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奇妙な式: 動物+人間 → 自分 [自分]

この式は僕の場合は正解だが、一般解

ではない。だから、逆に、

{自分 「→」 動物+人間} には

ならない。矢印は逆向きにならない。

自分を分析し続けても、動物も人間も

導き出せない。

自分を仮に消滅や破壊しなければ、

その人の正解は出てこないだろう。

新自分.png

新自分感覚 陽秋画


自分ははっきり意識できるが、内容と

しては矛盾した半面同士があり、それは

自意識と無意識との矛盾という一般解と

自覚と無自覚という夢の矛盾を抱えて

いて、無自覚は自分が意識していない

時にすべての行動の素因をなす。

自分が壊滅すると、自分との適応・不

適応という命題・問題がそもそもなく

なってしまうので、一般的は耐え難い

不安や苦しみに襲われると思いがちだ

が、ありのままに映るリアルが生命

を支えるので、虚しい状態のまま、

なんの不都合もなく暮らせる。

それは奇妙な精神生活ではある。

ありのままの動物とか、ありのままの

人間ということが、元から矛盾して

いる。人間の主に「心」とまた、それ

に重要かつ多大な影響のある「体」の

神経や感覚が複合してバランスして

いるのが「自分」という概念の状態

だからだ。

自分が壊滅すると、僕らは目的も

結果への追求も失う。根無し草のよう

にその日を生きるようになるだろう。

それは通常、無自覚な不安から孤独

に放浪とか彷徨したくなるようだ。


良寛さんは(思い出す限りでは)

18歳で仏教修業・学業を終えて、

外(世間)に出よと師の僧に言わ

れて、全国へ向け放浪して、ある村

で世話になり、あばら家ももらって、

そこで仏の道など説いて、子供と

遊んでいた。


一休さんは偉い人の御落胤で、

村人の問題をかなり頓智の知恵で

解決した人で、晩年に全盲の中年

の尼僧を世話して、また惚れて性

生活に豊かさを見出して、その

尼僧を置いて、死ぬのは嫌だ、と

言っていた。権力者の相談にも

立ち会う立場だったので、通俗

の環境とは縁が切れなかった。


西郷さんは若い頃、改革者の僧が

入水処刑された時に一緒に入水し

て、心中を図ったが、一人助かっ

てしまった。

明治維新までの中心をなした人で

最後までやり通した人だった。

その代わりに彼の弟三人はほぼ戦場

で重傷を負い、亡くなっている。

ひとり、頭に銃弾が当たりながらも、

奇跡的に助かり、その後は裏方の事務

で戦場に出なかったので、明治政府

に召し抱えられた。その弟、従道は

西南戦争でも西郷を助けようと尽力

した。

情け深い西郷は弟の死に激しく嘆き、

戊辰戦争でも東北で敗れた者へ寛大な

措置をして、それに感激した若者は

西郷が政府から下野した時には鹿児島

へかけつけたほどで、後に神様として

神社ができるほどその人柄が慕われた

人だったが、底の知れない人物で、

心の中心に自分はなかったようだ。

時代は彼を利用したかのように維新

を遂げさせ、最後に古い絆を断ち

切るかのように、古い考えの若者たち

とともに戦死して、維新の残務整理

までした。

西郷さんは底のない人物だったろう、

闇の魔力化のようなカリスマが兄弟

たちを犠牲にして、彼自身は何を

したかったのか、自分でもわかって

いなかっただろう。朱子学みたいな

当時の教養(そこからの敬天愛人)

があったが、それは表向きのもので、

彼は人への愛と戦い好きの矛盾した

面を持っていた。人に慕われる面は

いつの時代でも強調されて、イメージ

として残る、それが歴史のプロパガンダ

だ。それでもそれを尊敬することが

その時代への敬意であり、僕らの偉大

さだろう。


それを説明はできない。これが自分

を認識する正確な分水嶺だ。人は

自分を以って認識しようとするので

勝手な意見に終わってしまう。

好き好きな意見がのさばるのも、

また自然状態と言えるだろう。

説明ができない実相の状態も

勝手な意見の自然状態も、似たよう

にイメージはひとつですぐわかる

のに、内容は入り組んでいて、

その矛盾を同時には説明できない。

その意味ではどの人の人生も矛盾

はないのだが、一面や固定した

視点などで決めつけたがる点を見る

と多くの間違いに気づく。

しかし、人は誰かに「あなたはなにか

である」と、指摘されたり(主に賞賛

を望むが)決められたがっている自分

でもある。


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帰りたくない自分へ、は自分を蹴飛ばすこと [自分]

<これは人生と出会う8日前の晩に

書かれたもの>「地球は人生の一部

でしかない」参照。



言葉でそれを同定させたい、それが

すべきことだと、思っていた。

わからないままにそれを表現する

とは、どういうことか。

それだけでも答えを出せるのなら、

“なにかなし得たのではないか”、と。

そう、その時はまだなにかをなし得る

ことが大事だと考えていた。まさか、

なにもなし得ないとは、人は考えたく

ないものだ。

こうして書いてゆくだけで、なにかを

それなりに主張してゆく思いの成就が

ある。この動きに囚われているのだが、

これを意識するのは、自己撞着(自己

矛盾)を起こすことなので、無駄な動き

に終わると考えていた、それで考えて

はこなかった。

だから、それを考えてみようという

のも、当たり前でつまらない。

そこから飛び立ちたいと思うと、

自由という切符を買いたいと思う。

ところが、こういう日は自由の

切符は手に入らないものなのだ。

流れに乗って、どこへでも行って

いいという気分にならないといけ

ない。それにはむしゃくしゃした

動機があるのがいいようなのだが、

整えた心はつまらない。その滑らか

な油一滴がこぼれてこない。

こうであっても、いつものように

こうしてなにかを思いつくのを待っ

ているのではない。おお、なんと

明るいのか。 開こう、 心を。


どんな共感、詩興、愉快が来ても

それに掴まらないぞ。


詩が書けるからって、それを書くの

は書かされてる気分がするじゃないか。

やめよう、偶然の流れに乗るのは。

それでどうにもならなくても、かまわ

ないってものさ。

もう古臭くなった、腐臭さえし始めた

んじゃない?と思えるような僕らの

ストーリーに乗るのは、当然のように

嫌になったさ。

そこで、まとまるなよ。

そこで止まって、皆、店を開いている

けど、それってどうなの?

落ち着きたいし、君は“ナニカになった

な”、と言われるのも誇らしいのも、わか

るさ。でも、それはそれだ。

趣味が違う。好きな色じゃないくらいの

意味だ。

また歩き出すさ。

そう、

そうだと思う。


恰好いい、と言われたくないために

不精を隠したくない。人にやさしさを

施して、気配りの人と呼ばれたくない。

それじゃだめだ、と言われる人間に

憧れていないが、いい人間よりは

面白そうに見える。なかなかダメに

なることができないからだ。こんな

プライドの砂糖菓子のかけらでも

齧っていたいのだろう。

でも、そんなことを追及すると、批判

という感じになってしまうから、やめて

しまおう。

オオ! ワン、ツー、・・ドラマー 

どこかに流れるものだな、

言葉も

人生も。


腹が、急に、減る。

卵料理の映像を想像してしまった

からだろう。

熱いフライパンの上で、たまらない。

(食パンにスクランブルエッグを載せ

て、食べる。うまい)



平常心とか、私心をなくすとか。

言ってる。心を開くのと、平常心と

どう違うのか。そんな違いに目が行く?

どうでもいいんじゃない? それ。

自分を信じる、愛を信じる、とか。

どうでもいいんじゃない? それって。

自分に責任負えなくて、焼けで

無謀にやんちゃ行動するって、それ

は自分を信じること? 違うよな。


自分をわかる者なら、自分が何者で

どんな人間かはどうでもいい。それは

信じられない対象だからだ。そこでは

ともかくも自らの心の状態もどうでも

いい。これから何をするにせよ、この

心を持った体がするのを、間違いなく

下支えするだけだ。

愛を信じるというのは、寝ぼけている。

愛は僕らがそれを愛だと評価する「もの」

でも「こと」でもない。電気の明かりを

点ける、という変な言い方くらいに

ぼけている。

君のために死ねるも同じ。そういう

自分のことがどうでもいいというのが

無意識な前提にある。そこから行動

することで、評価ではなく、行動で

測る。くり返すが、私は君を愛して

いるよね、と確認のために言って

いるようにも聞こえてしまう。「僕は

君を愛しているから、君のために

死ねるよね?大丈夫だよね?ね?ね?」

バカみたいだ。



そういう行動をすれば、それがわかる。

愛とか自分とか、信じるとかの言葉は

必要ない。ドラマではお芝居だから、

強引に表向きにするために、言葉で

説明する形で言わせる。

あるのはそれをした?しなかった?

