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この世の始まりを生きたい [始まり]

初めての出会いがすべてではない。でも、初めてのそれに

及ぶ出会いがそのあと望めないのは、どうしたわけだろう。 

とは、よく思う。たぶん、初めてというのではなくて、偶然

出会うべき自分の要素が集まって実現されるのは、そう

機会があることではなくて、そこに強く惹かれる理由が

あるのではないか。それは出会ってみるまでわからない。

だから、その出会いが初めて、として印象に強烈にイン

パクトを与えられて、記憶のうちに初めて、と順位を決め

られるのだろう。

ここに坐って文章をつづることはしあわせの一部になった

のを今晩は感じる。

それをどうしてもひねた言い方をしたい自分に逆らわなければ、

君に逢いたい、そういう自分を許してしまえる、そういう気分だ

ということだ。それを言うと、言いたいことは終わってしまうので、

書くことも終わってしまう。

急に東洋の音が聞こえてくると、世界が変わってしまう。君は

なにか言いたい。そういう表情をしている。それはそう期待する

僕がいる、ということ。なにかをつなげようとしてつぐんでいる。 

つぶやきがその中でハミングしているように意を伝えてくる。 

今の君なら、僕に直接、心を届けてくれる、そういう期待に満ち

て、動かされる気がする。鳥のホバリング、聞こえる。 

それは、そう、大事なもの。 

まるで過去に出会ったようだよ。もう思い出すことができない

けれど、それは僕の過去だったのじゃないの?と思ってしまう

命をかけて僕を生んだもの。当時の僕が決して知ることは

できないもの。でも、そこはかつての自分の世界そのもの

だった。だから、知らなくても惹かれてしまう、指先のしびれ。 

なぜ、こんなに泣きたくなるのだろう。嬉しいのか、悲しいのかも

わからずに、この感動は何だろう、と歩いている。なにもかも

新しいのではないのに、この瞬間を迎えられてよかったと

考えている ・・。そう思わせるもの ・・。 

金属のうすい板がはがされる。はがされると、次のがはがされる。

またはがされて、 ・・・ よく聴いたメロディーが樋を伝ってくる。 

くり返し聴いた、その足音。君が歩いてくる。そんな想像が心地

よくて、僕は幸せな自分をもてあましたよ。  

それで十分だった。  

今日という日が祝福されますようにと、素直に思える。そういう

想いがまだ響き続けるのがわかる。音はやがて消えて行って

しまうが、それまでには十分時間があり、その間は僕はこの

気持ちを抱きしめていられる。それだけで、なんと恵まれて

いるんだろう! 二十年も見てきた景色が同じなのに、それは

新しい日に照らされている。この新鮮さに浴している良き日。 

このはっきりと照らされた、良き日。君に感謝したくなる、君にも

祝福を分け与えたくなる。春がはっきり来たんだ。 

はっきりと、来ている、ああ。 


淡い  桃の 花びらの 影 

トータルな  全音符 

子供たち の 騒ぐ 声 

君は 暗い階段を  上っている 

後から 追いつこう  

肩を並べて  僕らは  

歩いて いるだろうか  

僕は  老いることはできない  

それでも  老化は  見えている 

それを 認めるのが  喜びだと  

初めて   知った  

なし崩しに  老いにからめとられて  

多くの 人たちが  

老いを  早めて  急がせている  

彼らは 一気に  老いてゆく  

僕は  うまくブレーキを かけながらで  

老いと  うまくやっているようだ   

老いの喜びとは、  想像もしなかった  

両親の 認知症は  そういうしあわせがある 

とは  承知していた  

それでも  僕は  負けたくなかったのだ 

そして 一つのカードを  捨てるように

一つの 老いのカードを  引く  

僕らは  すべてを  しなくちゃならない ようだ  

逆らうことも  素直になることも  

勝つことも  負けさえ することにも  

無理を  させないことには  

どんな  真理が  含まれるのか  

君に  逢いたい   そして  

会いたくない  

会わずに  こうして   逢っていよう 

若くあることも  老いることも  

コントロールすることと  自然に従うこと との 

その中で  微妙に   震えているようだ  

その 揺らぎが  僕らの  喜びであるように  

見えるのは  おかしいだろうか?  

