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夏休みらしさと、雨のアプローチ [夏]

まだ決まらない。決まっていたのだが、いざ書く段になると、 

異なった道筋から書きたい気がしている。 

少しだけ書いておこう。子供が幼稚園だったから、僕は 

30代後半だったろう。息子のクラスに乱暴な子がいて、 

どうしようかというような話だったと思う。すかさず、やっち 

まうしかないな、と息子をけしかけた。まだ子供の頃は 

それを見過ごさずに、直接相手と対決・対話することが 

必要だとは知っていたので、子供の頃は喧嘩が手っ取り 

早かった。今ほど確信していたのではなかったが、 

プライドが発達する前に暴力を経験することは大事なこと 

だと感じていた。勝っても負けても、そこは子供なのだ。 

いずれ、自分で修正する。息子は喧嘩に勝ったらしい。 

呼び出されたのは母親だろう、僕にその記憶はないから。 

クラスの周囲からはよくやった、みたいな声があったらしい、 

と聞いた。そして、その子と仲直りした。それで息子は 

もう喧嘩はしないと決めたのだろう。それは成功に見えたが、 

副作用もあった。父親の僕を恐れはじめたらしい。喧嘩を 

推奨したからだろう。それは時間に修正されたが、ある時、 

なにかは忘れたが、息子をその時小学生だったか、激しく 

叱責したことがあった。漱石のように短気だったが、明治の 

時代ではない、すぐに度が過ぎていたと反省した、謝らなけ 

ればと思った。すぐに謝らなければ、たぶんもう謝る機会は 

なくなるだろう、と。 

それで気が変わる前に、取って返して、息子に謝った。と、 

事実はそうだが、この謝るには大きな葛藤があった。父親が 

謝ることはないというプライドが立ちはだかったのだ。 

それを押しのけての謝罪で、その瞬間の強い葛藤は家族の 

誰かは感じたのかもしれない。が、僕にはわからない。その 

きつさだけが記憶に残っているからだ。謝るのって、簡単じゃ 

なかった。 



知識というのは学問の匂いがするが、その特定の分野で 

人の知らない知識を持っていることはあっても、知識が 

すべて学問的で、専門的であるという人はいない。 

僕はそう考えてみて、自分の知識が相対で中学生レベル 

ではないか、と思った。知識のほぼすべては派生したもの

で、枝葉末葉が膨大にあるといった、その根本・芯は 

わずかであるのが通常だ。だから、理想の空想じみたこと 

を言えば、物事の根本とそれらの関係性が理解できれば、 

それはすべてが因果に見える。そこからすべてが説明 

できるはずだ。これは知的な想像ごとで、実際にはその 

バージョンとかバラエティとか、バリエイション次第で、 

それを固定させることができないから、T.P.O.(時間・場所・ 

場合)という現実の現象・事象の様相に合わせて、知識を 

活用することが求められる。昨日は晴れていたが、今日は 

雨だとか、昨日は社長はご機嫌だったが、今日は機嫌が 

悪いといったようなことの、もう少し込み入って複雑な 

複層・階層の諸事情を勘案した様相のことだ。 

それらは枝葉末葉の知識を動員しても解決しない。ただ 

混乱を増やすだけだ。そこにどの知識を動員して、いかに 

活用するかを判断するための、統合の知恵が要る。 

それは経験を重ねた熟練者が必要だということで、有体 

に言えば、失敗を多く経験して、それを肥やしにしてきた 

という経験だ。つまり、知識を正しく適応させて使うため 

には、そのために失敗の経験の積み重ねとそれを活かす 

ための努力をすることを怠らないことが必須になる。 

だから、今のうちに自己保身の姿勢が固まらないうちに 

できないと考えていることでも、どんどんやって経験を 

積むのが早道で役立つ。それはその時の自分の限界を 

知ることが、それこそが自分を知る王道だから。 

まず、失敗してその位置を確かめることで、その後に 

ステップアップをする時に、自分の成長の刻み方が 

わかるし、成長した結果を受け止めることができる。 



今日は曇り空の下、図書館の隣で盆地になった広い 

公園に行った。樹木が多いので、すり鉢を円に沿うよう 

に下りの道が整備されていて、渦巻きを描くように 

一周して、底にあたる池まで下りる分かれ道がいくつか 

ある。ブナを食べる虫がいるらしく、カバーで養生して 

いたり、虫殺しの液体に誘い込むトラップが仕掛けられ 

ている。一本に10のトラップがあったが、その虫は 

写真が貼られていたが、一匹もいなかった。 

そういう養生を見ると、自分の動植物・昆虫に関する 

知識はいかに貧しいかがわかる。僕の想像は食い 

意地の張ったもので、ある特定の大きな葉の低葉木 

が隣の無被害な葉と比べて、ほぼ大きな穴だらけで 

食われているのを見て、その葉の区別がまったくでき 

ないのを知る。それよりも、その穴からイモ虫がその 

葉が大好物だったのでは、と思い、そいつはどれ 

くらいうまいと思いながら、その葉を食ったのだろう、 

と今度は自分もあく抜きをして、その葉を食べて 

みようかと、食欲を煽るのである。うまかんべぇ。 


シダ類の葉だろう、ネムリソウに似た葉に、丸まった 

広葉樹の葉がついている。これは知識が邪魔した。 

すぐに中にサナギが入っているのだろう、と。そっと 

していたら、それが間違いだとは気づかなかった。 

ちょっと吹いてみたら、葉はひっくり返って、裏側が 

見えた、何もいなかった。しかも、サナギが丸めた 

のではなく、自然に枯れて丸まったものだと。 


歩いているうちに雨がシトシト降り出してきた。頭上 

に樹木の葉があるうちはいいが、下まで行くと、休憩所 

までは濡れるだろうな、と。トイレに行く都合から、それ 

もしかたない。屋根のある池周辺の休憩小屋では 

家族連れやぶらぶら歩きの近隣の人が雨宿りを 

して、にぎわっている。 

民俗資料館のような古民家が建っていて、そこが 

公園で一番大きい建物だ。隣に公衆トイレ、その隣に 

なにやら道具や装具が入れてある、倉庫がある。 

よく繁った樹木の下の、木の根を模(かたど)った 

椅子の座っていると、隣の古民家の前で雨宿りを 

している婦人の話声が聞こえてくる。どうやら蛍が 

ここで見られるそうで、わぁ、私も見たいわ、という 

話だ。(実は急いで書いていて、これまでの話でも、 

端折っている。その感想を書いていたら、最後の話 

にとうてい行き着かない。ここも続けない) 


こんな公園でも一周歩くと20分か30分かはかかる。 

道も間違えると、反対方向に歩いていたりする。それで 

また池のほうへ戻ってきてしまった。雨が小やみになって 

休憩所を出てきたのだが、また降り出してきたので、屋根 

のある小屋でベンチに座った。隣り合わせのベンチに、 

もう一人婦人が坐った。そこへ小さな子供3人、一人は 

若い父親が前に抱えている、家族連れが来た。しばらく 

屋根の下にいたが、少し離れたベンチがあり、樹木の下 

なので父親がそちらへ移動した。上の男の子二人は 

雨も気にしないので、3段下がった扇形の踊り場へ出たり 

して、母親に注意されている。まだ驟雨は続く。 

10分もしたろうか、また小止みになってきた。そこで 

家族連れは移動し始めた。それと入れ替わるように 

何が来たかと言うと、飛んでいた。ヤンマだ。トンボの 

7,8の群れが飛び交っていた。そして、二匹で番(つがい) 

になって飛んでいるのが一組いた。その他のヤンマも 

塩ヤンマ、通称塩辛トンボでうす青い胴体が特徴だ。 

番の相手は黒に白い腹の模様だった。

この雨止み待ちが自然との扉を開いた。僕ら知的動物は 

この公園に目的をもってやって来る。子供のための 

家族サービスや、歩いて運動しての健康目的や、日曜の 

コロナ自粛の気晴らしとか。雨が降るまで休憩小屋は 

どこも無人だったに違いない。皆、せっせと自分の仕事

をしているのだ。

僕も歩きに来ている。自然のことは忘れて。人間の気は 

彼ら動植物・昆虫にとって殺気と同じである。残念ながら、 

これは事実だ。人間が考える時、意思決定する時、気を 

放つ。これは意識が飛ぶのですぐに感知できるらしい。 

新横浜の川べりを歩いていて、5m先でドボンッという音 

がしたら、それはカメが日光浴をしていて、人間が近づ 

いて来たのを察知して、川に飛び込んだのだ。まだ姿 

も見えていなかっただろう。 


シオカラトンボは2mまで近づいた。何度か来て、近づいて 

ホバリングしてからは、また飛び去るが、また来る。 

なんのことか?想像だが、警戒しているのだ。なにに? 

