るべきではない。この世

ではそれは行為の問題で、考えをあれこれゴミのように

広げたり、捨てたりして散らかすことではないからだ。 

愛の人なら、そのゴミを黙って拾っているだろう。その

行為からその想いが見え隠れする。

その行為がすべてになる人はいない。それには助け

が必要になる。その人が納得して信じているものが、

「それ」だが、それは言う必要がない。それを説明できる

とは思わない。いずれ、その説明への陳腐で愚かな

反論の前でやはり、説明しなければよかった、と落胆

する、そういう事態を招くだけなのだ。よくて、それは

疑問だな、と軽くかわされる。例えば、今度インドに

一緒に死の家(故マザーテレサが作った)を見て来よう、

という人にはほぼ逢うことはない。

できる時にできることをする、というのは多くの課題を

含んでいて、何かしたいがなにをしていいのかわから

ないなら、何もする必要はないのだ。爪でも切って、

自分の爪でケガをしないようにしたほうがいい。 

生きようとすれば生きようとするほど、選択肢が増える。

乗数効果のように人生の拡大化が始まる。そして、

今できるだけ、しかなくなる。もう追いつけない。

だから、今できるだけ。いつまで経っても変わらない、

と気づく。それは君が可能性が拡大され続ける世界に

その身を置いている、というまさにそのことだ。 

それを感じる、なんて僕らは知ることの少なく、少ない

知であっぷあっぷしているのだろう。なんて感じる

ことの少なく、目の前の世界のそのままを見ることが

ないのだろう。手を伸ばせば思いやる人たちが待って

いるのに、なんて臆病なのだろう。でも、気おくれがして

なかなかうまくいかない。

こうしていると、 僕が世界に広がる。浸透するように

果てなく広がる。もうそれは僕ではない。僕を支え続けた

仮の僕であり、亡くなった人たち、この人生を僕の夢に

沿うように創り上げた、そういう人たち。この世から

考えられるすべての世界は人間が創ったものだ。他には

なにもいない。人間を理解し、愛するものは人間しか

いない。



今できること。それはなにか。  

僕らは どう生きようとするのか。

どこまで譲れるのか? 今は、どんな妥協で?

皆が 変わりたいように 

第1段階で  50年?  30年?

世界が変わるように   無理のないように 

世界が  変わる (変えるのではなく!)



それがすべてなんだが、 ・・・・・。 

僕らに 知性の限界(全体)を見て、 それを

疑う時代が  来るだろうか。  

そうなれば、 その時に起こること。

― それを  奇跡としたい。
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答えのない問題、答えが答えにならない事情 [答え]

