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夏が来れば・世界を変える [世界]

< 夏が来れば >


夏になると、遠くへ行きたい気持ちが募る。  

そう言うが、改めて見直してみると、気持ち自体  

が遠くへ行きそうになっている。胸から手が  

伸びることがあるのなら、風や空気の間を  

縫うようにして上下に揺られながら、山へ  

向かう、そんな想像がある。   


< 世界を変える >


この世界が  この瞬間に   

崩壊してしまわないことに  

感心している  自分が    いる   

体の中では   

5%のビールの泡 が  

ジンジン 弾けている   

君は   こんな言葉で   

酔えるとは  言わないだろう   

ハイネケンというのは  ドイツっぽい  

いい名前だ   

これ以上  君に  何を   

確かめようと  言うんだろう   

ラクダの  背を 撫でるように    

世界には こんな感触が   ない   

大切なものが  なにか   

これほど  わからないもの はない

僕は  それほど  わかっていると  

そうでは   なかった   

それが  なくて   苦しんで、わかる  

気がついて  わかるものが  

あっても    

交換したくない  手に入れたものは  

そこに  あるもののように   見える   

そのために  大切なものと 言われるものが  

つまらないものに  見えてしまう   

僕らは  最後の最後まで  苦しみ抜いても   

わからない  

自分という  名前がほんとうに  価値が  

あるというものでは ないと  

気がつくまで  苦しみを  いつも   

選択する    

人を  いじめ  傷つけ  だまして  

押さえつけてしまう  

その  悲しみと  憎しみから  

力を  もらおうとする    

その場所では  暴力は  甘い味 がして   

自分を   疑えない   

君は  そこにいる   

見ようとはしないが  その後悔や   

晦渋な 気持ちが   

自分という 悪を  育てている   

それを  一瞬で 見失い   

愛が  見えなくなってしまったが   

それを  暗い情念で  穴埋めしている   

自分の 正当性を  誇りにして  


僕らは  一瞬でも  道を  

失っては  ならない   

でも  失うと  すぐに  悔悟ではなく   

暴力で  それを  補う  

誇りで カバーして  口だけの約束と  

いじめで  実証しようとする  

いじめられないために   

はじめから   その仲間を  宣言するのだ   

忸怩(じくじ)と  ともに   

どこで  道に   帰るのか   

帰れないと  思ってしまうのか  

いつでも     帰れるのだが   

なにが  足りないのか  

自分は  ほんとうに   なにがしたいか   

これほど (ほんとうに) 知りたいのを     

知らない    

悔いの世界に   沈もうとする   

飽くまでも  人から   

勇気を  もらえると   

それで  助走しても  ジャンプは  

できないのに  

気づけよ  

自分を   振り絞る   

その感触を   掴んでみろよ   

また  回り道を  している   

そんなに  自分が  怖い?  