実はさっきから、番のメスが相手から分離して、一匹で 

卵を生みつける動作をしている。そのすぐ周りで飛んで、 

気遣っているようにも見えるのは、シオカラのオスだろう。 

その大事な作業に邪魔が入らないように他のオスの 

役目で人間の監視に当たっている、というのが僕の 

自然での経験から学んだ知識、そこからの推測だ。 

そして、驚くことにその場で謎が一つできた。その 

メスは踊り場の板の上の水たまりに卵を生みつけて 

いるのだ。たぶん、50回以上は移動して、生みつけ 

ただろう。これはどういうことか?そこは人間が歩き、 

踏む場所で水たまりも晴れれば、あっという間に乾いて 

卵は死んでしまうだろうに。 

初めに気づいたのは、雨が上がるだろう、ということだった。 

大雨になるのだったら、彼らはこの作業をしなかっただろう。 

天候については彼らはほぼ100%間違えないはずだから。 

あとは、今夜か明日の朝には雨が多量に降り、卵を池に 

踊り場の板の上から押し流すだろう、という推測だった。 

どうしてもトンボがこのやり方を最初からしていたとは 

思えなかった。雨が卵を流すという計算がなければ、 

この産卵行動は不可解だった。それとも1日や一晩で 

ある程度幼虫になり、池に流されても卵のままでいるよりは 

他の魚や昆虫に食べられてしまう危険性が低くできるの 

だろうか? 憶測はこれくらいだが、偶然だろうか、雨が 

止んで、薄日が見えた。 帰宅して天気予報は明日も 

雨模様だった。推測は正しいのかもしれない。しかし、 

それを早朝、見届けようというほどの、自然観察の好事家 

ではない。 



傘は車に置いてきたが、それがかえってよかった。自然と 

出会うにはどうしても、向うが隠れて警戒している防御を 

解除するまで待たなければならない。僕らは昆虫採集に、 

魚獲りに、植物・野鳥観察に、と殺気を発散して森や林に 

向かう。その目的のために静かにするのを学ぶが、それが 

どういうことなのかを学ぶことはない。学校でも聞いたこと 

はない。それで僕らは自然はそこにあると思っているが、 

そこにあるのは人間を察知していち早く姿を隠した、異常な、 

自然の営みのない自然の状態なのだ。逃げるもの、隠れた 

ものを追いかけていることを知らないのだ。彼らがいつもの 

活動をするのは、皮肉なことに人間が人間であってはなら 

ない、そういう儀式を必要とする。 

そうしてそれを知った者はそこには新しいことが頻繁に 

起こり、退屈しそうもない千変万化の世界だというのを 

わかってしまうのだ。大抵は動植物・昆虫の一分野で 

マニアになって、偏向してしまうのが惜しい。 



雨は今度はぶり返して降ることはなく、傘はいらなかった。 

市役所の駐車場までと、また家の近くの駐車場で車を置いて 

からもついに降らなかった。



公園で拾ってきたもの ::

IMGP0005.JPG

カラスの羽。

IMGP000455.JPG


バッタの踏まれてぺったんこ。
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呉越同舟のうざい様相 [うざい]

(長すぎたので、2回分に端折って読んでちょうどいい)


呉越同舟は呉という国と争っている越という国が、一時 

手を組んで共通の敵(または災害)に相対する、そして 

恨みも忘れるだろうという故事で、敵同士が 同じ船(目的) 

で一緒になることをいう。 中国の「孫子」からの故事。

僕等の人間観関係はもっと複雑で、そこから中国の 

春秋時代はもっと人柄が素直で、そういう故事が生まれ 

やすかったのだろう。 もっとも呉と越は37年争いを続け 

たそうだ。ヨーロッパでは、14世紀から15世紀にかけて 

イングランドとフランスとの間で百年戦争があった。これは 

領土の所有権をめぐっての争いだった。17世紀には 

カトリックとプロテスタントのあいだで宗教で争いが起こり、

次第に各国が加わり、これが30年の宗教戦争になった。

戦争が長引くのは、いつもそれが教訓だけでは、また 

語り継ぐだけでは抑止にならないことを示している。 

歴史は感情という要素が大きい。それは原因ではない。 

それは人々の感情が煽られ、為政者の思惑に従い、 

利用されるからだ。政治が操らない戦争はない。利益や 

意固地が導かない戦争もない。被害者である人びとだけが 

そこに参加するのは、せいぜい実戦で、弾に当たらない 

為政者の犠牲になるのみだ。だから、そこに戦争の悲惨の 

現実と真実がある。しかし、それだけである。 

常に人々はその国民感情を煽られ、利用され、戦争の犠牲 

であり、為政者・権力の理屈のあおりを食うのである。 

しかも、常に騙され続ける。そうして責任の一端を家族の 

死や苦痛によって支払わされるのだ。 

パレスチナ問題はそこに聖地エルサレムがあることによる。 

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の聖地が共通のエルサレム 

だからだ。20世紀初頭にユダヤ人国家イスラエルを建国する、 

という宣言から緊張へ、そしてユダヤ人とアラブ人は戦闘へ突入 

した。キリスト教のプロテスタントとカトリックの争いよりも 

より複雑な様相を帯びている。 

停戦を幾度かして、そういう小休止の年間をはさみながら、 

戦争は継続している。通算で、2021年で百年を超えたところ 

だろう。 これは旧約聖書から関わる、古くて長期の問題で 

謂わば、西洋精神史だ。1000年の問題だから、2~3000年 

は解決まで直線で進んだとしても、その時間が必要だ。その 

期間を短くするのは、誰かが神の如くな力を行使できれば、 

簡単なのだが、 ・・・。 

それはエルサレムをまず、最初に沈めてエルサレム海にして 

しまうことだ。初めにエルサレムの地を3mほど沈めてしまう。

それから世界に提案する。10年間の余裕を与えるから、全人民 

のそれぞれの(貧民からも)代表を同数だけ選出して、平等な 

領土・国境・安全の保障を話し合い、宣言せよ、そうすれば土地 

を元に戻す、と。 さもないと、3年後にはさらに10m沈んで、 

オランダと同じと海抜にしてしまい、1年でそこに海水を満たして 

しまう、と。 ま、夢の話でそんな人は現れないだろう。 


それが別な解釈・提案の呉越同舟だ。 

その詳しい分析をすると、ほぼ感覚的な仮説にすぎないが、 

少しは見取り図の替わりになるかもしれない。 

敵を憎むと言っても100%憎むのは心の構造上?できない。 

表に出る部分が70%以上になって、残りは引っ込んでいる 

からそう見えるし、行動もそうなるからしかたないが、争って 

いても両国にまたがって彗星でも落ちてくるのがわかったと 

したら、協力して対策をせざるを得ない。その時、憎しみは 

お預けになる。どうなるのだろうか? 

たぶん、70だったら、49以下に抑える。初めから残った 

20か30を協力する体制を高める。それは嫌いの感情を 

抑える力と融和の感情と知性を高める力に分散されるので、 

バランスを取りながらするので、強力なリーダーシップも 

必要になるだろう。迅速な機動力がことを左右することに 

なるからだ。 このことが理解されるのならば、呉越同舟の 

仕組みのおおよそは想像できる。それは僕らの心に起こる 

ことと同じなのだ。理性的なるというのは、そのことをいう。 

僕等は心のリーダーになり、お互いに反する感情の分離を 

ある仕事で協力して、バランスで両立するように指揮しなくて 

はならない。無理を少なくして、我慢も自己主張もうまく配分 

させること。大変だが、できないことではない。 心なら、 

世界の強国のように(隠された)嘘をつく必要はないから。 

そして、それができないことが僕らの戦争状態を長引かせ 

ている。これを大局では心の問題は世界の問題と同じだ、 

と結びつけても構わないが、大事なのは小局でも大雑把には 

同じ部分から異なる要素に分かれる部分が広がり始める 

ことだ。これはそれぞれ個人の事情が異なるのを思えば、 

速く理解できるだろう。  大元は理論的に言えるが、実際は 

複雑になりゆくので、その理論ですべてを押し通そうとすると、 

間違いを犯すことになる。 

それなら、そこで呉越同舟を思い出しても、いいのではないか。 

あなたとあなたがこさえた自分という世間、その間にある、 

本来の争いがあるはずなのだ。それをどちらかがどちらかを 

抑え込もうとして、争い(不適応からの葛藤、自分同士の抵抗) 

になり、それが不安や迷いを誘って、それが憂鬱や孤独を呼び 

寄せる。どう?簡単なシステムでしょう? 