その前には何も現れていない。その

後には言葉は現れなくなる。

これは他のことで日常に誰もが経験

している。しかし、内容の性質から

そのボリュームは受け取る人の容量・

腹次第だ。それでもその芯は確実に

わかる。



どうして人は生死を顧みずに何かの

ために危険に飛び込めるのか?そう

じゃない。信じるも愛するも。同じ

意味しかない。言葉の意味は無意味で

それは行動を指しているから。

人がそのために行動できるのは、そこ

には行動しかない、動くものしかない

からだ。動けばそれはなにかをなしつつ

ある過程の運動だ。だから、生か死では

なく、生死を超えた運動だけがある。



生きることは、どう生きるというのは

後天的な選択肢で、すでに生きている

という事実がある。それはすでに信じ

ている=生きていることを示している。

僕らは生きる意味を問う前から、すで

に生きていることで、生を信じている

事実を証明している。

だからと言って、わけもなく死ぬのは

人生に負けたことだとか、批判しない

ことだ。若さとは馬鹿さでもある。

馬鹿は深い事情も知らないうちに死に

たがる。胃痙攣くらいで、癌の末期の

症状だくらいに思う。それも経験不足

で仕方ない。死ぬ奴は死なせとけ。

目の前の不思議さ・美しさが見えない。

そして、見えないわけも誰もが教えない。

見えない者ばかりだからだ。

ここにある。

なにが?と皆が考える。名前とか性質

とか知ろうとする。

考えないでもここに物があるという

不思議がある、それがわからない

からだ。見ることも長い間に忘れられ

てしまった。そのうち評論の神様と

呼ばれた小林秀雄が、絵画を30分も

眺めている、という話は笑い話に

なるのだろう。だから、絵画を眺め

るのも平常心だということも、わから

なくなってしまった。私心をなくして

見るのも同じだ。映画のストーリーや

感情移入をして同情したい・されたい

だけで、どこにも平常心などなく、

捨ててかかっている。

僕らはここまでなにをして来たの

だろう。多くの文明と便利さ、考え方

と文化、それは衣食住の充実。

生活は文明文化で足りているように

さえ思える。

だが、まだゆかしき精神遺産は残って

いる。伝統や文芸は空の殻だが、それ

を突き通すと見えてくるものがある

のではないか。



:::

あまのじゃくは皆が捨ててきたものを

拾って集めるものだ。アフリカの子供

は貧困のため、ゴミ捨て場でそれをして

いるが、エイズの注射針に指を刺して、

病気になったりする。

あまのじゃくで発達障害タイプで貧し

くても、現代でもまだ生きる方法が

あるはずだ。

希望?

僕はそれをよく知らない。知りたくも

ないのだろう。健全な絶望のほうが

まだ石炭くらいには燃えてくれそうだ。


               2.3

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無用の用、無自己の自分、曜変天目、・・ [自分]