答えのない問題と、答えだけでは解決しない事情とは、別件の

ことである。ただし、どちらにも共通することはあるものだ。

それは物事の不適応を扱った場合である。

例えば、地球のことは未経験な知性ある宇宙人が、川のことを

調べるために地球上で何を使えばいいか、選んでいたとする。

彼らは最初に「ざる」があるという記録を見つけた。「ざる」

は細かいもの以外は何でもすくえて、適当ではないか、と。

川の性質を調べるために、川をすくえばいいではないか、と

疑問もなく思うかもしれない。僕らはざるで水がすくえないのは

知っている。その性質を経験しているから、何も考えずに

わかる。しかし、宇宙人は見たことも、触ったこともないので

ざるで川(水)をすくえると、簡単に考えたのだ。

それに対応する性質が異なるものを、同じように扱うと、こう

いう間違いが発生する。物質なら、僕らは経験が多いから、

まず間違えないが、その性質を異なる者同士では、意外と

間違いが多い。それは知からの概念で宇宙人のように、

物質ではないもの・ことを物質のように同じ性質で扱うことで

犯してしまう間違いだ。ざるで水をすくえると思っている、

ことは、心理や心の動きについては確かに多い。 

理解が及ばないから、善悪や好き嫌いで片づけようとして

誤解していることから来る、互いの不適応に気づけない。 

子供に算数を教えている親が、自分の理解している算数が

子供がわからないことにいら立って、怒る。一度でまず

塾に行け、となるだろう。親はもう、苦労して算数の

システムをくり返し頭に入れなければわからなかった記憶は

もう忘れている。漢字を覚える頭は作られたものだ。訓練

のたまものだ。それを親は自分がもうわかっているので、

説明すれば簡単にわかるはずだと思ってしまう。もう誤解が

始まっている。 

僕らは心理的なことや言葉を交わす本質を教えられたことが

ない、親からも。友達や家族からそういうことは自然に学ぶ

もので、自己学習なのだ。心は誰にでもあるのだから、わかる

はずじゃないか、回数や経験次第だよ、というわけだ。 

例えば、隣同士の国でも話す言葉が違えば、意志が通じるのは

一部の人に限られるから、実際にはその国の人たちは誤解ばかり

だろう。少し、食物や経済問題が起きれば、お互いにいがみ合う

のは目に見えている。そして、答えは簡単だ。お互いにお互いの

国の言葉を勉強する教育を子供の時から受けさせればいい。話が

通じれば誤解もなくなるだろう。ところが、それをすぐに実行

するのはもちろん、実行して何年も経たなければ、それの効果は

出ないだろう。そして、諍いの原因がお互いの土地にあったり

して、それは水問題であったり、資源が取れたり、取れなかった

りして経済格差が激しかったりすると、生活もだいぶ違い、生活

レベルの格差から、今度はそのお互いの意識が理解できなかったり

する。

感情のもつれは多くの問題を引きづって、あとくされを残し、子孫

にまで及ぶこともまれではない。インドでは土地問題で争う家族

グループがあるが、15年も争っている、という。そして、驚く

なかれ、それはお互いに親の土地であって、親の時に問題が起こって

それを子が受け継いで、さらに15年も争っている、というのだ。

まったくご苦労様なことだ。

答えはわかっていても、それでは気持ちが収まらないので、お互い

に妥協したくないのだろう。まず、この問題に決着をつけるという

そういう気持ちになる環境がなければ、これは解決に向かわないだろう。

言葉というのは心の言語ではない。気持ちは言葉では言い表さない

ことも多く、また、表せないことも多い。それに人間関係と仕事という

社会のしがらみがかかわるから、僕らはそれを解きほぐす辞書を

持っていないし、そういう訓練を学校でして来ていない。 

答えが答えにならない事情は、感情がそうさせる。認めたくない

気持ちが優先するから。答えのない問題は知性が中途な発達で、

つまり未熟である時、形而上の問題を持出して、知的な優越感を

楽しもうとする。例えば、神はどうのこうの、真理はどうのこうの、

常識はどうの、こんなこともわからないのか、と人を見下したがる。 

そういうひとは「わかっていない」のだ。 

わかるというのも、不便なもので言葉で説明できないことが

「わかっている」ことでもある、そういうものがある。うまく

説明するには相当時間をかけて自分の心を観察して言葉に

変えてゆく長い努力が必要になる。わかってしまえば、相手に

説明する必要がないために、逆にわからない人に説明できない。

例えば、テレビでコメントで:― 

結婚は相手がいくら財産があるかのコストパフォーマンスで

しょう?と言う若手社会学者に、人生経験ある既婚の俳優は 

困った顔をしていた。結婚はそれだけじゃないんだと、言い

たいのは見ていてわかったが、言葉で説明できないのだ。 

結婚、というよりも夫婦とは、・・・と言いたかったの

だろう。

答えの出ない問題にもいろいろ枝葉がある。が、それこそ

より複雑なテーマになってしまうので、ここらで。
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ニュースほどにも遠い [詩らしき]

スウィートゥ、  スィーツ。 

甘い 湖、  砂糖の クリスマス。 

日本は  菓子で  できているのだろう。  

昨晩から  よく食べるように  なった。  

一日 二食も   たらふくフードの 国では  

ばら撒かれているように  掴もうとすれば 

食物の バラエティだ。  

なにも  難民のことを  思っているのではない。 

国々のように  それぞれの  事情や  

業(カルマ)が  あるだろう。 

僕の 腹は しかし、  応えてしまうようだ。  

風邪の回復の、  印、 あるいは 象徴、 

そんな  腹痛の お出ましだ。  

どこの ニュースか、  竜巻で  云々・・。



以前の  どこかで僕は  こうして  

立っていた だろうか。 

疑問の  あいまいな 斜面は  あったにしても  

はっきりと発音して  その姿勢が  

自然と  

正しかっただろうか?  

個性的な  印刷を  していただろうか? 

Isn’t it  ねぇ。  

言葉なんて  飾りだとしたら 

僕のリズムは  しっかりと 

怒って いただろうか?  

ああ、 僕よ。  僕よ僕よ。  

君の 頭を 殴って  

僕の 頭に響くものなら  

今からでも  そうするものを ! 

燃えて! 

燃えて! 

燃えている、  

うぅ ~~~、  もみの木 よ!  

逆巻く  水流、  

バチつく  火花、 

手に入れろ 

手に 入れろ 

忘れるな、  掴もうとしているもの、  

それが  ロマンチック ! クラッカーチック !



海から飛び出す、 クジラの 雄叫び ! 

新聞を  騒がせているぜ  

通りの 号外が  雨で濡れていても  

拾ってやる、  全部 撒いてやる、 

ビルの窓から  飛び降りる  紳士、 

ポマーデチック?な  髪をなでつける  口ひげ男、 

どんなに  弾けた?  

どんなに  弾けて、  も  

弾ける 君が  弾ける。  

そうやって  いつまで?  

思うまま  感じるままに  いつまで? 