ここまでは以前にも語っていたことなので、呉越同舟を例えに 

出しただけで、新しいものはない。 

自分をもう一つの側面から見ると、それは僕らが子供から 

青年、大人へと変わってきたことがある。その間、自分は同じ 

だったか?同じだったら、気持ちも考えも変わることはなかった 

だろう。だから、自分は体に成長戦略があるように、多少だが、 

成長はあった。自分が萎縮するのは自前のもので、体より早い。

それは自己保身や経験の失敗を固執することや老化へと反応 

することで自己証明されているが、細かくは意見がいくつもある 

だろう。自分を知るのは、推奨されているのは知っているが、 

流行らない。なぜか?いいことだと哲学的に思われているが、 

教育項目にも上らない。それは誰もが嫌がってしないし、誰もが 

嫌がるだろうと、内心、知っているからだ。それは内面的なことで 

知識を身に着ける、向上心や好奇心を満足させる陽性な面では 

ないからだ。むしろ、陰性で自分を止めなければならない。 

自分は日々、進化していってしまうのでその時にその場で止めて、 

チェックしなければ知ることができない。それもただ止めるなら、 

道徳で縛ればいいが、それ以上に無意味なことをしなければ 

ならない。 

動かない・退屈・無意味と来ては、ただ苦しいだけだ。 

そして、肝心なのは、自分を殺すことだ(精神的だが)。 これが 

最も大きい要素だ。生きるのを精神で止めるのだから、それは 

体で言えば、殺す、精神を殺すことだ。これが自然の本能に 

逆らうことになる。それを本能的に感じるから、正しく反応して 

僕等は自分を知ろうとしないのだ、挫折した時とか、必要な 

範囲でしか、それに出会わない、出会おうとしない、真の意味で。 



動いて変化してゆくものは、一緒に流されて生きるのでは、 

同じ時間にいることにならない。外の影響に寄り添った時間に 

支配されている。それも自分を止めてみないとわからない。 

誰も自分を殺す時間を持ちたくない。それが自分を知るのに、 

根本的な難関になっていると、僕は考えている。 

だから、これまではその必要がある人だけが、その道に入った 

ようだ。上山春平という人は若い時、縄で首つりをしたが、縄が 

切れて、2回とも生きてしまった。空海が自殺しようとして、 

やはり3回死のうとして、奇跡的に3回とも助かってしまう

伝説?を知っていたので、そこに縁を感じて、自らも仏門に 

入った。哲学者となり、京大の名誉教授になった、とか。 

悟りに関わったのだろう、空海も上山も。 

これまではそういう少数派がその伝統をつなげてきた。 

しかし、なにしろ自分殺人をできるか、という考えさせ 

られる事件だから、これをうまく裁判で審判を下せないだろう。 

というのが、一般に考えられているようには、自分を知るという 

作業がむずかしい、ということだと。

さて、ではそれではそれに対して、呉越同舟を利用して、知る 

行動に役立てられるだろうか。ま、今思いついたので、(心もと 

ないが)心は確かに一度止めて見渡し・見透しをよくしないと、 

見たものが見ていないになってしまうだろう。まず、自分の内の 

敵をどうにかしないと。

人の肉体を殺すのは単純なことだが、社会でそれを隠し、生き 

延びるのは大変困難だし、予想外に後悔に責められる人、 

亡霊に悩まされる人がいる。それもそうだが、ばらばらの肉体

から、または死体を蘇生されるのは、今はできない。 

それで精神を殺して、または殺すほどに止めて、そこから 

蘇生するのは、その帰った精神の健全を保証したり、安全を 

宣伝はできないから、そこはほんとうにそうした変人しかいな 

かった。僕は通ってしまった道だから、振り返ることはないが、 

精神を守ろうなどと考える暇はなかった。残そうと思っていたら、 

その何かには触れえない。わかるのはそれだけだ。 

そう思うと、指が止まる。感興が蘇ろうとするからだ。夜に  

広がるどこまでも光速で進行する彷徨、そんな夜が幾夜も 

幾千夜もあったではないか。

疲れるな、そんなことしか言えなくなったか。ああ、今言い 

たいのは、たぶん愚痴なのだ。それは言わないでいいこと。 

僕等の暗黙の了解ではないか。どんなにそれめいても、 

それがユーモアやプラスの言葉で昇華されなければ、 

人には受けない。僕らはそういう消化を求めている。 

小説やドラマでも読者や視聴者を意識しない作者は 

存在しない。だからと言って、それがどうしたではない、 

というのも変だ。残り心、30%からそれらしきものを 

探ってみる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、 


昼間、 空気は夏の香りがした。  

曇りで、 湿気は80%だそうだ。その匂いなのだろうか。 

それはやはり、過去からの記憶からだった。 あの頃の 

夏はこの空気だった。それは数字ではないばかりか、 

想い出の雰囲気の、わずかなかけら、というのも 

かすめた。

ヤバい、 かなり。 

生きてない。 なにに対しても、すべてに無関心だぞ。 

ヤバい。すべて 無意味に見えるぞ。 

涙にかなり感動しやすいのに、環境にまったく無感動。  

それもリズムや回転スピードで。 

誰かと 話せば  手がかりがつかめる。お互いの反応を 

チェックできるから。夜勤のお姉さんとか、どこかにいないか。 

かなり、ヤバい、 相談者。   クライ、 CRy、 

答えは  そう、歌詞にもある、 わかりたくない 

とても きれいだ    そうか?  

積み木だって   やたらに  組み替えられない  

そこを抜いたら、  全部崩れても  ありおりはべり、だよ 

腸詰めのソーセージに  なって  

筋肉のなかを  滑っている  

まだ、 終わらない、  エッ、  なんで? 

ここは  逃げ場所じゃないだろう、  

ちゃんと  見つめようよ。  

どうやって僕は、逃走した自分を捕まえているのだろう? 

そんなことは思ってもみなかった。自分を見失うから  

詩想が、意識の断片となって彷徨するとは。そういう 

カメラの位置は想像しなかった。

ところで、 と、聞きたいよ、 君は影だから、僕を見ても 

いないし、それどころか、わけがわからないのだろう。 

僕は君をそれなりに列に並ばせて、調整していたつもり  

だったけれど、自分に必要な、例えば栄養素のようなものを 

忘れていたのじゃないか、と思ったりする。 

これは何?ときみに尋ねたりする質問じゃないのだろう。 

僕はそこで君を梃子にして心をかき回してたんじゃ 

なかろうかい? それを希薄にしてしまうと、僕の知性も 

薄い割れやすいガラス板になってしまうのか? 

今は、その考えについて行く、といった形で 

スピードに乗ろうとしている。 

疲れか?その考えの尻尾につかまっているのが、 

やっとなのか?  今の日本の新しいポップが一番、 

聴こえるのは、なんなのか?  

ああ、おかしくなってるな。 ヤバい。 

酔っ払いの酔ってないと言う、その状態なら、 

この状態は、なに?どうした? もどってくる? 

僕は、  なによ、 ?  (笑)  

僕、  ボクボク、  ハ、  なによ。 

・・・・・・・・・・・・・・・・、 

どうした?   もう  終わりか  

かげり、  かげりが   ないな 

皆で  楽しむのもいいな、と  

それが どうして  童謡になるんだ? 

また思い出す、すべてを平面化してしまう 

精神の のっぺらぼう  

この世のすべてを 借りるから  すべての  

感動があった  それの連鎖というもので  

しぼりだすんだ、  青春というキャンバス を 

ほんとうに、  フゥ  

これ以上は  ヤバいのかもしれない  

僕にも  自分が 必要だ  

もう、  疲れたよ、   いい加減  

もうどこを  歩いて行っても、  どこにでも  

場所は   あるんだ。 

だからどこへ行ってもいいのなら、 誰が 

迷うことができるんだ? 

どこ 行っても  いいんだよ? 

間違えても、 なんでも どうにか  なってしまう  

どうにか  できてしまう。  

それって  八方ふさがりと  どう違う? 

あれ? 玄関、チャイム   鳴ってない?  

もう  終わっていい?  

雨が ほしい?  光が ほしい? 

愛とか、神とかが   ほしい?  ほんと?  

もう  島の港では  

緑の 光虫が  刺激に反応して  

海面は

エメラルドに  発光しているだろうか? 

もう  子猫は いない  

皆、  記憶になった  

言葉って  記憶のこと、だな  

時間の経つのが  早い、早過ぎるほどに  

そして、  眠らせない  

この 怠惰、  もったいない  

このだるい 快感、 もったいない  

微熱がある時、のように  快なる哉。 

のさばれる時に  のさぼっておけ 

サボれる時に  サボっておけ  

明日がある、と  思える命が  

あるうちに  どう? そうではないか?  

この夜が  いくら続こうとも  

一度も  ただの一度も  明日が来た、 

という 体験はなかった  よ、 

よ   よ   よ。  

無計画に  寝てしまおう。  

君が  そろそろ、急に  沁み込んで  

来る 前に  

確かに  救われたような 気持ちって  

えらい  心が楽になる  無性に  

無計画に  祈ってしまう  

感謝してしまう  

明日もまた  シャツを 腕まくりして 

なにをしてもいい  日々を  過ごすんだろう 

街は  ここにある  そこにある  

僕だけ  くり返していない  日々は 

ああ、  痛いほど   自在だ  

やりきれない、の  反対で  

やりきれる  

やりきれる  

だから  明日が   来ないんだ  

やりきれるって   なんのことだか、 

大きく  息を  吸い込んで  

世界の空を  吸い込んでしまう  

胸が  青い光の  反射に 

放つ!