心は  花のように  咲く  

咲いている  短い間に  

僕らは  息をして   生きているのを  

知ったり   楽しんだり する  

終わりを 知り  終わりを  知らないで いる  

いつ 生きたかなんて  思うことは  ない  

今 生きるなら  そんな暇は   ないから  


君の 面影が   あの人に  この人に  

見える気が  するが 

その断面の   向う側に  

君がいるような気が  して  

その 届かない  場所に  心惹かれる  

君に  この気持ちを  伝えたいと  

・・伝えたいと、 ・・  

思うばかりが  思うばかりになる  

その想いばかりを  温め  

その想いに  温められて  

僕は  今日も  今日を  門出とする  

たどり着くことは  ないのだろう  

もう理由を  尋ねない  

始めたから  歩くのだ  

歩くから  歩き続ける のだ 

歩き続ける、  ・・・  

目的は  もう  ないのだから  

歩き続けるより、 … ない  

それらは  ただ  むなしいばかり  

今は  森になり  海浜になり、 と 

変化な  新しい  この道を  

新しい日に  満ちることの多い  

この晴れやかな  歩みを  

君のために  そして  

そう願う 僕のために  

そういう基底の  音が流れ出す  

人たちのために  

僕は  幻の 道を  歩む  

歩いている、 今も 

わかるのは  

いつも わかりはじめた  それを  

追いかけもせず  

尋ねもせず  

一緒に  歩いてゆくことだ  

理由はある  目的もある  

指針もある  それは  それだ  

それが生まれた時間に  また 埋没する  

新しい理由はある  新しい目的も  

新しい指針も    それが生まれた場所で  

また   新しく生まれ変わる  

そういう様相の中で  僕らは 生きる  

それが  戦うことであり  負けることであり  

それが 愛すことであり  みじめになることであるなら  

それが  ほんとうに  真実であるなら  

僕らは  まったく 別な世界で  生まれ変わってしまうのを 

覚悟して  決めなければならない  

それは  嫌なことだろう  

だから  この世界に  いるのだ  

だから  何千年も  この世界を  抱くことを  

願ったのだ  

遠く  もっと遠い 昔に  

はるかに  記憶も  及ばない  

一瞬で 消えてしまう  存在に 過ぎない頃に 

希望に  輝いて  

そう 誓ったのではないか 

もう  思い出せないのだろう  

僕は  未来からやってきたように  その錯覚に  

まるで 囚われて  

この世界を  なつかしむ  

この世界が 好きだ  だから!  

わざわざ  はるか遠くから  やってきたのだ、 と 

そして、 今  

どれほど  しあわせかが  わかる  

自分が 望んだ世界に  来れたのだから  

自分の 思い描いた世に  来られたのだから

僕らは  そこから  始まっているんじゃないのか  

それが  そもそもの  始まりじゃなかったのか?  

それが  僕らだったのじゃ  ないのか  

それが 

それが、 ・ ・ ・ 

だから  僕は  

君らを  愛してるんじゃないのか?  

だから  

(私は 

あなたを  愛している   : テレサ)





** 
僕らの魂の基底音がどういうものかは知らない。 

それでもそこには人を愛したい、愛されたいという

要求があるのはわかる。この中に入ると、なにが

正しいのかわからなくなる。そして、反対に愛の

側からの要求もわかる。それは僕の人間の幅を

時に超えるので、どちらを優先していいかわからずに

ともかくも彼女の言いたいことを書く。それは僕に

沿ったものでもあるからだが、僕の体力や知力や

その他を凌駕して、さらに上回る。 メッセージは

それぞれで了解すればいいものと、僕は妥協案を

考える。僕は僕の基底が通じたものが何を言いたいか

わかったので、それを伝えたいと思った。というか、

その情熱に飲まれて書かざるを得なかった。それが 

ほんとのところだ。僕は教わる一方だ。魂に区別は

ない、そう思う。僕はただのメッセンジャーではないが、

共同のトーンはあるが、同じ力があるとは思えない。

はるかなものとは、そういうものだ。
 
あなたを愛している。それは現実の見ず知らずの

人ではなく、夢の中のどうにも認めなければなら

ない人のことだ。その人がそう言う、それは僕が

言っているのと同じに聞こえる。


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