<曜変天目茶碗は長い前置きの後に登場します>


随分以前になるが、釣りに行って

ただ釣り糸を垂らしてくるだけでいい、

と言う男がいた。それは絶対におかしい

と思ったので、なにしに釣りをしている

のだ?意味がないではないか、と反論

を考えたが、大したことではないので

敢えて言わなかった。釣りは魚を釣る

ためにするのに、餌をつけずにただ

釣りの真似をするだけでいい、と言う

のだから、その時はわからなかった。

しばらくしてから、そういうことが

あってもいいな、と多少許容すること

になったが、次第にはそれも風情が

あるか、ぐらいには理解したようだ。

今夜、考えていて、釣りをしない釣り

人になった。ブログを書こうとして、

ブログを書かなくてもいい、ただ

書こうとして、坐っているだけで

いいのではないか、と釣りをしない

釣り人の心境になった。

それは心の重力を考えていたからだ。

心は漠然としているから、僕らはそこ

で足を地につけたように立っていたい、

と思い、その方法を自分なりに確立させ

ているはずだ、という着想から始まった。

両足を揃えて立っていると、その底には

ちょうど地球の重力に引かれて立って

いることができるように、僕らは心の

中心に引かれるように立っているに違い

ない。そう思う。

心の漠然に任せてしまったら、僕らは

中心を失い、立っていても、揺られて

いるようで、フラフラしてしまう、と

考え、感じ、実際に不安になってしまう。

しかし、心にわかるような中心はあるもの

だろうか? ない。が、あるだろう。

なければそれがあるように思うのが僕ら

だからだ。知らずにそれを作っている

のだろう。まず、僕らが中心を求める

以前、すでにないものをつくるのは、

自分だろう。自分は分身の知を動員して

確固たる自分を確立させる。ないものを

知られては自己証明がなくなって、自分

が自己撞着して、不安の底に落とされる

からだ。この自己を中心として、そこに

安定のための考え(概念・観念の自己証明=

アイデンティティ)を定着させることを

試みる。

それは言葉で言えば、秩序であり、信念で

あり、信仰であり、確信であり、レベルが

下がるとあらゆる偏った主義・主張や活動・

運動といったもので、それを心の中心に

置いて支えとすると、それを信じている間

は安心できる、といった具合だ。

それは自然に犯すべからざる権威や象徴に

なるので、プライドの壁をまとうように

なる。かくして、この狭き概念の範囲が

その自己の生活になり、世界を固定して

しまうことになる。

その中心に玉乗りをしているような感情

が支配するだろうから、玉がいきなり

動かされるようなことが起これば、玉の

上でバランスを取るための動作をする

だろう。それは生活や実際の場面では、

プライドをかけたものになるので、慣れ

ない者はムキになってバランスを保とう

として、相手の攻撃的な言論・言葉を

許さないだろう。

あなたの権威や秩序と信じるものが、

否定されれば、それを停止させる感情

が即座に動いて守りを固める。

それは体の自己防衛とはかなり似て

いて、僕らの知らない反応が速く対応

する。似ているのは、僕らの脳を通さ

ずに、無意識な反応をすることだ。

異なるのは、体の場合は脳を通さずに

反応できる訓練が積まれていること、

心の場合は知と情と感覚が連携しない

で、その場合は唐突な短絡した反応

になってしまうこと。

多くは自分がわかる論理的な理屈等で

否定されて、その正しさに気づくと、

理屈で答えない、逃れるとするか、

感情的にそれを無視して、ただいい

がかりの言葉で攻撃的になる。または

それに答えない、など。


これまでにも書いてきたが、少し進もう。

自己が中心なのはわかるが、それを外し

た時、僕らは玉から落ちると思うし、

たぶん、落ちるのだ。そして、パニクる

と藁にも掴まるのだろう。

では自分の信念が崩れた時はどうすれば

いいのだろう。生き甲斐や秩序が失われる

絶対の不安が押し寄せる時、そう感じた

時、僕らはどうしたら。

僕の答えは、それこそが答えだった

のだが。

それはその不安定で、絶対の絶望的な

不安が、自然状態というものだった。

むしろ、そう信じ込んだというのも、

ありそうだ。だが、これは自己の中心

を生きてきた人には、信じることは

無論、わからないことだ。かつては

僕の最初の出来事はそうだったから。

自己を離れるということは、例えば、

急に盲目になり、世界は闇ではなく、

「見えない」という視界がない状態

になることや、これまで育てられた

両親が15,6歳になって、突然本当の

親ではないと告白されたりすること

や、腕をつかうスポーツの選手になる

ことを夢見て、その才能もある子が

突然の事故で、両腕をうしなって

しまうとか、その時の悲しみ・絶望は

あるだろうが、どれもそれなしでは

生きられないということではない。

それを克服した子の、人の記録は

多く残っている。彼らが失ったと

思ったものは、本当は自分という

自己だった。克服した人は皆、別な

自己を育てたのだろう。

秩序も善悪も法律も完全なものはない。

それが僕らを支える指針であることは

事実だが、それも変えればいい自己の

内のひとつなのだ。僕らはそれ以外

知らないので、自分というものが唯一

だと妄信・盲信している。



今夜、僕が考えていたのは、どうも

玉に乗らないでいいのではないか、

ということらしい。自己という中心

を見出さないで、この混沌のさ中で

バランスを取るのではなく、そのふり

をしているだけでもいいのではないか。

そんなことのようだ。

僕らの現実というのは、バランスの不安

から生み出された、半分が仮想現実と

いう、あいまいでいい加減な社会・

世間とそっくりなものなのではないか。


リアルな現実は、例えば、今の僕の場合

は目の前の「もの」にある。

屈人織部として、曜変天目茶碗を夢に

抱いている。

曜変天目茶碗1.JPG

曜変天目茶碗:国宝 静嘉堂文庫美術館蔵

中国の宋の時代の物であるが、日本の

国宝に指定。中国にはこの曜変天目茶碗

は、ひとつもない。偶然が生む完璧な

天目茶碗は世界に五つしかないが、

すべて日本にある。

中国の故宮美術館という膨大な皇帝の

歴代コレクションがあるが、この珍重

なまれな茶碗をひとつも手元に置か

なかった。理由がある。

焼き物は古来から政権の安定を求め

られてきた。それで同じ形・色合い

なども同じものが宮廷では求められ、

天目の模様は変化であり、凶兆と

捉えられかねなかった。それで陶工

は天目が現れると、死刑にされるの

を恐れて、全部その場で割って

しまった。中国に残るはずがなかった。

国宝の五つの内、三つが中国製と

いうのも奇妙な話であるが。






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アイデンティティを失う意味 [自分]

突然、書くために、ここへ来た。いつもの 

坐る場所。なにがかわったわけでもないが、 

書くような指令を感じたわけでもないが、 

ある焦燥がある、そうじゃないかという 

気がした。

言葉がどんどん意識に上がってくる。なにが 

言いたいか、わかる気もする。そうであり 

ながら、書くのはためらう。  

この小さな焦燥がそのまま静かに消えて 

いってもいいのではないかと、無視しようと 

している。書くためのどんな義務も責任も 

ない。

と、・・・だ、そんなこと考えても、思っていても 

なにもならない。そのほうが問題だろう。 

感覚は正直だ。考えなくていいから、そう 

いう時は衝動で行動せよ、と。 

普段から優柔不断で悩む人は、そう言われても 

何の準備もない。大して羽目を外す行動は 

できないのだ。ともかく、実社会では直感的 

行動は大切になる。後先考えないから、それ 

までにどこまで行くか、どこで止まるか、と 

いう準備が心になされていないと、不安で 

直感で行動なんてできはしない。 

どうする?僕ちゃん?書く?書かない? 

焦燥を燃やしてみる?消えるのを待つ? 

どうする?僕ちゃん?どうするのよ!  

そう僕を笑わせないで、おかしいだろ。 

グラディションとか、フェードアウトとか、 

周囲を回ってばかりで、踏み込まない 

つもりなのか。時間稼ぎさんよ。 

はちきれたいのか、ぴしゃっと言って 

やりたいのか、わかってないな、お前は。 

舞台に上がる呼吸を忘れちまったのか、 

シレっと出る、スッと出る。だから、なに 

もない、足で歩くだけ。心でも同じ、 

シレっと決める、決心。 

自分に逃げ込むと、考える考える、 

ルーチンで同じ処を回り続けるから、 

同じ作業をしてなにかをしているつもり 

になって本命から目を反らせる、という 

わけだ。そうやって、自分ではわかった 

つもりや考えても無駄という言い訳の 

習慣を重ねるのに手を貸す。それが 

自分という裏の手なのだから、見抜き 

たくもないから、まんまとその手に乗る 

のだ。 

憂愁というだけでノスタルジックになるのは、 

どういうわけか。郷愁が感じられるように 

自分がそこで休憩できると思うのは、どういう 

いきさつなのか。 

クリエイションという単語が気にかかる。風に 

吹かれて、好きにして、あとは知らない、という 

処までセットだという台詞だと思うんだが、 ・・。 

愛について、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

決めてみたい。 ・・・と思うのだが、 

知っているところから、新しい類推を試して 

みたい、と ・・。 

その着想は悲劇にたどり着く。すると、書く意味 

がなくなる。悲劇になる可能性なり、確率が 

少しでもあれば、その事実を受け入れがたい。 

― そう思った瞬間、 そういった心の全体が 

ヒントになった。 

問題はここにある。どうして愛は悲劇ではいけ 

ないのか、どうしてそう思うのか、その動機は? 

なにか? どうして愛は死に囲まれているのか? 

それは死が愛を守っているということなのか? 

だとしたら、愛はなぜ守られる必要があるのか。 

もう死んでいるのに。それは死んでいないのだろう。 

死なないために境界を設けたが、死でなければ 

守れなかった理由が存在する ・・はずだ。 

それは 

それは  

それは  ・・   

愛がなければ生きられないのに、愛はなぜ自由 

ではないのか? 

僕らは愛をた易く感じるが、持続させるのは 

不得意だ。それは愛を知らないためであるが、  

愛には知ってはならない理由があるのだろうか? 

と、僕の都合で考えは進んだが、根拠は僕の 

内面体験でのそれぞれの素因というそれしか 

ない、という不利な証拠だ。 

僕らは自分を知るのを恐れる。ほぼ無意識だが、 

待つ身になっても、自分を意識するのをつらく 

感じる。自分と対面しなくてはならないから。 

どうして退屈を恐れるのか。それは自分に 

有機的な永続な根拠がないのを知るのを 

避けようとするからなのか? 

僕らは歴史に自分を植え付けようとする。 

高い地位ならば、自分の名前が通りに 

つけられたりするのを喜ぶ、名士と言われ 

たい。それは自分というものに、ほんとうは 

名前がないからではないのか、その存在 

証明(アイデンティティ)に後ろ盾もなんの 

保証もないからではないのか? 

保証を求めるから、歴史に名を刻み存在を 

ただ保証したいという、危機的な欲求が  

あるからだけではないのか?  

愛には記憶がない。僕らは初め愛して、それを 

記憶にする。愛が消えても気づかず、愛の 

記憶を呼び覚まして、それをくり返そうとする。 

もうそれは今ではない。今しか、愛はトドマラ 

ナイ。だから、また初心から始めなくてはなら 

ないのだが、愛したという記憶が邪魔して、 

愛している=それがある、と錯覚させる。 

それが惨めになる理由だ。取り残された錯覚 

はしかし、厄介だ。情熱の分量だけ執着しよう 

とするからだ。そして、うまくいかないから、 

悔しさの根になる。 それがはびこったものを 

僕らは憎しみと呼ぶ。憎さは愛ではない。 

そう呼びたいくらいの執着はわかるが、それは 

醜態と呼ぶべきものだ。すべてそれらが自分 

というプライドに沁みつく。

だから、この世の面白さがあるとも言える。 

対人面の人生経験でわけがわからずとも、 

我慢を学ぶ人は多い。必要な妥協をする 

ことを覚える人も多い。そうして事件が発生 

するだけの悲劇ではなく、美しいストーリー 

も生まれたりする。 

そういう世のバランスはいつでもあるが、僕 

には本質的なことも、細かいことも依然として、

謎として残る。愛の脅威的な力はどうして 

地球の万物に作用するのか?

無関係で初対面の野生の鳥は、なぜそこに 

通りかかった見知らぬ人に挨拶しようとする 

のか? 

僕の記憶は確かに、いくらかの疎漏はある 

だろうけれども、ほんとうにそれは僕の記憶、 

なのだろうか?それは信じようとしても、最近 

になればなるほど、怪しく、危なくなる。 

同じ文章を1年後にでも再び読むと、感想が 

ガラリと変わってしまうのを見つける。同じ 

音楽を3日後に聴くと、聴いてもいなかった 

ような感興に見舞われる。新しさは矢継ぎ早 

に来る。いつが過去なのか、変わってしまった 

現在とはなんなのか? 