とかは   ないんだよ。 




::
明日や希望は気持ちの内にある。が、考えの内 

にはない。素直というのも、何に対してかによって 

ひどく景色が変わる。しかし、矛盾と同部屋に 

同棲するのも、慣れたのだろう、その替わりに 

自分が矛盾に変身する。
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日本の、明日という夢 [夢]

日本が素晴らしいと思う、ひとつのことは清掃だろう。 

自分の家の周囲はまず雑草など除いている。それ

だけではなく、なにか花や植木を育てていることだ。 

香港の島はリゾート地になっているが、想像とは

異なり、汚い。歩く小道でも水道工事だろうか、して

いるのだが、中途にしているのか、道具も置きっぱなし

だったりで、見て気持ちがいいということが、少しも

意識されていない。すると、その汚さが強く感じ

られるのだが、それこそが僕が日本の環境に

育ってきたことを証明するようなもので、日本は

ともかく、世界から比べて、かなり清潔なのだ。

そういう気配りが常態になっている。 

そうして、花を植えている家は普通なので、それが

普通じゃないのだが、その種が飛ぶ。そして、ブロック

塀の下や、わずかな土のある処に種が飛ぶのだろう、

そこから花が咲くのだ。それで我が家の周囲でも勝手に

いろいろな花が雑草のように咲いている、という状況が

ある。これは思ったよりも素晴らしい状況で、季節の花が

今なら菖蒲とか大きな花びらが着物を想わせて、咲いて

いる。少し、近づいて見るだけで、どれだけ美しいことか。 

僕らはそれを気にしないで見過ごしているのだろうか。 

そういう人は、ずいぶん勿体ないことをしている。 

花は生きているから、その輝きは深い。よく見ていると、

美しさがその色の中に吸い込まれるようだ。絵の具の

何色でも、一色というのがなんと貧しいことか、と気づく。 

単色に見えてしまうものが、深いのは光の反射が

あまりに細かく、乱反射するので、色も表に出たり、

内に入ったりして定まらず、それが深さを添えている

のだ。 

日本ほど、近所の散歩をして季節を楽しめる国は 

そうそうないのではないか、と思う。それは僕が

そういう海外の地を旅行していないせいでもある

だろうけれど、そういう面では日本は第一等国だろう。  

どうして僕らはそれほどに自然を慈しむのだろうか。 

ブログを回っても、マニアとか商売をしていなければ、

圧倒的にどこでも犬や猫、鳥でなければ花やどこかの

施設の庭や造園、風景の映像が貼られている。

それに飽きるということはないようだ。それは不思議な

ことなのだけれど、それをそう思えないほどに生活の

中に溶け込んでいる。



ずっと  ここにいたのに  

街は  見違える ようだ  

・・・・・・・・・・・・・・・、  

・・・・・・・・・・・・・・、  

多い、 あまりに多くの  妄想じみた  

点景   情景が   流れゆく  

心  やさしく  

気持ちよく  揺られ  

君に  抱かれる、 ・・・  

「 もう 泣かない  

もう  逃げない  

懐かしい 夢だって   

終わりじゃ  ないのよ  」*  

明日まで  続く道が あるから  

明日が  あるのだろうか  

そのために  この夜が  あるのなら  

この夜を  

僕は  抱きしめるだろう  


ずっと ここにいるのに  

それを 抱きしめる人と、  それを 甘すぎると感じる 

人が    いるのだろう。 

あれはタイだったろうか、観光の旅行者だとみて、

車椅子の老女にも見えたが、まだ中年だろう、

売り子だった。障害者の売り子は珍しかったが、 

長いことやっているらしく、僕は安い地図しか買わ

なかったが、ほとんど事務的にお礼を言って、次の

客を求めて行ってしまう。もう10年以上もこの仕事

で食べているんだろう、話しかける暇もなかった。 

彼女にはどれだけ売るかはノルマがあって、命がけに

近いものがあるのだろう。観光客の暇な話につきあう

余裕はないのだった。それは夢を破られる感じがした。

人は皆、平等じゃない、と。愛で飯は食えない、と。 

日本人はどういう夢を見ているのだろう? 明日という、 

いい人という、お上(政府)を信じるという、それはいろいろ

で、それを受け止める人も受け止めたくない人も、そういう

ことに関心のない人も いろいろだろう。

僕の夢は、まだまだ続くようだ。それはそれが儚い約束だ

とは思っていないからだ。

「 懐かしい 夢だって   

終わりじゃ  ないのよ  」

明日を信じるというのは、欺瞞のひとつだと決めつけた

知の優位な時期もあったが、人は変わるものだ。  

僕は、明日を信じようとしている。



* :
「 」内は、平原綾香の「明日」の歌詞から。
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あの頃は日本人をやめようとしてた [日本人]

午後に起きると、雨は霧雨になっていた。霧は濡れるよう

には感じないが、霧雨は濡れる。そう思って人は傘を 

さすことが多い。買い物に出かけたが、手に傘を持った 

ままだ。山の感覚に切り替えると、傘をさすほどじゃない。 

多少、濡れればいいだけだ。メガネも濡れるが、視界に 

影響するほどではない。急に本降りになる様子もない。 

時々、午後まで眠る。たった数%の、しかもコップに 

半分ちょいのアルコール分量で起きられなかった。  

このところ、肩や肩甲骨周辺、背中が凝って、疲れが 

取れなかった。いろいろ方法はあるが、アルコールを 

普段飲む習慣はないが、飲むのも一つの方法だった。 

疲れているほど、効く。起きると、ぐったりしていて、 

成功だ。疲れが外に出る、という言い方をしているが、 

こうなると大方の疲れは解放される。 

実際に信号を渡っていても、足と上半身に力が入る。 

海外での緊張した時間を、ピンポイントで思い出す。 

筋肉細胞に記憶が溜まっているのだろう、疲れが出ると、 

一緒に出され、思い出すようだ。  

しかし、この方法は僕にとって有効だが、反面運命を 

わずかに狂わせるようで、被害はないが、ちょっとした事故

に遭う。またはかすり傷程度の怪我をする。それであまり

飲みたくない。 

僕の運命は、体は好きな割に、アルコールと相性が悪い。 

それでも疲れをためっぱなしのほうが後々、害が大きい

ので、今のうちに出してしまうほうがいい。 

霧雨のせいで、小さなスーパーの前には駐輪場に自転車 

は一台もなかった。その代わり、8台くらいの駐車場が満杯

で1台、車が空くのを待っていた。近くに第2駐車場がある

のを、知らないのか、面倒なのか。 

帰りは霧と霧雨のことを考えていた。日本人は感受性が 

細やかでそのため言葉も豊富な言い方があると、よく 

言われるが、霧と霧雨もそうなのか、と。 

帰ってから調べると、英語で霧雨は Misty rain , Drizzle/

Drizzly rain があり、霧はhaze , mist , fog と3種類あって、 

例えば、霧雨でmisty はぼんやりした感じで、霧に近く、

drizzle は細かい粒がパラパラ落ちる感じで、それぞれ 

感性を感じるので、それほど相違があるようには思え

ない。ただ雨の種類についての表現はどうだろう? 

と思ったが、大変な作業になりそうなので、調べるのは  

やめにした。  

感性よりも考え方がどこから来ているか、という意識の

由来を調べるほうが有意義な気がした。 区別を強く 

探るのは、差別を引き出し、強いては差別の考えを 

作り、押しつけそうで危険な気がする。方向が悪い 

ときは敢えて無視して放っておくのも有効なのだ。 

日本は文化が世界から入ってきているが、偏向も 

している。ほぼアメリカ文化が中心で、中国、インド、 

他のアジア、中東文化は入ってきているだろうか? 

入っていても、それらを巷で目にしただろうか?