いつまででも  いい。  



多くの人が      いた。  

評論を しゃべる人が      いた 、 ね。  

立ち疲れたら、  坐って  いいんだ。  

坐って  また  立ち上がれれば、    ね。  

いいんだ、   いいんだよ。  

それらは  自分のことでもあった、 が 

他人のことでも  あった。  

思い切り 自分を 切り離してみる、  

そういうことでもあった  日々も  

あった。  

情熱が  収まってゆく、  

そういう過程は  いつでも    ある。  

それを 選ぶのではなく、  

そういう 自分が  いるだけなのだ。  

ドアを蹴っても  鬱憤は  

晴れない。   

オキュペーション、occupation が  やって来て  

小麦袋も  とうもろこしも  持ち去った。 

これは なにかの   間違いなのか?  

嘆く前に  考えておけ。 

選択ミスは  その前から  自分が  

隠していたものが  原因だから。  

僕らは   それが 洒落にならないのに  

そうしてしまって、  それを  他人になすっている。  

ゲームには ならないのに。 

ゲームとして、 感じるようになっている。  



Past、  過去がある。  

それが くり返す 霧を  

払おうとはしない。              

静かに 眠ろうとする  儚(はかな)さ 

君、 眠り給うこと  なかれ  

まだ 起きていなければ ならない  

との  子守歌に 聴こえる  

曇り空の  午后  が、ある。  

足を ゆすって  ピアノの前に  

坐る人、  

きらびやかな ショールを  

夢見る 人、  

点鐘 という ゆっくりなリズム、 

鳥打帽を  かぶった人が  

通り過ぎる、  レンガ塀の  追憶。 

クラシックが  好きだと語る、  カタルシス、

小学校が 終わる 放課後に  

僕は  上履きを  持ち帰ってきた。  

遠い過去、という  

今に 創造する  創造劇、 

古い映像を  何度も 磨くのだろうか?  

僕らは  古いニュース映画を  

見るようには  新しい、 想像物を  

紡ぐ ようだ。  



今日、 車検切れの 車を  うまく  

ほかした、 という気になった。  

車両積載車は  慣れない機械、  

とか そんな雰囲気だったよ。 

狭い出入り口で、  バックオーライッ と 

声を 上げながら、 足元のコンクリも  

気になら な かった。  

落とした 軽の納税証明を  探して 

歩き回ったせいで  汗を  かいたよ。

あ、 ハーンッ。 かいたよ。 

運ばれる  僕の車を  

よく見る  こともなかった、鳥が  

飛び たった。  

では、 さようなら、  君は  

確かに  僕の車だった、  よ。 

なぜか、  さようならも  ありがとうも 

なかった  近代の 思いつきの  

パレード、 三角の扉 とかも、  

なかった。



プリントされる 夜があれば、  

ケサミ 、 ケサーミ、 

アリ、  グロ   アリ、  グロ 

君にも  ニュースを  流せるのだ、が ・・・。 

グー~、  フー~、  ゥ~
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新年あけまして、・・・ [日記]

新年は明けていない。師走にもなっていない。 

だからと言って、フェイクニュースを流そうというもの 

でもない。昨晩、友人にメールを送ったが、気管支の 

具合が今いちで、「アリはなぜ、ちゃんと~」を送って、 

茶を濁しておいた。 (最近感じるのは、この「お茶を

濁す」といった古い表現がよく顔を出すことだ。記憶の

逆行が始まっているのかもしれないと、昔の表現を

ふつうに平たい文に変えて書くのが今までだったが、 

時々煩わしいので、そのまま書く。) 

そのあと、1時間もしないで、降りてきた。今までこの世 

について何を書いて来たのか、その全体の意味が 

人生と同じように、巨大な羊羹となって(?)降りてきた。 

それはその理屈ではないが、物質ともいえる丸ごとの 

実質の感覚となって。 

(そう言えば、夏目漱石も甘いものに眼がなかった。)

この十年近く考えてきた、あれやこれやがなにをもって 

なされ、なにを見出さんがためにあちこちでさまざまな 

テーマが紡がれていたのかが、 氷解した。それには 

未知への意図がしっかりあった。そして、うすうすは 

感じていたが、まともに自意識はできなかったもの、

それがわかった。 

自分の心身の不調気味とか、関係なかった。 時と 

条件が満ちれば、それは勝手に降りてくるもののようだ。 

だが、この1,2年は新しい段階へ進みたいという要望は 

心にあって、たまにその文が見られた。なので、潮時 

なのかもしれない。 童話「青い鳥」のチルチルミチルの 

ミチル=満ちる、ではないが、心はいっ時、感興に満ちる。


新年あけまして、・・・ではないだろう。 



なんとなく知ってはいたけれど、靄が晴れて、明けまして 

新機軸こんにちわ、という処だろうか(笑)。


**
昨年、かなり早い新年を書いた。訪れた人たちを含めて、

全体への挨拶の代わりとした。今は、1.4。書いたのは

昨年、11月。
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