僕は現代で、未開の世界にリフレッシュされる 

体験をさせられているような錯覚にも似た 

日常を送る。少しでも思考すれば、同じ一日だ 

と見えるのだが、 ・・。 

毎日が新しいと、なにもかも新しさはなくなる 

だろう。逆に自分がそれを裏づけさせてくれる 

杭のような過去を演出してくれる。自分は 

常に過去と共に登場する。それで自分は 

常に過去のものだとわからせてくれる。 

これがその状態だ:::― 

言える、この感興がそうだと、 

僕はどこから来たのか。どこへ行くのか。 

この言葉の形だけがある。これは僕の 

感興という答えなのだ。疑問の方向の 

意味合い・感情が混ざった答え、答え 

そのものなのだ。 

人は自分を完全に失くした瞬間をくり返して、 

やがて、数十年もして、それが新しい自分と 

知る。   ・・ 新しい自分を見つける。 





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途方に暮れる自分 [自分]

最近、犬のイラストで、なにかを訴えるような、そうでない  

ようなのを見て、心が止まった。  

一日経って、それは最近の途方に暮れる(暮れそうな) 

自分を見て、感心するという、鏡の中に最近の自分を  

発見するという想いだった。


途中(2).JPG

イラストのパロディ化。

思いのほか、時間がかかった。
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ピークを超えて見えてきたもの [自分]

楽になった。熱も下がったが、ブログへの期待感

も、取れてくれたので、肩の荷を下ろしたようだ。 

が、書くほどの集中力を支える筋力が疲れたまま。 

風邪は治ったが、持病の回復には内臓の炎症  

なので、出歩いてもなんともないが、なにかに 

集中しようとすると、急に体が鬱になる。心では

ない。体の筋肉が鬱を発生する。僕らはそれを

心だと勘違いする。精神トラブルの場合はまた別だ。  


持病は38,5℃とか39℃とかでると、もう完治まで 

10日かかる。今回はそこまで行かないから、1週間

だろう、まだ4日だから、本当に楽になるのはまだ

2,3日先だ。 

人はトラブルを抱えたり、障害に悩むと、自分の

苦しみばかりに気が向くから、自分のことばかり

喋るようになる。病気にまでなると、毎日はそれ

への恐れから、自分の外側の世界で何が起こって

いるのかに注意が向けられないので、お喋りを

聞く側に回るか、発言が少ないか、しなくなる。

障害者同士だと小さなことで、それもどうして 

そんな些細なことでと不思議になることで、口喧嘩

になったりする。


パソコンが壊れるというのは、久しぶりだが、生活

が不調になる前兆だというジンクスがある。僕の

場合はそれで、今回もその通りにスト-リ-は

進んでしまった。いつもなら即パソコンを買い換え

てセキュリティやアプリなど設定を急いで、無駄

な時間を減らそうとするのだが、急いでそうする

ことはないと、急に決めてしまった。だから、本当は

今頃、パソコン立ち上げ・復旧にセッティングから

設定へと頭を熱くさせている頃なのだが、まだ

早いと待っているのだ。 

自意識がこの世という、0,00001%の世界なら、

残りは99,99999%があの世の世界だ。この世は

あてにならないと、僕は言った。では僕の自分は

どうすればいいか、追い詰められてしまう。この

世の正義も善も、愛も法律もあてにならないのなら、

どうすればいいか。 

その時に分かることではない、分からない世界

が、その膨大な世界が見えない闇として残されて

いたら、・・・。一か八か、飛び込んでみるしかない。

それが僕が潜在意識に丸ごと飛び込んだ真相

だった、そういう状況だったと今にしては思う。


自分はそもそも投影だから何かの影でしかない。

それはひとりになることがもともと不可能な存在

だからだ。

疲れるが、せっかくここまで来たから、書こう。  

子供が自己を確立させる年頃になると反抗期

が現れるが、それは親が愛情が過剰気味な

場合だと強く現れるのは、その子の中で成長

した自分が親によって埋没してしまうのを防ぐ

ためだ(最初の自己防衛?)。そして、子供が 

まだ自己が確立するかなり前だと、親しい

家族・親戚などが帰ろうとすると、泣いて帰ら

ないで、と帰る人を喜ばせるのも自己がまだ

未熟なためにその正体を隠せず、現している

からだ。

笑ったり楽しんだりしてその人たちに感情移入

して、その人たちと急に別れるのが分かると、

悲しいのは自分と別れる気がするから。

感情移入した相手も自分に思え、それと

別れるのは永遠の別れに感じる。泣く。

それはまだ慣れていないし、この先もほぼ

意識しないで生き続けるのだが、この時は

まだ赤ちゃんの自我なのだ。そして、親とも

別れなければならないのだが、それは自然

から生きる手段も目的も獲得しながら、自然

と共に、それが家も命も奔弄される脅威で

あることがあろうとも、生きる定めにある。

それがその現実に向かわねばならない自立

になるのだが、それは自分が描いた世界の、

この世の写し絵という仮の世界の自立で、

いわば、自分の世界の中の自立なのだ。

その意味では仮の自立と言える。それは

困難が波のように懲りずに何度でも襲って

くるように感じるし、実際のこの世を同じ

パターンで写し取る。皆それを同じに見る。

リアルに迫る必要があった時にその人の

内面でその違いが鮮明に、また内容が

あいまいになる。裁判の進行・模様を見る

ようなものだ。何が事実か、証拠を並べた

だけでは信用できないことが多く、僕らは

DNAとか肉眼で見えないものまで使って

事実を固めようとする。

自分という存在は自立ができないのに、

知でそれを概念の別わくで作り上げる。

それは仮想でも他に総合での認識手段を    

持ち合わせないから、人間という生物は

その鏡に自分を見る。初めは見て認識して 

触ってみて、そこにあるので、感覚ではなく、

認識を信用する。 

それが確固たる自分の虚像になり、時間・

年齢とともに強固にする。老人の頑固さや

意固地さ、狭量さや短気さというものが顕著

だったら、それはそれまでにその人が依存

してきた認識が心に食い入り根になった

不可抗力のせいである。


自分はひとりではないのではない。そういう

自分は確かにひとりだけではなく、大多数

がそうだが、本筋はひとりになることが自分

の存在理由として、つまり孤立して、隔絶して

ひとりであるという状態になることが、元から

不可能だからだ。

孤立感や隔絶感は感情的に自分の死を潜在的

に知らせるだろう。それが僕らの人恋しさや

寂しさを発生させる理由だ。


できないものはできない。こうしたら、(即席の

考えで)少しはできるんじゃないかというのは

「できない」ものではない。

自分と知は合わせ鏡に映ったそれぞれを、

ひとつにする運動(自分)と分離する(分離

して、統合してまとめる)運動(=思考)として、

無限に鏡の中に映し出す。それが戯画で

あり、片側の鏡だけでは存在できないのを

知らずして、また無意識下で知っている。

だから、僕らは瞑想を通してしか、気づく

きっかけを得られないし、またそれでも

半無意識的にでも感じることしかできない。

知性はあっても、感情が中心で強いなら、

知性(亜・自分)から自分を知ることはできず、

感情は自分に取り込まれた場合に(または

その逆の場合も)強い自尊心やプライドを

発揮する。この世の仕組みではどうにも

自分を知るようにはできていない。

それは精神の物理的な問題で、いくらでも

考えたからといって変えられることではない。

この仕掛けは不毛に見えるが、そうでもない。

僕らは恋愛すべく、恋愛して、争うべく、争う。

戦争は単純ではない。人と人との争いごと

ではない。社会の仕組み国の仕組みを悪用

して、自分の手を汚さずに快楽(金儲け)の

ために人々の労働で形になったエネルギーや

資源を集中して大量に奪い取るためだ。彼ら

は主に銀行家や超富豪やそれぞれの分野の

権力者たちだが、彼らは前線から離れた安全

地帯で指揮する。自分が一度でも初年兵から

戦場にまで参加してみれば、歴史に戦争は

こうも生まれなかっただろう。戦争で味わう

苦しみも悲しみも、その凄惨さも空しさも、

彼らには無縁だからだ。経験しないから、

笑って見ている。

実際に感じることはないから、いくら儲かる

かだけ計算している。そういう連中も自分

が分かっているのではないから、協力し合い

ながら敵対するそれぞれがお互いに振り

回すか、振り回されるかしていて、彼らは

彼らで賭けをしている、僕らの命という駒で。  


群集心理も僕らがそもそも自分に振り回され

ている自分という世界に無自覚で嵌まって

いるのでなければ、起こり得ない。同じ方向

へプライドが感情で雷同して、知性の判断を

停止させるか、皆と一緒に扇動された判断に

巻き込まれる。

赤信号、みんなで渡れば怖くない、と言った

のは北野たけしらしいが、言ってみれば底辺

はそういうことだろう。それが日常で見たり

聞いたりできるものなら、冷静な人もいる

だろうが、それが非日常な事件では頭の中

の混乱した情報に身を任せることになってしまう。 

それよりも周囲の意見に併せたほうが安心

な気がしてしまう。真の自立がそこにないから、

そうなる。僕らは自分とは自立していると思って

いるが、それは日常的な生活の中でそれを

考えているからだ。危機の時に本来のひとり

ではいられない自分がそこにいる。



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キラキラ星よ、新しい自分を見直して [自分]