ヨーロッパ文化が次に多いが、それでもアメリカに

比べれば少ない。むしろ、一地方都市に代表される 

文化の一部だろう。 韓国ドラマや中国映画にしても 

ある主張の一面が表に出過ぎていると感じる。

それで日本は精神的に全体ではアメリカナイズされ 

ている、と言えるのだが、自分で気づいている人は 

どれだけいるだろう? もう僕らは普段、着物を着て 

街を歩くには勇気がいるだろう。成人式とか卒業式とか、 

そういうパーティに出る時とか。どうしてだろうかと

問う時、思い当るのは見慣れていないことだ。注目 

されるだろう。そして不便だということだ。洋服の 

ほうが機能性に優れていると、勝手に思っている。 

どうしてそう思うのかと、それは洋服に合わせて 

生活が機能しているからだ。それに合うように 

備品が作られて。 

トイレは洋式だし、道は舗装でコンクリだし、椅子 

だし、床はフローリングだし、なによりテレビのCM 

で贅沢さは日本家屋や日本の伝統製品ではない。 

すべての設備が家電・工業製品で建築材も同様 

だ。そして、おまけに畳の部屋とか、伝統の工芸

や様式を一部に取り入れるが、それは趣味であり、

年寄りへの気遣いであったりする。 すべてが 

西洋式の中に生活があり、それを誰も不思議に 

思わないくらい、僕らの意識に溶け込んでいる。 

そして、無意識が家の周りや庭を植木や花で 

満たしている。もっとも、落葉の激しい一本だけの 

樹木は容赦なく、切ってしまうようだが。

僕は日本家屋を推奨したり、和服を日常にも、 

と勧めたいわけではない。日本文化を見直そう、 

とかも宣伝したくない。どうしてか、それで皆が 

日本の伝統や古代博物館や展覧会に行って、

過去を眺めても意味があるとは思えないからだ。 

そうではなくて、見直さなければならないのは、 

自分自身ではないのか、という。今の日本人と 

いうアイデンティティを失っている自分に気づか

なければ、何も変わりはしない。 

それがどうした、とも言わない。それはそう思える日

が来た時に、そう思えた本人がやがて、どうするか  

決めることだからだ。 



僕が日本人に芯とか核がないと思えたのはいつ

だったろう?昭和の受験戦争を一番味わった、団塊  

世代だったろう、友達もお互いに敵同士だみたいに 

受験に向かう空気にバカバカしさを感じていた。 

親がこうも(当時も食いっぱぐれのない)大企業・政府の 

公務員志向で、そのための大学受験だという、この 

システムになった受験が僕らの文化精神を失わせたと、 

その頃は勘違いをしていた。

それで考えたのは、日本を離れることだった。という 

よりも日本人をやめることだった。そういう空気に 

未練はなかった。自分が日本人だという自覚が 

なかったから。  

卒業して、インドへ行った。インドの郊外の空港に 

降り立った時に、それほどの熱風は感じなかった。 

初めての海外で緊張していたせいもあっただろう。 

そして、迎えの人とタクシーに乗って、カルカッタの 

市街へと入ると、もうその前からその雑多で汚れた 

街並み、野良牛、カラスの群れ、破れたポスターの 

どぎつい原色、怒声、きつい眼つき、人々の雑巾の 

ような姿から、日本をこんなにしてはいけない、と 

すぐに思ったのを覚えている。これが自分が日本人 

である自覚を・覚え・始めた、その最初だった。まだ 

そうは気づかなかったが、 ・・・。 

海外へは第二の故郷を探すという、つまりこれから

自分が暮らす国を見つけるという目標があった。 

それでインドはいの一番に落とされたわけだ。 

それは貧しさだった。貧困を越えて、貧窮の民が 

あふれかえっていた。法治というものがないのも 

横行していて、それが秩序を重んじる日本の常識 

からはかけ離れていた。しかし、ある程度はインド 

の知識があったので、貧しさについては予想して 

いた。そして、やがて各地を訪れるについて、それ  

の本当の貧しさの連鎖がどういうものかを、骨身に 

染みさせられることになる。 

いろいろ日本も経済的に浮き沈みして、その時々の 

状況はあったが、まだ日本に気づくことはなかった。 

高校生の頃に、アメリカのフォークソングが流行って、 

それを歌っていたら、同級にアメリカかぶれだな、と 

言われた。アメリカかぶれは意識もしていなかった 

ので、それなりのショックがあった。そして、フォーク 

ソングの歌手は一般から出てきたものが多かったので、 

中にはメロディとかで日本(の心)を求めるほうに 

転向する者も現われて、どうして日本なんかに回帰 

するのか、不思議だった。退屈な歌舞伎、戦前の 

国粋主義とか恨み泣きの演歌の国であるくらいの 

認識だった僕は、日本が好きではなかった。しかし、

ある親戚から僕は日本人だ、とまるで典型の一人の 

ように言われて、これもわからなくて不思議だった。 

確かにアメリカナイズしていたかもしれないと、が、 

それでは日本人とはと少し考えた。・・・なにもなかった。 

日本って何だと思った時、僕らはそれを失っていた。 

それ以上、当時はわからなかった。 

それから40年以上も経って、無意識との交流が 

(表面では)なんとはなしに、(内面では)確定的に 

起こって、それから5年もしてから、それは何なのか、

遺伝子?DNA?脳細胞の一部?皮膚?脂肪? 

その他?それらの変化のためか、過去への記憶の 

襞に滑り込み始めた。 

微妙な隙間から、過去の人たちの感覚が意識に 

昇り始めた。それは鏡を見るように自分を日本人と 

見ることと同一だった。期待も予測もない。突然の 

ように徐々に見せられ、この日本人の自覚の実態を 

知りたいと思うようになった。 

もう忘れていたが、日本人をやめたいとかは、ただの 

無知が言うことだった。母の記憶、父の記憶、祖母の記憶、 

祖父の記憶、そして、もうそれらも含めて誰の記憶かも 

わからない大きな過去の日本というものが、浮かび 

上がってきた。それが全体としての、また全体につながった 

自分だった。自分はひとりではない、というかすかな自負 

は消えて、自分はほんとうに一人ではなくなった。孤独 

だろうが何だろうが、自分は全体として、日本人として 

あった。それがまるで許されたという感覚で、あるの 

だった。僕はただ一人、ここにあるのではなかった。 

それが結びつくとは夢にも思わない、古くから迎えに来た、 

それが新しさになった新・自分がそこにいた。 その決定 

の時期がこの数か月に、そこまでの期間は3年くらい 

あったとはいえ、凝縮されてあった。高齢者になるまで 

生き延びなければ、日本につながる縄文の実感はなかった 

だろう。ただ生き延びても、この実感はなかっただろう、 

また体を無理していたら、生きてはいなかっただろう。 



― という、わずかなことしか今は言えない。このことから 

予想もできないだろう、あまりに多くのことが導かれるし、 

その予測もあるが、それこそ荒唐無稽という、昔の言葉  

に言えるとおりだろう。まだ独断は早い。 

またこれが、僕の日常のしあわせの理由であり、孤独に 

なれない理由であるだろう。  

こういう時は気が大きくなるのだろうか。アマゾンで10冊 

くらい本を注文、今日までに届いた。中古書店でも8冊 

くらい購入した。累計、5千何百冊。もう本を整理できる 

スペースのキャパは越えているので、もう本を買わない 

ようにしようと、誓ったのはいつだったか、思い出さない 

ようにしよう(笑)。
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成功のパラドクスを20頁くわしく読む [成功]