自分を  見るのが、 ・・・・・  



一瞬で  道を失う  

いいんだ、 それでも  

百万回失ったら、  すぐに  

そこで  百万回 戻れば  

それは  一瞬で 済む   

沈んで  沈んで  後悔を深くして  

自分に  戻れないと  

言い聞かせているなら  

他人が  期待しているなんて  

思わないことだ  

そんな 自惚れは捨てて  

小食にしてみよう  それもつらい  

肉も野菜も  バランスが  必要  

どちらかが  多くても  うまくいかない  

運動と 睡眠が  うまく取れているか  

それも  改善しよう   

健康とか、  神経質に考えない  

そして、  空気を  変えよう  

体に  健全さが  戻ってきたように  

感じる時が  必ず来る  

その時には  一人になれる  

時間と空間の  旅をしても  いい  

本は いらない   

緑を  海の青を   山を  雲を  

見ることが  できるはずだ  

反省という、  自分を顧みることができるのは  

そこからだ   

ただ  見る

ただ  思い出して  多くの場面に  

気がついて   涙するようなら  

それからは  考えてもいい   

それまでは   体も  心も  暗いままで  

何も 変わらない  

それなりの  準備が  いる  

それが  自分の 人生なら   

なおさら   そうではないか  



僕は  健康ではない  

それに  一生懸命  努めたこともない  

僕は  不健康を   恐れない   

ただ  不健康が  健康を上回るのに  

気遣う   悪がないと  

健康は  楽しくない  

悪人がいないと  小説は  面白くない  

それはもう  必要悪を  超えたなにか、 だろう  

だから、やたら  悪を否定しないことだ  

健全さは  健康一直線の  ことではない   

そして、  健全さが 中心になければ  

僕らは  すべてに  流されてしまう  

気づかずに  澱みに浮かぶ  泡沫になってしまう  

いつかは  澱みも  流して  

必要に応じて  流されれば いい   

それも  そういう生活のうちに   

わかってくることだ   

自分の 規範を持ってしまうと  

そこからの意見が  すべて 正しいと  

思いがちになる  

自分の意見が  人を不快にさせ  

傷つけるのに   不感症になってしまう  

時に  わざと  そうするのとは  違う   

それに  どれだけ  気づかないか   

それが自分のことだと  気づくようになるのは  

自分も  友人も  世の人も 同じだと  

気づくのと  変わりないこと  

腹ばかり  立つのなら  

自分に  それを言ってみる、そんな    

練習が  効く かもしれない  



どうして  彼は  わからないのか、 と  

お互いに  思ってばかりでは  

なにも  進まない   

不健康の 浸食は   素速い  

人を  だましている時   君は   

君の  健康に  もう   

気づけないのかも しれない    

だまさなくても  交渉する方法は  

山と ある  

苦しいなら  どこかに  

一か所は  自分の言いたいことを  

言える場所を   作らなければ ならない   

それは人でも、 日記でも、  創作でもいい  

閉じ込めているのは  弱いのではなく   

自分も必要だと  言えないからだ  

君にとって  まず  一番必要なのは  

君自身だ    だから   

黙っていては  いけない   

どんな形でも  おかしいと思う処を  

なにかに 結びつけることだ  

気がつきたい人は  いても   

サインがないと   気がつけないものだ  

皆と 生きるのが  生活だ  

それは  主張できることなのだ  

邪悪な環境でも ないかぎり  

君は  自分を  生かさないと   

自分を だましたり、  だまされたり 

しないで   

人を だましたり、  だまされないように  

して   

それは  生きる楽しみ でもある   

そのために 経験する  苦しみ・悲しみは  

きっと  役に立つ   

余分な苦しみや  余分な悲しみは  

避けられるように なる  

それは  自分の主張という 理想の考えを  

追うことではない、  と 学ぶようになる  

ゲームで得点するのが  生きることではないと  

知るのも  そうだ  

僕らは  矛盾を  抱える運命を  持っている  

答えを  出し続けなければ ならないのも  

そのためだ  

物事を  二つの正反対に 割って   

区切ってはならない   

君が  山で  迷った時、   

帰り道を  教えてくれる  山はいない  

それは  君 次第だ  

君が  健全な 中心を  持っているなら   

動物も  君を  助けたりする  

世界は  どこかで   つながっている  

それは  君の中に  有る   



僕は  この世界の 外にある、と  

感じることが  ふと  ある  

それが  疎外感や 孤独では ない時、  

気持ちは  非常に   落ち着く   

それは  朝の 静かな喜び  

夕方の  草の  青い匂い  

夜の空気の  透明な  香り   

すべての 感覚が   

死を 陶冶して  得られたものだと  

わかるように  なった  

それは  どういうことか?  

世界の秘密も  自分という謎も   

分厚い本の  ようなもの   

算数ができるだけ、  国語ができるだけでは   

読みこなせない  

言葉を 超えてしまう  世界の感覚   

知性では  誤解してしまう  自分というグラデーション  

ぼくにも  言いたいことを  言わせてくれ   

そう、僕は  

まだ   

言いたいことを  

言っていない  

(言いたくても、言葉にならないものは)



言えないから、  ・・・   



ハイネケンも  中和したようだ  

僕は  

なんと  幸福なん だろう  

これが  伝えられないとは  ・・・  




** 

量子コンピュータが試作されたらしい。その演算速度は  

スーパーコンピュータが1万年かかる計算を数秒?数分? 

でこなしてしまう。わかるだろうか?今のネット世界は  

もうすぐ崩壊してしまうことだ。その演算速度は、つまり  

人間ではもうそのコンピュータがどう計算したかもわから  

ないし、それを確かめる時間も許されないことだと。  

こちらからの信頼の一方通行だと。検算していたら、 

僕らの寿命が間に合わないのだ。

どういう使い方ができるかを検討するとか、呑気な  

ことを言っているが、自分たちがなにをしようとして  

いるかが、まるっきり、わかっていないと言っている  

ようなものだ。君たちが迎える世界は、君たちに  

どういう準備をさせるのか?しなければならないか?  

それだけで僕は過去の世界に生きているようなもの。  

昭和の時代に安心して過ごしているようなもの。 

だから、自然にしあわせな気分になる。単純なことだ、  

しあわせなんて。

                     7.28
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