情熱に見舞われるのは、楽しい。きついが、 

それ以上に意欲が高まる。その感触が  

たまらない。激しいリズムに体が自然に踊り  

出して動き出すように、熱いのだ。  

ゴッホでゴーギャンとの関係や影響について

書こうとして、ゴーギャンにのめり込んだが、  

ますます資料が読みたくなって、失敗した。 

今書くのには間に合わない。  

ともかく、落ち着かない。坐れば安心して  

まかせた、という気になっていたが、そうでは  

ない力を感じる。その正体もわからないが、  

高速道路で自分の車がスピンしていても、  

わからないだろうという気分。  もしくは、  

自分の新しい力を何に使っていいのか  

わからない、という感じ。

ジョンレノン(ビートルズ)の’ニューヨークシティ’を 

聴いているのが、気分がいいのだから、変われば  

変わったものだ。  

アメリカもイギリスもフランスも、第2次大戦以降に  

とんでもない化け物(信頼も裏切りもこなす精神、  

ジェンダーも猟奇殺人も日常に見出す精神雰囲気、  

正義に嘘も偽善・欺瞞も混ぜてしまう社会)を生み  

出したものだ。それはそういう空気なのだが、具体 

に人間が行動せざるを得ないから、人と人との信頼  

に立脚しないドラマが次々に生み出されている。  

それを現実のどろどろというのは簡単だが、逃げ  

の姿勢ではないか、と思う。かと言って、たちどころ  

に立ち向かえと言っても、あまり意味はないだろう。  

ジョンレノンもこの後疲れてしまったらしく、回顧 

趣味のアルバムを出した。そして、なんと  

音楽活動をドロップアウトしてしまう。5年だか、  

6年だかを息子の成長を生活にする。そして、  

一段落ついたのかまたアルバムの音楽活動を 

再開してから、暗殺されてしまう。アメリカの  

空気は臆病さがある。気の小ささがあって、  

権力中枢も多勢なのでその空気に染まって  

いる者が、どうもレノンの平和思想を、市民 

へのその多大な影響を嫌ったらしい。

動機はケネディ暗殺の時と同じように、ソ連  

との核戦争一歩手前まで進んでしまった  

ケネディの気概に相当な危険を感じたらしい。 

それがアメリカを救ったとは見えなかったのだ。  

それとは別かもしれないが、当時CIAは暗殺を  

何とも思っていなかった。  

ジェームスボンドの殺しの許可証で世間は  

驚いたが、著者は実際に現役スパイもこなし、  

大戦中は組織の監督職にもなったらしいから、  

理想の、女に強いなんでもこなせるスーパー  

スパイを創造したのだろう。彼自身が憧れたと  

思って構わないだろう。殺しは組織では常套手段  

だったのだ。許可証というのは対市民の不快を  

予想して、逆手に取ったパロディのようなものだ。  

これは戦争や政治の大局からの見方を通して  

書いていることで、市民からの小局からの人情  

や日常の信頼を無視したものではない。多くの  

者がそれを取り違えるが、 ・・・・。  

その中間になる、病気や貧困になると、また扱い  

が面倒になる。組織(政府と自治体)と個人の  

習慣、法律と生活習慣、医学と経営利益(病院・  

医院)、という双方ともが互いに十分に関わって  

いる事柄だからだ。  

それでも独自に正しい判断と察せられるものに  

たどり着く、または直感することはできる。  

しかし、僕は時間をかけ過ぎたようだ。デカルト  

の17世紀は印刷術はあったが、アリストテレスの  

全学問を底流にしたスコラ哲学は、デカルトに  

してみれば、それが一本見えれば、大局も見えた  

のだろう。だから、個々の説・学の細流である  

諸説に惑わされず、すべての本は読まれた、と  

感じたのだろう。それから20年も世間に入って  

いったことはすでに書いた。  

スコラ哲学という他人(アリストテレス)がいなく  

なればそこは見渡す限り、学問の広野だったろう。  

どこから手を着ければ、と考えた。そこでまず  

自分の考え方を反省することから始めたようだ

(方法序説)。  

デカルトは幾何学一本だった数学に代数という  

革命をもたらし、哲学から科学(当時はそう呼べ  

なかった)を切り離した張本人だ。x, y, z の  

未知数、a, b, c の定数はデカルトの発案で、  

現代まで400年そのまま使われている。  

彼には召使が一人ついていて、彼の死まで側に  

いたが、その召使が後に、数学者になったという  

から驚く。暇な時に一緒に数学を教え、解いたり  

していたのだろう。  


僕が気がついたことがどれほどの未知数で  

あったかは、その当初は気がつかなかったが、  

今は少しわかる。  

僕らは世界の人口が76億だったら、76億分 

の1で独自の新しさを備えているということだ。  

哲学も宗教を見ても、かいつまんで読んでも  

似たようなことが書いてあるのは当然で、皆が  

(所謂偉人とか、天才とか、どちらにしても 

おかしな人びとではあった)過去を頼りにそこ  

からいろいろな疑問点を研究し、考え、発展  

させたり、したが、それは先人からの疑問を  

引き継いだが、そこからは縁を切るように独自  

の論を発展させた者だけが、新しい地平を  

開いている。  

先人に追随する必要はない。ただ、どこまで  

どのように展開させたか、ある程度見切る  

必要はあるから、初めは多くの本を読む  

だろう。そこからは飛躍が待っているが、それ

は精神の死を中心に運命的に待ち構えている。

飛躍しても、自分の力量で選択しなければ  

ならないから、理解はそこまででそれ以上は、  

(概念ではないので)やはり後からやってくる。  

それはデカルトのように眼の前の世間を  

眺めてパズルを解いて、ピースを並べて  

その部分部分だけでは見えなかったものが  

眼の前で昇華して、いつかその全体で答えを  

見出すことだろう。  

それは自然に独自の見解になる。そこから  

それをどうすれば、どういう方向に舵を切れ  

るかの現実問題になる。という処で、それが  

あなたの人生になる。それが例え100億分の  

1でも新しいことを見つけてしまう。平家物語  

にもあるように、祇園精舎の鐘の声、という  

森羅万象この世のすべてはすべてが変わりゆく  

(無常)そのことである。1秒に脳神経が5万回  

スィッチをくり返すとして、それが変化なら、  

100億回はたったの200秒ですべてが変化  

してしまう全可能性を備える。僕らも少しずつ  

大人に成長するなら、3分20秒(200秒)ごとに  

新しいことに出会っている可能性が大だ。そして、  

僕らはそんなに早く認識したものをまとめたり、 

経験したり、気づいたりできない。なので、その  

周囲の未知として見過ごされたものは、膨大に  

増え続けることになる。ああ、気づけよ、って  

言いたくなるくらい、僕らは3,4分で一つ見過ごす。  

つまり、僕らが新しくなるのは当然の結果であって  

どうしてそうなっていないか、それが肝心のこと  

なのじゃね?とか。  

それにしても、そう選択肢をみてみると、僕らには  

あまりにも多くの選択肢があって、そこがネックに  

なっていて、いつも決め切れない、と思っている。  

それはそうだろう。これだけ規則にうろつかれて、  

時に文句でも言われていれば、不自由ばかりを  

感じて、ストレス解消ばかりに神経が行ってしまい、  

肝心のことを忘れる。そこに取りついている暇は  

ないだろう。そして、その膨大なルールのほんの  

一部という学校卒業や社会での資格を取るために、  

更に古さに染まって、何年という時間を消費して  

新しい自分を採り損ない、100億、1000億分、  

・・・・・分の1を生かせない。なにかを突きつめるに  

しても、なにをやっても終わりはない、というのに。

この世であてになるものは何もない、というのは 

この世が頼りになる(人生を測る意味でのことで・

大局。警察や消防が頼りにならないというのでは 

ない、それは小局)ものがないのだから、自分が  

あなたとして見定める必要があるということになる。  

新しければ、それが独自になる、と自分でも  

発言や表現してそれなりに気づくだろう。それは  

社会常識が崩れて見えなければ、見えてくるもの  

ではない。あなたの前で、社会は安泰であれば、 

それは心に必要であるが、別の見方で崩れる  

のでなければ、空ばかり眺めて歩くような、 

足元を忘れる危険でもある。   

なんか、また以前の説教調になって来たので、  

やめ、ここまで。

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本当の自分じゃなくて、今の自分 [自分]