これは「成功のパラドクス・メモ」を詳しく個人的に

紐解いたものである。 

その記事はもうあまり覚えていないが、要点は今も

頭にあるはずなので、微細な矛盾点はあるかもしれ

ないが、気にするほどではないだろう。 



もう一度、その本の邦題を示すと、「成功して不幸に

なる人びと」だ。このブログでは自我の膨張・慢心 

によって自己崩壊が起こることは、流れでは書いて

も、それを中心テーマにとり上げることはなかった 

ように記憶している。 それは当たり前に起こり、 

よく起こるので、自明の命題として「もうわかって

いるだろう」として取り上げてこなかったものだ。 

本を見つけて、改めて付箋のあるところを5頁ばかり

読むと、読み途中の印でつけた付箋からすると、意外 

にも大方読んだらしく、最後のほうになっている。  

そして、中身も心理面が多いので、それで読みやす

かったのかな、と思える。少し、解説したい気になった。 


まず、独断してしまうと、これは宝くじで大当たりして、

その後人生を崩してしまうのはこういう訳である、と 

大意は同じことが書かれている。 

それはどんなことかと言うと、その宝くじ長者になって 

身を持ち崩してしまった者が多いのを知って、バカだな、

俺ならもっとうまくやるのに、という無知な人のために

書かれたものだ。 

当然、うまくやる人も結構いる。が、それはもう大金が

手に入っても老境になっていて、使い道が限られて  

いる人だったり、または資産が2億くらいある、すでに 

金持で当選を知ったのも、受け取り期限が迫ってからで、 

どこかにしまい忘れていたとかの、すでに金持ちの人の 

場合である。 それとか誰かさんのように、数百万円を 

ちょっとどこかに隠して、あとでどこに配分するか決め

ようと思いながら、そのまま忘れてしまうような人である。 

株式投資を生まれて初めてした時の人は、覚えている

だろう。シュミレーションで株式を売り買いして練習して、 

それからいざ実際に買った時の落ち着かなさを。1時間

ごとに株価の行方が気になって、端末を眺める、という。 

実際に金が動くと、自分の感情のコントロールが利かなく 

なる。投資で必要なのは、予測が半分だが、感情の制御が

半分である。どんなに先見の明があっても、コントロールが

利かないと、儲けると早めに切ってしまうし、損しても明日

には値は戻る、と持ちすぎてしまう。逆なのだ。 

お金が関わると、途端にその空気のムーブメントが起こり、 

精神状態が燃えるようになる。ヤクザという人たちは、 

非常に(非情?)に冷静で、例えば賭け麻雀で客をカモに 

する時には必ずそれを利用する。まず、初めに少し勝たせる。

そして、おだてる。次にもっと勝たせる。そして、お客さん、

今日はついてるねぇ、と刷り込む。すると、客はその気になって

しまう。少しは麻雀の腕に覚えがあれば、初心者ほどツキを 

信じる。そうなったら、仕込みは完了で、あとは負かしてしまう。

大体、3対1になるから不利も不利で絶対に勝てない。しかし、

ついているはずだと刷り込まれると、感情で抑えが利かない。

負けても負けても、のめり込む。一晩で半年分の給料を

負けたなどはザラである。それほど有効なのが、おだて上げる

ことだ。ちなみに、僕の親戚もちやほやされるのが好きなのが

いて、親の遺産でもある日本橋の店をヤクザに乗っ取られた

そうだ。後から聞いたが、初めは驚くが、あの男では仕方ない

かな、という諦めだった。 

ドストエフスキーはロシアの19世紀の文豪だが、ギャンブル

好きで、自身「賭博者」という小説も書いている。 彼自身の

趣旨と思われる小説中の台詞の要約はこうだ。 

ギャンブルで勝つのは、わかっているんですよ。そうすれば、

勝てるんだ、とね。でも、それがそうはいかないんですよ。 

機械のように規則通りに賭けるのにうんざりしてくるんですよ。 

だって、面白くないじゃありませんか。自分ではなにもしない

んですよ。賭けの醍醐味なんかありませんよ。そうすると、 

ここで一発当てたくなるんですよ。ドカンとやって、自分の

予測を当てれば、こんなにうれしいことはありませんや」 

と、そこから負けてしまうのだ。なぜなら、そこで当てて、 

そこでやめられないからだ。よし、今日はついてる、となる。 

そこでまた、と大きく賭ける。いつかはドカンと負けるのは

必定だ。それでもやめられない。もう異常な精神状態の 

虜になっているからだ。これに憑りつかれると、訳が分から

ない、そうなっている自分がわからないのだから、行き着く

ところまで行ってしまうのだ。 

この異常な精神状態を自我の膨張・慢心と呼ぶのだ。 

すぐにスィッチが入りやすく、入ると出てこれない。 

酔っ払いがおれは酔ってない!と叫ぶのと変わりない。

勢いがついている。 

これは自然の法則と同じく、ものが地面に落ちる引力と 

同じだ。いつまでも変わらない、地球上にいる限りは。 

それで修練の成功者でも、そのしわ寄せが忍び寄って 

くる、必ず。  

その理由と、その予防を書いたのが、この「成功して 

不幸になる人びと」で、不幸になるばかりでなく、そう 

ならないための方法も載せている。  

まず、その理由から :: (「成功して不幸に~」から引用)

「 成功は人間の暗い側面を育てる 

目立つ人ほど、大きなシャドウ(影・暗黒*)を引き 
                     * 陽秋:注
ずっている可能性は高い。これは人間心理の法則 

のひとつと言っていいだろう。富と権力、高い知名度 

という三つの要素が集まれば、シャドウにとって申し

分のない環境が整う。否認や自己肥大が生じやすく

なり、投影の対象にもなりやすくなる。絶対的な権力

が必ず腐敗していく政治の世界を例にあげれば、理解 

しやすいだろう。  ( 中略 )  

精神の健康を得るためには、すなわち己を知り、有意義な

人間関係を楽しみ、共同体の一員であるという実感を 

持つためには、自分が不完全な存在であることを知り、 

それを受け入れなければならない。 

だが成功してしまうと、これがとたんに難しくなる。 

リーダーになれば弱さや下品な面を見せてはならないという 

プレッシャーを常に感じ、無理を重ねていくからだ。

( 中略 ) 

一般に、成功を収める人びとは聡明で人をまとめる力が 

ある。機転が利き、自分の魅力で人のやる気を引き出し、 

成果を収めるというカリスマ性を持っている。そうした長所

を利用することで、自我を鍛えている。ただ、こうした肯定的 

な自己イメージが膨らむと、その人の否定的な側面は表に 

出せなくなる。怠惰、無関心、怒り、嫉妬といった感情は 

隠されるようになる。 

また、成功する過程では弱点も克服されるのが普通である。 

( 中略 )  

さらに、ビジネスで成功している人は、そのエネルギーを 

限られた部分に集中させているのが普通である。家族や 

社会の教えに従うのが得意だった。つまり、親や教師、 

上司らの言いつけを忠実に守ったからこそ、ハシゴを 

上ることができたという人が多いのだ。( 中略 ::

陽秋>自分の夢を周囲に対しての遠慮から諦めていて

成功した場合は、それを隠し、成功者のイメージを 

何がなんでも守りたい、という内容 )  

負の感情やシャドウの中身は、意志の力で追い払うこと 

ができると思うかもしれないが、それは希望的観測に 

すぎない。(陽秋>それが前記した、精神状態が異常な

感情の空気に包まれてしまっている、ことを指す ) 

確かに、「そんなものは存在しない」と言い切ってしまう 

ことは、ある程度有効だ。好ましくないことをシャドウに  

隠すことは、人間として成長したり、社会に順応したりする 

うえで必要なことである。シャドウを隠さないのは犯罪者 

や、社会から追われてしまった人びとだけだ。目標に  

向かって進むなら、自分の長所を足がかりにするのが 

一番だろう。しかし、自分に暗い側面があることを否認したり、 

そんなものは克服できると想像したりすることは精神衛生上、 

危険である。(陽秋>精神衛生上よくない、ではなく、危険! 

なのだ)  」

長い引用だが、それだけ付け加えることがなく、僕と一致して

いる。または、本の記憶が潜在意識にまで到達している。 

著者が強調するのは、シャドウが人には必ず、存在することだ。 

それを軽く考えたり、押さえつけようとしたりするのは、僕らの 

本性、人間性に逆らうことであり、危険だということだ。これが 

あとあとしっぺ返しの素因になるのだから。 

織田信長が光秀にしっぺ返しされたのも、信長の自我肥満が 

素因になってしまったという、このシャドウを放埓に野放しに

した典型だろう。 

フロイトに並ぶ大心理学者のユングは、シャドウに否定的な

面だけではなく、宝物が秘められているという頁があった。 

:: (同じく、同著から引用)  

「 暗闇に隠された黄金  

成功を収めた人は誰でも、成功しなければならないという 

使命によって、自分のなかにある宝物から切り離されて  

しまったような感覚をいずれ持つのではないかと私は考え 

ている。ここで言う宝物とは、うまく手に入れさえすれば 

自分に充足感を与えてくれるもの、そして世界に貢献 

できるもののことであり、自分のシャドウのなかから

見つけることが多い。ユングはこのことをシャドウのなかに 

「黄金」があると表現しているが、自分のシャドウについて 

詳しく知ることは、人間として成長するうえで必要なこと 

である。 

ユングは自分の心の闇を探り、人間が成長し適応していく 

ためには、シャドウの中身を調べることが不可欠だという 

結論に達した。「無意識から引っ張り出したこの物体を見て、 

私は文字どおり言葉を失った。これが何であるか理解でき 

なかったし、形をつかむことすらできなかったからだ。ただ、 

何かすごいことが自分の身に起こりつつあることはわかって 

いた。これが自分の人生を満たしてくれること、そのためには 

どんな危険をも厭わない覚悟ができていることもわかっていた」 

(陽秋>無意識に通じると、なんでも確定事項として感じてしまう。 

それで初めてでも、ユングのように「覚悟ができていることも 

わかっていた」となってしまう。初めてで「わかっていた」は矛盾 

しているようだが、感覚のことなのだ)  」

他に、ユングは:: 

「シャドウは「子供っぽい、あるいは原始的な特性を含んでいる。 

・・・・・・・人間を活性化し豊かにするが、しきたりによって禁じ 

られている特性だ」という。  」    (陽秋>子供っぽい、 

ガキっぽさではなく、天真爛漫さがその一つということ。社会 

で天真爛漫さでは生きられない)

また、コニー・ツバイクは元心理療法士で、編集長でコラムニスト 

だが、シャドウエキスパート(シャドウ分野の高度な知識・技術者) 

として知られている。 

:: (同じく同著から引用)  

「シャドウを観察する「シャドウ・ワーク」によって、次のような  

成果が期待できるという。 

■自分が何者であるかが詳しくわかり、自分をもっと純粋に 

受け入れられる。

■不意に表に出てくる否定的な感情を鎮めることができる。

■自分の否定的な感情や行動に対する罪悪感や恥ずかしい 

という感情から、今よりも自由になれる。 

■自分が下す他人の評価が投影というメカニズムによって 

歪められていることを認識できる。

■真摯な自己分析と率直なコミュニケーションを通じて、 

人間関係を修復できる。  

■絵を描いたり文章を書いたり、夢を見たりすることで 

想像力を働かせ、一度否定した自分自身の一部を 

取り戻すことができる。 」、続けて、「がむしゃらに 

成功を追い求めても、シャドウに隠れている原始的な 

エネルギーに手を伸ばすことはできない。表向きの顔 

を維持したい、自分をコントロールしなければならない 

といった気持ちがあると、それが足かせとなって喜びや 

悲しみといった感情を素直に表現できなくなる。(中略) 

そして自制の苦しみから逃れるために仕事中毒に 

なったり、ドラッグやアルコールに溺れたりする人が 

いる。精神科医のアン・ウィルソン・シェフは『中毒になり 

やすい組織』と題した著作で次のように述べている。 

「人間が個人として完全に機能するためには、愛や 

思いやりが必要です。中毒のような行動は、愛や 

思いやりがないという現実を否定するためのひとつ 

の方法なのです」    」:  



人間の心理から自己を養成しようとするのは、ややも 

むなしさが伴う。だが、それも行動していくうちに忘れ 

てしまう。そこに人がいるのだから、常に可能性が 

あるということだ。  

最後に書ききれないので、その標語だけをいくつか 

挙げておこう。:: 