お年寄りの転換・切り替えの断面は仕事に出ると 

今日も見ることになった。しかし、時代の断面は 

どうも見えない。もう目の前で展開しているはず 

なのだが、小器用な仕事への対応が目立つだけで、 

それが新機軸の事業というものには、お目にかから  

ない。 

少子高齢化のなるほど、という展開・影響がまだよく 

見えないのだ。 もう少し、経営の動きの中枢部 

という範囲に足を突っ込まなければ見えないの 

かもしれない。 体の回復が早まるのがわかった 

から、コロナ後の楽しみを考える気になっている。 

メモを残さないと、あまりにしたいことがあるので、 

一つしているうちに、他を忘れそうな具合だ。 

メモで大事なのは、することそのものではなくて、 

それをするのに、どうワクワクしているかを残して 

おけば、またその気になれる。ただの言葉のメモ 

だったら、時間とともに気分も消える。今、どんな 

具合にやりたいか、その高揚を思い出せる言葉が 

必要なのだ。 

思い出した。スェーデンボルグだった。彼の霊界に 

ついての著作は西洋でも一代の奇書として扱われ 

ている。これほどまでに天界?のことを詳しく、語った 

者は今まで一人もいなかったし、彼以降にも現れて 

いないからだ。なので、どうしても珍品扱いをされて 

しまうのだ。天才はそれを芸術として、社会に認め 

られた形で現すからいいが、霊界といういかがわしいと 

思われがちな世界を夢物語をつづるように、ここまで 

書いたのは、それが彼の経験という心理事実だった 

からだろう。 

カントは彼と同時代の人で、すぐに遠隔地のテレパシー 

現象を実際に現地に調査したか、させたかしたらしい。 

20世紀までいろいろな作家や芸術に影響を与えたが、 

それは至極当然、というやつだろう。 

カントは「形而上学の夢によって解明された視霊者の夢」 

というのを書いて、スェーデンボルグを精神病者の夢と 

したらしいが、その経緯はまだ読んでいない。この著書は 

重要で、ここから理性批判の3部作への幕開けになる 

からだ。だから、純粋理性批判は特に、「形而上学の夢に 

よって解明された視霊者の夢」に深く関連しているはず 

である。 

僕の立場ははっきりとは、まだ決まっているわけでは 

ないが、カントに近い。書き始めれば、しっかりしてくる 

だろう。それによって、前に書いた「あの世」についての 

意見をまた蒸し返すだろう。 改めて思えば、幽霊に 

ついても、あの世についてもその意見で矛盾を見出せ

ない。スェーデンボルグが見た事実を、カントは否定した。 

僕は、その事実を認めながらも、それが真実ではない 

という仮説を述べるつもりだ。カントと同じ方向だが、 

拠って立つところが、少し違うだけだ。  要は幻惑は 

夢だが、夢を見たのは事実だ、ということだ。その塩梅

がうまく説明できなければならない。どういう秘密や真実 

がそこに潜んでいたか、云々である。 

7月の中旬以降にならないと、余裕がないから、そこら 

辺りから始まるか? 



事実と向き合うのは難しい。夢を見ていれば、現実は 

考慮しないものだ。恋人に夢中なら、家族の冷静な 

意見はまったく耳に入らない。聞く耳持たない、という 

やつなのだが、恋に恋する時もあるし、そういう憧れに 

弱い時期もある。そこに理想を見出しているのだから、 

認めるべきも、そうは見えない。自分の意識に入って 

来ないからだ。どんな事実も、自分の憧れに都合がいい 

ように解釈する。抵抗が挟まれば、余計にそれを信じ 

ようとする気持ちが強まる。それも社会体験の一部なの 

だろうが、’夢’も正しい、’夢破れ’、も正しい。そして、 

夢破れ現実を知るは、正しくもあるが正しくもない。溺れる 

ほどでは何事も行きすぎだということだが、その程よい 

加減が決まっているのでもないから、気持ちは突っ走り 

たいし、理知は熟していれば止めようとする、その葛藤が 

そのまま、いかに事実に向き合うかの難しさを示している。 

僕らは気持ちに任してしまいたいし、理知の正しさを信じ 

ようとするが、本当の処は、そのどちらでもない。 

皆が同じ天秤秤を心に備えているのではないからだ。 

天秤秤は千差万別、好き嫌いの激しさから、正否の 

判断の多様さからそれらの絡み合いの仕様から

異なっているから、相性というなんだかわからない、 

気の合う、合わないという理解と誤解の隙間に嵌って 

しまうことにもなる。どちらかではない、理解の部分と 

誤解の部分がごちゃ混ぜになっているのが、ふつーの 

現象だ。僕らはそういう風にできているから、そういう風に 

生きている。理屈に合っている、好きも嫌いも多様に、 

万華鏡を覗くように、景色が無限に変化するわけだ。 

それが一面、自由さを楽しむことでもある。 

そうすると、わけがわからなくなってくる、それこそが 

もともとわかることができないものに近づいたこと。 

なぜなら、’自分’もその一つだから。その’自分’も 

昨日までの自分は死んだ、新しく復活する、とかの 

台詞を言うことがある。いつの自分が本当の自分だ、 

というのはない。小学生も、大学生の頃も、あれも 

これも自分だと考え始めたら、もう考える使い方を  

逸している。言葉の中で迷うだけだ。 



自分、 今、 そこにいるじゃん。 


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明るい記憶の自分と檻に入った隷属類の自分 [自分]

人生、という言葉  

そこに横たわる 困難というのは  

それだけで  詩的だ  

それに 立ち向かう、という シチュエイション 

思うだけで   意気が 上がる  

よくぞ  答えてくれた、 と  

僕の  ストーリーに  必要だったもの  

体が  ボロボロに なる、  という  想定は  

実際に  来てみると  

どうしようもなく  感じる  

大したことで  なくても  

重たいのは   体だ  



ちょっと 立ち止まって  

僕は なんだったのか、と  

過去という  慰労碑を  前にしてみる  

思えば、  戦うことではなく  

闘える 自分であること、  それが 

よかったのだ 

自分は ここで 終わりじゃない  

まだ 進むべき  景色がある  

その 原色のような 光景、  それが 

見えるのだ  

その時、  肩が 外れてしまうように  

なにかが  爆発している  

それが  無駄とか、  バカげたとか、  

たぶん  そういうものでも  かまわないのだ  

食いちぎれそうもない  縄を  

食いちぎるのでも  いいのだ  

なにかすれば  それは  

Nothing  ではない  

僕らが  方向に  勘違いしなければ  

それを  いつでも  完遂させることは   できる  

それが  十年前は 簡単なことだった  

そういうことでも いい  

今 なにができるかが   大事だ  

人それぞれで  23歳で 平均 筋肉は  

衰えを 開始する  というが、 

僕は 27歳まで  自分が死ぬとは  

考えられなかった  

だから  インドへ行ってみた  

インドという  大陸の一部を  

ひっくり返せると  思っていた  

避暑地は  雨で   ホテルは ひどかった 

カーテンは風に  あおられ  

破れた窓から  雨が 入ってきていた  

ひどい 下痢に  憔悴しきった体で  

ベッドに 横たえながら  

初めて、  死を思った  

自分が  死ぬかもしれないという  

翌朝を  迎えられない  気持ちに  

沈んだ  

誰一人  知る者のいない  異国の地で  

僕の 骨は  どこへ行くのだろう  

ガンジスは 遠い  

誰が  焼いてくれるのだろう?  

不安は  小さいものだったが  

それより  寒く  冷たい  部屋だった  

いつ 寝つかれたのか、  朝に  

眼を  覚ますと  日の光が窓から  差し込んでいた  

両親と  すき焼きを食べている 夢を見ていた  

こんな 状況でも  

親は  親なんだ、 と  そう思った  

不可能なんて  なにもなかった  

だから、  負けるとは  思っていなかった  

インドを 理解するために  多くのことが  

不勉強なままだ、  そのまま 来てしまった  

その想いが  強かった  

それは やがて  日本へと開かれる 呼吸だと  

その時は   知らなかった  

半世紀も  経ってみなければ  わからないことだった  

することが  あり、  

それに  掴まらない  

生活は  目的に変えられる ものではない  

ライフワークが  なんだと  言うんだろう?  

そのために  必死で頑張るというのが  

僕には  わからない  

今、 生活は  ここにあるじゃ ないか  

生きることは  目的を 果たすためじゃない  

読書も  ブログも   仕事も  

二義的、という 衣装をかぶっている  

本質は  あまりに 単純で  

僕らの 知性は  その単純さに  耐えられない  

退屈してしまう  

必要なことだけを しなさいと 言われても  

それだけでは  足りなくなってしまう  

どうして  必要以上に  僕らは 食べるんだろう  

どうして  余分に  夢を拡大させようと  するんだろう  

自分の夢を  叶えるのに  

イルカの ノイローゼを  必要と するんだろう

チンパンジーの  ヒステリーを  引き起こすのだろう  

飼育員は  動物の  高度のストレスに  

気づいていない  人間とのやりとりに  長けた  

高度の 感受性に  養われて 

自分たちの飼育に  安心してしまっている

僕は  最近、  動物園へ行って  

彼らの ストレスに  懲りてしまった  

もう  行かないだろう  子供と一緒でなければ  

彼らは  僕だから  訴えたかったのか?  

わからない  あの厩舎に 戻ってからの  

(なぜ 観客から 隠れて  厩舎に行ったのか)

異常な 叫び声、  連れの子も  

キーッ キーッ、  鳴いていた

見つめなければ よかった、  

行かなければ よかった  

同情など  していなかった  

君たちは  どうして ここに いるんだ?  

どこから  連れてこられたんだ?

伝わったとしたら、  そういうメッセージ、だったろう  

彼らは  観客に  演じて表情を  見せることを  

飼育員とともに  学ぶのだ  

そういうことは  すぐに学んでしまう  

牛や 馬は いい  

人間との長い 共同作業が あったから  

その収穫の喜びを  共にすることができたから  

動物園の  見世物は  どんな喜びがあるだろう?  

犬のように  人間に合わせること自体を  

喜べる種が  いたのだろうか?  

統合失調症の人は  おそらく、  

動物園には  行かないのだろう  

行かないのだろう、  その 檻が 怖くて  

動物に  感情論を  持ってくるのは  

やめようよ  

そんなのは  問題を  表面で  

扱って 終わってしまう  

可哀そうだ、じゃなくて  

彼らと  共に生きる道は  ないのかと

考えるのは  不可能なのだろうか?  

なぜ  僕らは  生き物を  心底、 

必要とする のだろう?  



真摯な問題 などない、 と思ってみる 

軽薄な 問題など  存在しない、と言ってみる  

さまざまな  レベルで  

さまざまな  問題が  浮かぶ  

泡に過ぎないものは  やがて  破れ、消える  

気を 塞ぐものは  やがて  症状を 発する 



コロナは 真摯な問題か? 

軽薄な問題とか、  陰謀論か? 

それを示すように  それに対応した  

年齢層や 職業意識が  自己保身を して  

それぞれに  分かれる  

それぞれが  恐れるものが  

それではないと したら?  

ということも  考えはしないだろう  

ほんとうの 問題は  どこに あるのか? 

個別に そのことに 当たっていては  

埒が 明かない  

本質に  僕らは  一つのことを  

ほんとうに  知らない  

死を  知らない  

わからないものを  真摯に 恐れる  

軽薄に  恐れ、 恐れないフリを する  

死を 恐れなかったら、  きっと  

スーパーマン だらけの  国が 出来上がる  

それは  きっと  困ることだろう 

社会は  無意識に  必然に  支配と隷属を  

必要とする  それは内部に  協調と和合を 

強制的に  含むのが 自然だ  

そういう結論は  危険だろうか?  

でも、 そういう面を  見つめ直す ことでしか  

この 閉鎖状態は  いずれ  

乗り切れないの ではないか?

そういう考えは  夢、 だろうか?  

あまりに 広げ過ぎた  見果てぬ 夢 だろうか? 

ハワイの 火山だったろうか  発見された 

微生物は  2000℃の中で  生きている  

数億年前に  5000℃の世界だった  

地球で  生きていた微生物が  生きていなくても  

合理的だろう、  なにしろ  

もうそんな環境は  残されていないから  

わずかにも  生き残っていない  

大きな 進化は 彼らが光合成で  

エネルギーを  作り出すことを  見つけたこと 

ここから  植物は  固まった陸へと 進出 

植物に  慈悲はない  

彼らには  毒も 薬もない  

生きるのに必要な  対応があった  

花はなぜ、 これほどに 美しいのか? 

色盲のように 暗い色で  統一されなかった  

この美しさだけで  人に  感動を  

与え続けることが できる  

この  累々とした 生物たちは  

何をして、 そのしたことで  どれだけのものを  

地球で  支えているのか?  

僕らは  都合よく  まだ知らない、それらに  

名前づけしただけで  

一体、 何を知っているのか?  

僕らは  捕食と 棲み分けしか  していないのか 

棲み分け という共存に  捕食が加わっているのか  

弱肉強食に  棲み分けの ゾーンがあるだけ 

なのか  

17年ゼミ という  素数に当たる年に生まれる  

セミたちは  その他の偶数年に 生まれるセミよりも  

捕食される 可能性が低いと、  知っている  

捕食者が生まれる年を、  素数のために  

避けているからだ  

素数とか、 セミが 知っているはずがない 

しかし、17年は  数える方法を  

体が  知っている   僕らは  

感心だけ  している  

1週間とか、  2週間くらいを 生きるために  

彼らは  17年を  土の中で  

だから  彼らに  生きる長さの  損得は  

ないだろうし、  生きる意味も 生きがいも  

ないだろう  

理由のために生きるのは  僕ら  だけなのだろうか?  

理由は  それほど  大事なものだろうか? 

そう考えて  うまくいく、だろうか?  

僕らは、  ああ、  なぜ 考える  



朝と  夜は  あるのだろうか?  

それは  太陽と 地球のそれぞれの  

回転運動から  起きる  光の祭典と 影  

朝があったら  それは 朝にはならない  

いつまでも 明るい昼間だろう  

夜がなければ、  夜が明けるのでなければ  

朝は  来ない  朝に ならない  

それは  光の加減の ことで  

いつまでも  マスコットのように  

形を 変えずに  ある朝は  ない  

僕らは  言葉の内容を  知っているからこそ  

その内容に  感動したりするが、 

化学記号に 感動する  化学者のように  

記号に  特別な感情は  持たない  


言葉は  呼び覚ます キーかもしれないが 

そこに あるものでは ない  

生き物では  ない、  鉱物では ない

だから  残るものではない  

人類の後に  誰が  それに興味を  

示すだろう?  

生き残った人間だけが  それを  認める  

それは  暗い  沈滞した記憶ではないだろう  

明るい記憶にするには  僕らが  

そこに  経験の標識を  立てなくては  

体と  心の  汗が 必要だ  

考えただけでは  記憶にならない、  

子孫へと  伝わる 明るい記憶に 

ならない  

迷う必要が ある 

いろいろ 思いめぐらす 必要がある  

考えるのは  最後だ  

相手の 気持ちになって  立場になって  

どういう行動が  必要か、 現実的な想像が  

必要になる  

あの時、  どうして  そうなったのか  

細かく  しっかり  思い出す必要が  ある  

自分の  見たこと  聴いたことを  

キャッチする  

そうしないと、  その場で  立ち止まってしまうことに  

なる、  そうなって しまう  



僕らは  困難を 発見しない  

困難の可能を  発見し、  または  作り出しさえ する  

困難には  突き当らない  

困難という 窒息空間の 中で  

そこで  どこから 崩すのか  見渡している  

もう  困難が  分解されるのを  予期している  

側には  窒息の鬼が いるのを 感じながら  

すでに  勝つことを  予期している  

そこに  困難の 喜びがある 

それが  金字塔に 見える  



こういう  なにもかもが  

これからの  物語に  感じられる  

微生物の 記憶までは  たどり着けないだろう  

けれど、 

知の 発端の機会までは  ・・・  

ゴリラの 気持ちにまでは  ・・・  

オランウータン(森の人)の  気持ちに までは  ・・・  

夜空の 小さな光が  星だったと  

知った 最初の 驚きまでは  ・・・  



行ってみたい  

君を  活かして みたい  

遠い  僕だった、  遥かな 僕と     

話してみたい   ・・・



君よ、   

僕は  君に   

あこがれる  

僕は  なんだったのか

君は  僕を  知ってる?  ・・・  




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yokohama の 野毛山動物公園で、 檻にいれられた