< 成功を持続するリーダーの原則 

リーダーに欠かせない要素は何か・・・・ として 

長続きする組織のリーダー 

組織のシャドウに光を当てる 

秘密を排除する 

批判してもらう 

闇に光を当てる 

自分に合った仮面をかぶる 

支援を求める 

過ちを認める 

通報者をほめる 

失敗の経験を共有する 

成功例だけでなく失敗例も振り返る 

自我肥大と闘う 

自ら「道化」になる 

バランスの取れたものの見方を保つ 

信用を分かち合う 

深く学習しながら教える 

仲間とともに道を究める 

多様性を奨励し称える 

組織の文化をつくり、伝える 

などなど ・・・     :: 

もう一度、著者はジョン・オニール 

邦題「成功して不幸になる人たち」ダイヤモンド社 

標語についてはそれぞれ、短い説明が載っているので 

各自知りたければ、参照されたい。 

28年前にはこの本がアメリカで上梓されていたことを

思うと、アメリカの精神文化の進行の早さをいささか 

恐れる。心理面はいい面ばかりでなく、それ自体の 

シャドウもあって、僕はそれは好きではない。それだけ  

社会が病んでいると感じてしまう。だから、僕はそれを 

参考にしながらも僕らが日本人である理由を問いたい。 

どんなに戦後にGHQによって戦争の真実が隠蔽されようと、

不可思議な心の事実は残っている。なぜ、僕らは日本人

なのか? それがどうして忘れられたのか? 

僕はまだ終われない、と思うのだ。



  



 

                                 

 








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寝る子を起こすのは誰? [夢想]

なぜ じっとしていなかったのか

眠かったのなら  なぜ  寝ていなかったのか 

あとから  そう聞かれても  

答えられないことが  多い  

僕は  いつからか  暗さが  

わからなくなって  そこに  

落ちることができなく  なっているから  

子ども のように  

自分を うまく 説明できない  

どこへ行っても  どこにいても 

見るもの   見えるもの、 

それは 背景に  影の世界を  

抱えている   

朝は  まったく  同じ景色で  

開かれるのに   そこに  

新しい 空気の匂いを  感じている  

これほどに  新しい1日を  感じているのに  

それを  喜んでいるうちに  

すぐに  日は暮れて 行ってしまう     

体は  目覚めるのが   遅い  

その頃には  僕は 期待と  高揚感で  

疲れてしまっている  

なにか 別のことを   してしまい  

そんな 失敗の、くり返し   
  

畑の囲いの  鉄パイプが   意外に 

頑丈で  寄りかかれる  

葉物野菜は  収穫期を 過ぎて  

厚い葉が  開いて 

花の芽が  中から  顔を のぞかせたのも  

僕は コミュニティの キャラバンバスに  乗った  

初めては 乗ってみないと  知らないことだらけ  

交通カードが 使えない  

おつりが  出ない  

運賃箱は アクリルで  運賃は  

箱の底に  雑多にあるまま  

運転席からは  小銭を下に落とすレバーが  

コロナ除けの  ビニルシートがあって  下ろせない  

乗客が 下ろすのでも あるまいに  

バスに 乗りたかった  

平凡な 一日は  こうして   走る  

いつもは歩く  近所の道も  

バスの時刻表で  来る時間だった  

乗ってくれと  言わんばかりに  

僕は こういうのに   弱い   

一度は  乗ってみたかった  コミュニティ・バス  

終点の  さがみ野駅まで  

そう、  

休日は  バスに乗って  

どういう運転を するのか  

一緒に バスを運転する  気になって  

そう、 

休日は  バスに乗って   



なにも なくなってしまった   午後  

帰りのバスまでは  1時間以上  

マクドナルドは  店の外まで  人の列  

歩き始めた足は  交差点を  

僕らは どうして  信号に合わせて  

交差点を 渡ろうとするのか?  

そんな 当たり前なこと、  考えてみたこと  

なかったな  

原点というのは  僕らの過去の 頭の 

ことなんじゃないか、と  考えた  

それもそれも  いつもと 同じ歩く道も  

どうでもいいじゃん、   と思えてきた  

どうして  また  同じ道と  僕らは

考えるんだろう?  

それもそれも  いつもと同じ考え  

やはり、  

どうでもいいじゃん、   と  

僕らは  類似の場所や  似たことに  

当たると  同じことを  考えている  

順序や  規則や  記憶を わざわざ  

尋ねている のではないのに  

どうして  わざわざ  退屈の罠に  

嵌(はま)ろうとしてしまうのか? 

違うことをしていても  同じパターンの  

過去の時間や 一日を   引っ張ってきて  

無意識に   毎日毎日、同じと 

言い続けている  

僕らの  この習慣は  なんだろうね?  

なにが  そうさせるんだろうか? 

僕らが  開放感・解放感を 求めるのは  

たぶん、  そのせいじゃない?  

自分が作り出している、  その退屈オーラの  

せいじゃないのか?  

なにかを  予定して  それに  自分を

あてはめてない?  

次から次へと  自分の行動を  はめ込んでいるのは  

自分なんじゃ ない?  



晴れた 昼間は   活気がある  

静かな  夜は   透明だ  

それでも  それは  同じ新しさを  

秘めて  包み  隠し持っている  

それの  そのものは  同じように  

感じられるのだが、 ・・・・     
 

明るいか  暗い かなんて   
 
ほんとうに 区別するほど  

大した  違いなのだろうか?  

小学校の頃の  夜の道の  怖さは  

格別で  闇があった  

今は  闇がなくなって  

夜に 歩くことは  不審者と思われるとか

不法侵入とか  社会からの  他人からの

制圧感があって   闇のダークな怖さではないけれど  

妙に  肩身が狭いのだ  

夜道は  歩いちゃ いけないような、 ・・・  
 

だから  僕らは    それだけで  

僕らの 意識は  自由ではないのだ  

昼間、  自由だと思っても  それは  

夜には  肩身の狭い  自由になるのだ  

カタコト   バキバキ   バキバキ  

機械が  突進する   街が  暴れる  

萎(しお)れた 田園都市   汽車は  

行ったっきり   

バコボコ  バコボコ  ロッチターン  

と、  そんな風に  壊したくならない?  

なにか  現実的、とか  リアル的、とか  

求めたくならない?  

それは  もう 実現されて  久しいよ  

なんにしても  「的」 なんだけどね  

僕らが  求めるものは  隠しても  

気づかれてしまう   

それで  そういうものが  街に  あふれる  

そういう単純さが  世の中と言ったら  

笑う?   

おかしい?  

可笑しい?  怪しい?  

でも  そういうことが  感じられなくなっている、  

それが正解のことも  あり得るね  

それが なにかであるようで  もう  

あるは無しに なっている  
 

負けたくないから   勝ちたい   

死にたくないから  何度でも生き返る  

それこそ  もう  実現された 僕らの  

バーチャルの 世界 だよね  

もう  その望みは  叶っている  

現実を知らない というより  知りたくないから  

バーチャルで  叶えさせてくれるのが  

僕らの  資本主義だろう  

そう考えてゆくと  いくらでも  知ることが  増えて  

なにかを  知り続けることは  

同じ  ゲームを継続しているのと  

同じになってしまうんだが、 ・・・ 
 

猫の  癒し喫茶も  できたし、  

草花を  見たり、聞いたり、  

成長に 心を 寄せたりは  そこに  

生き物の 匂いを  感じ取っているようだ  

生きているものが  人を幸せにするのは  

よく知られている  

それはまた  僕らの過去からの  

絶大に  長い  伝統や習慣によって  

育てられた 感性でもある  日本の、  ・・・ 

つまり   それは  真には  

新しさではない、と 
 

朝起きて  やってくる  新しい1日なのか、  

僕には  疑問で   わからないこと、 だ 
 

雨が降っても  同じなのだが、   

それは  新しい、     だろうか?  

それは  生きる糧  なのだろうか、 なっているだろうか?

雨に濡れたら  着替えなきゃ、とか 

洗濯物が  増えるからとか、  風邪に、 とか?

昔々の、  古代の人は  いくら濡れても  

平気だったんじゃ? と 考えたろうか? 
 

子供は  水たまりに バシャバシャ  やろうとする、 

その楽しさは  古代も  同じだったろう 

忘れた?  もう  数千年か 

忘れたか、  そうだよね  

紳士淑女、諸君   君たちは 誰?  

誰、  なんだろう?  

もう  そういうことも  思い出さない?  

そうだよね  

もう  遠いこと、  

僕らは  子供によって  新鮮な気持ちを  

取り戻したり  している  

子供の世界が  新しいのは  知っている  

でも、  別なことを  教えなければならない 

どうして  魚の胎児も  人間の胎児も  

初めは  同じ形なのか?  

どうして  進化を 母親の胎内で  

短時間で  やって  生まれてくるのか、  

なぜ? 

僕らは  何?   そして、 何物? 

人間  、 ・・・って  



そうか。


紳士淑女、諸君   君たちは 誰?  