自分。
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宇宙空間の旅としての自分 [自分]

宇宙空間というのを想像すると、細かい危険な漂流物は

思ったよりも多い。恒星・惑星・衛星も少なくないが、傍を

通過するには遠くて、睡眠中に通過するとか、それは冷凍

睡眠だろうか、SFではそれを避けるためにワープ航法が

実現している。 

宇宙空間ではどうなるかという実験をしていると、忙しく

て遊ぶ暇もない。が、それがなければ案外、暇すぎて

いくらでも退屈できるのではないか。ほとんど自動で

環境は整えられるから、なにか船外作業でも生じなければ、

やはり寝るしかない、という。 

これはお年寄りに最適の環境だが、知的な老化の個人差が

あるから、それ以外はアンドロイド化の技術がカバーする

だろう。 

大きな窓ではないだろう。その窓から黒い宇宙空間を眺める

と、そこは深いと思ってもすぐに浅いのか、深いのかの区別

がつかなくなるのかもしれない。同じものを見続けるから、

退屈するだろう、とその場にいない僕らは想像するが、僕は

最初は惹かれると思う。ダーウィンはいろいろとビーグル号で

島を訪れたが、船から見るそれらのなにもない荒涼たる砂漠、

数えられるほどの立ち木とか、草、そんな砂漠を見て、ダーウィン

は惹かれたそうだ。まだ23歳くらい。何もない、ということが

人を惹きつけるものがあるのを僕はこれを読んで知ったし、

思い当たる気がしたのだが、どうしてか、とは考えなかった。

考えるまでもなく、それは非日常で、異常であったから、それ

が人を惹きつけるのは、当然と思った。それは僕の経験から、

特別にそう思ったのかもしれない。それは当時はわから

なかった。 

だから、宇宙空間には最初の経験では想像してもわからない

異常な感覚に誘われる可能性がある、と僕は考えている。

例えば、高山にしても空気や空の青さが違い、その開放感

からして山岳写真を見るのとは大いに違う。人によっては

別世界の絶景に出会ってしまう。しかも、そういう機会は

ほぼ二度と訪れないと、山行を重ねるうちに気がつかざるを

得ない。一期一会なのだ。 

なので、宇宙空間にま向かうということがもう体験になり

やすい。月へ降り立った宇宙飛行士は神が導いていると

感じたそうだ。そうして導かれるままに行くと、そこに石が

あり、それをサンプルに持ってきた、と回想している。

それが現在の月の石のサンプルなのだから、彼にとっては

ただの石ではなく、一種の宗教体験なのだ。彼の人生の

一部になっているだろう。

それは心を俯瞰した側から見れば、僕らの日常が実に

狭いもので、単純なことが単純さという僕らの定めた概念に

収まっていて、それがいかに破れ難いかを現わしている。 

それは僕ら自身が、むしろ社会経験が主因となって、僕ら

の生活をそこに閉じ込めている、ということなのだが、それが

知(判断)と自己とが連動しているために、僕らの思考からは

僕ら自身の思考を十分に客観的に見ることができない。そこ

から来る、一種の錯覚と言っていい。

仏教で一切色=夢である、というのはそれか、それに近いこと

を言っているのではないかとも思う。 

そういうことから抜け出すためには、非常識な方法になるのは

論理帰結からも当然なわけで、退屈なことをするのも納得

できる。例えば日常性が壊れるまで、一つのものを見続ける、

とか。ま、やらなくてもいいのだが、一度やると、思った以上に

恐ろしく退屈なのを発見する。そこでやめてしまうのが、オチだ。 

僕らの生活は意識を働かせて、そこから自然の仕組みを発見して

それを応用して、生活に役立てることで生き抜いてきた、と思って

いる(文明文化)。実際は地球規模の偶然がホモ・サピエンスを

環境保護したので、他の人類は絶滅した中で助かって生き延びた、

というのが僕らの真のきっかけなのだが。 

地球のスパンは人間には長く、そんなことはとうに忘れている。

近年まで60年の寿命が80年に延びても、地球からすれば

数秒、長く生きられる、というくらいだ。僕らの単位はせいぜい

10年で、それをひと昔とか、ひとスパンと思っている。 

その10年で周囲がいろいろ激変しているように見えるから、

そのスパンでものを見る習慣になっている。習慣になったこと

には気がつかないようになる。僕らは忘れ去ろうとして、短い

時間に逃げ場所を見つけるのがうまくなっている。それは

それで役立つ。そういうくらいのことで後々害がなければ

それでいいに違いない。  

つまり、人類全体で全体の心に見えないゴミを増やし続けて

いる。現実のごみ問題がどうなっているかを見れば、僕らの

心のつけもどうなるか、予想がつくだろうが、環境問題の

ように差しあたっては害は見えないから、後回しにされる。 

しかし、それをもって反省の機会にする人は限られるだろう。 

それは僕らがそのまま自分を顧みないことから起こること

なのだけれど、それは戦争も暴力もその動機やこれまでの

経過という歴史も、すべてが集約していることを感じ取れない

ことから来ている。すべてが「自分」という根本も社会(世間)

もそれらは概念ではないし、誰の考えでもないことだ。

目の前の事実を見ないのは、そこから来ている。 

自分のあり方がそれに集約しているのは、概念的に誰もが

納得できるのに、それを体験的に自分のこととして考える

行動体制を取るには、やはり身近な体験しかない、という

事実がいつも見逃されている。 

生は死の補完を必要としている。戦争体験者が戦争絶対反対

を必ず訴えるが、未体験の僕らの反対は概念的訴えで、絶対

ではない。それは小市民的訴えに貶めて、国家では戦争の善

を論議する学者・論者・政治と大同小異のようなものだ。アメリカ

で銃乱射事件がいくら起こっても、銃規制は遠く、その製造や

販売の関連会社に勤める社員は全員、銃は身の安全を守るもの

だと論を擦り変え、声をそろえて主張する。彼らは家族を守って

いる(給与を出す会社を)つもりかもしれない。 そういう欺瞞自身

である自分を見ないか、認めていないのだろう。 

自分とはあなたのことではない。自分というものはあなたが

作った、世間=親とか知人友人とか、組織・共同体・法律・規則

とかと共同でつくった仮想本体だ。あなたの頭の中にある。 

それが生活や日常という世界を中心で操作している。

政府が後手後手なのは、政府が悪いというよりも、政治家自身が

新しいコロナに対応するには今までの出世体験や利権体質と

いうものから離れられない政治世界の自分=世間・社会を引きずって

いるからだ。それは日々古くなる体質という固定化の方向でしかない

概念世界だからだ。彼らにとって、自分とはつまりその役職や身分の

代弁をする仮想本体のことだ。それを立場、というがそれが主観で

あるために国民・市民を客観的に見れないことは、すぐに見て取れる。

それも全員が全体で、というのでもないし、どれくらい、というのでも

ないから、話はそれる。平均を取って、仮に半分としよう。

半分の政治家・官僚が心の半分でそれを中心にそう思って、互いの

保身のためにかばい合い、税金などを合法的に流用したりしている、

という結果がこれまでにも十分に予想がつくということだ。公文書の

書き換えがあったが、ということは信じられないことだが、その

「自分たち」の体質の中では当然のすべきことになってしまって

いるのだろう。 



(今日は晴れていて、窓からの眺め(景観)は大してよくはない

のだが、電線とか見えて、棚引くもくもくとした白い雲は、なんと

美しいのだろう。)


あなたは自分ではない。それから自由に、また自在になるには

それは敵を知ることから始めるのではないか。敵は自分なの

だから、自分を知るところからが筋だと思う。それが考えの

結果だが、”僕” もそう考える。僕は生と死の二重の層を

意識として生きているから。

まずは宇宙空間を旅して絶望的に退屈してみてはどうだろう、

もち、冗句だが。(笑)

愚陀仏庵.JPG


2017年 6 月撮影。

処は愛媛県松山市、道後温泉に近い松山市立子規記念館。 

漱石の下宿だったのか、漱石は愚陀仏庵と言っていた。

正岡子規が一時同宿して、俳句仲間や新しい日本語をひねり

出していた明治の漱石・子規の青春時代だ。 

庵をそのまま記念館の何階にだか、移築した。これはどうしても

中で坐りたくて、観光客に撮影してもらった。 漱石気分で、満足。


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