誰、  なんだろう? 
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誤解と理解の前提をいう [知の思考]

脳というのは雑多なものだ。雑多だが、どんなものとは言えない。

それだけ解明がされていないのだが、それにしてもひとつの

世界では、ある。 

脳の一番の機能は地図を書くことだ。それは具体の地図もあるが、

主に、もの・ことの様相を概念化して、区切りや枠を与えて、現実を

別のもの(=概念>数式や論理)で比較して表現する。ほとんどは

その国の言語が使用される。

わかる、というのは意味深な言葉だ。理解するというのは、もの・ことを

実際に概念化して現実と分けることだからだ。この「分ける」が理解する

という「わかる」になった。例えば、僕らの体を細分化して調べれば、

何で構成されているかがわかり、体を理解できると考えるようなものだ。 

だから、古代では原子という見たこともないものを、想定して物質の

極小の形だと考えてみたのだ。 

それは海は水からできているから、酸素と水素を突き止めれば、海の

正体がわかる、と考えたのと同じだ。

それはわかるということを、ほんとうに明らかにしたとは言えなかったが、

物質を実証的に役立つ形でうまく固定化させることができた。それは

概念化のことを言うのだが、その結果はいつも一面を固定化させただけ

なのだから、実際にその法則を利用しても現実の物質の性質が邪魔して

実用化するためには、様々なトラブルを解決しなければ、冷蔵庫も洗濯機

も生まれはしなかった。が、その着火する役目は果たせたので、化学・

科学は数学の概念を利用して発展をした。青写真から製品までには

いろいろなトラブルが発生するのは当然のこととして、本質の問題とは

捉えられることはなかった。 

だから、僕らは科学や数式を信頼している。数千年前の算数からでも

子供に教えている。その基本概念がないと、それらで作られたそれらの

機械や規則を理解できないからだ。もの・ことが本来そうなっている

からではなく、僕らがそういう風に使うものを作り、ことをそう言う論理での

規則に定めたからであり、自然界も大まかにとらえられているように見え

るが、それはそういう言葉がないと話が通じないのと意味は変わらない。 

僕らはこれまでにどれほどの風景写真・画像も撮って来たし、どんな

映像もCGで作り出せるにもかかわらず、やはり、自然の新しい映像に

惹かれ、それを信じて、カメラでそれを捉えようとする人は後を絶たない。

もっと見える人は画家として、同じ花を40年も描き続けていたりする。 

この動き、変わりゆくものを見るのが楽しみであるのは、本能とさえ

思えたりする。僕の父は認知症になって、おかしくなってもしばらくは

窓の外の車やバスが通り過ぎるのを眺めるのを楽しみにしていた。 

自分の視界を遮る場所に同じ認知症の入所者が坐ると、怒って

どくように文句をしたものだ。 

今は科学は理論物理学が花形で、それはマクロ(宇宙)を扱う

相対性理論とミクロ(素粒子)を扱う量子論に二つに分かれた。 

アインシュタインは量子論を初めから知っていた、半ば作った一人

だったが、粒子の現れ方が確率でしかないことを認めたくなかった。

それで二つを統一する理論を晩年まで探っていたが、見つけられ

なかった。 

僕にはこの分離した理論同士は科学の成功した形ではないかと、

予測しているが、半分だ。 僕らがそれをほんものだと錯覚する

ためには、視覚映像なら簡単だが、視覚映像だけでは僕らは

実感をもてない。ただ種明かしを見せられても、まだ混乱してしまう

だけだ。自分の手足を隠して、マネキンの手足を見せて、実験を

用意する。自分の手足を触覚で、つまり、偽の手足と同時に触って

錯覚を起こさせると、偽の手足に危害を加えようとすると、恐怖が

走る。

それは自分の手足ではないのが見えていても、触られた後では

錯覚だとわかっても呑み込めないのだ。実感を基にして、錯覚を

疑えないのだが、その恐怖は起こる。すると、恐怖は頭の錯覚で

実感ではないこともわかる。 

僕らの触感や情感はわかる感じが違う。脳は、たぶん、その

どちらかを利用しないと、実感を想像させられないのだろう。

それでも視覚の世界のことで、犬も抱いてみないと、その筋肉

や体毛の質感、柔らかさは感じられない。そして、それは映像・

画像よりも僕らに「犬」を強くそのまま感じさせる。画像はまず

吠えないだろう、鳴かないだろう。その情感のある動作の何とも

言えないものを、人に伝えないだろう。 

わかるというのは、そのものを別の形(言葉)や映像にして

視覚や夢(脳のあいまいな映像)として記憶させることだ。悪く

すれば、同じ言葉で幾通りもの解釈を許す言い方をすることも

できる。 

それは同じことを聴いたり、読んだりしても、およそ同じとは

言えても、似ているが微妙に違うからまるで違うまで、様々な

理解を生んでしまっている。だから、よく言葉だけで理解するのと、

ほんとに理解するのは違う、とか言われる。聞いてわかったと

思った授業を家で復習したら、わからなかったということがある

のも頷ける。 わかった気になったのは言葉だけだからだが、

小さなけがでも痛かったら、記憶から抜けることはないだろう、

しばらくは。痛いのは「わかった」よりももっと直接な体験なのだ。

嫌でも痛いと「わかってしまう」のだ。

細々と書いてきたが、要は僕らはわかったと、わかった気になった

とは区別できていないほど、日常では聞いて、読んでわかった気

になっているということではないか。

ほんとうにくり返しくり返し、同じようなことを書いている。 

本を読むというのは、僕にとって他(人)を読むということだ。それは

困難に足を踏み入れることを意味している。脳や感覚の世界は

広いので、僕は大まかに書くために、その全体像が欲しい。

全体を知るには、多方面からの検討がどうしても必要だ。それで

1冊の本を読むとは、大抵30冊の本を資料読みするというのに

他ならない。どういう意味で著者はそういうことを言ったのか、十全

に書かれていれば、読めば必ずわかるので、読むしかないだろう。

僕の読んでいる1冊はこの世のすべてを知る、という1冊なのだ。

それは人間を本質とする。

となれば、僕が本の読後感想をあまり書かない、いや書けない

理由も想像できるのではないか、と。

ひどい理由だ。世界の、地球の歩き方から病院選び事典、理科年表

から世界史、昭和史、野に咲く花、動物行動学から周恩来秘録とか、

挙げるときりがない。トンパ文字とかウルドゥー語やカタルーニャ語

などあまり聞いたことのないものも好きで、購入してしまう。 

僕らは誤解から離れられない宿命を背負っているようだ。それが

「わかる」ということだからだ。どんなに良くても鏡にそれを映した

くらいで、それでも鏡ならどうしても逆さまに映る。知は僕らを

自然のもの(表現できないものも含めて)から頭の中に別なもの

を投影させるから、それ自体が「そのあるもの」からとは違うもの

なのだが、それを判断する形で獲得することを「わかる」という

ことにしたのだ。それがそのまま、本当も嘘も「わかる」、という

誤解(=認識・世界観)になったのだが、それは学校で教えて

いない。教える先生もその誤解の中に子供のころから染まった

のだから。 

僕の言うのは、わかるというのはモノ・コトの理解の一側面を

担ったもので、モノ・コトは僕らのモノ・コトになる。それは理解

されれば、その人のその現時点でのすべての正解になる。

だから、真実を語る、というのは厳密に、また実際に私の真実と

認めたものを語る、ことになる。真実そのものは、ない だろう。

どのことの、なにについて、どんな時の真実についてなのか、

そのほうが重要だ。より客観的に迫って、距離が縮むからだ。



どうだろう?こんな処で今まで言ってきたことのより理解への

手助けになっただろうか? では、よろしく。



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夢は感傷的に、もっとセンチメンタルに [感傷]

僕は  学び屋 だった。  なんでも、 なにかから

課題を見つけて  そこからそのテーマを  自分の

ものとして考える。   そんなことをしてきた。  

そんな学びが、 長くあった。  

映画やTVのドラマ番組を観ても、 そこに感情移入する

のは、あまりすることではなかった。感動は来るときに

くればいい。それよりも、その主人公なりが、どうして

金を稼いでいたのか、このストーリーのどこで生活費が

出ていたのか、工面できたのかは、最も気になること

だった。中学生の頃から、経済学に興味があったが、

当時の経済学はまだ未発達で、人心の流動性や

無意識な購買傾向という心理の考察にも欠けたもので、

肝心の金融のバックについてが抜け落ちたものだったので、

役に立つものではないと、わからなかった。 

ただ経済が世を動かしている原動力の一つだという勘が

あった。そういう学びの傾向は、それでいつしか経済には

向かわなくなった。1番ではなく、2番以下になったのだ。 

それでも上位だった。  

だんだん、お金がどうでもよくなってきたからだ。お金を

自分の運命から除くのは、ふつう怖くてできない。生活は

どうなる?とすぐ不安がのしかかるからだ。 

この時の課題が、お金なしでもどうにかなる、もしくは

持っている人から、金のある処から調達すればどうにでも

なる、と思うことだった。 

まるで笑い話だが、お金なしでも生活できるのじゃないかと

考えた。それはバイト生活で資本主義がどういう下層住民

を生んだかを見てきたバイトや下請けで長年苦汁を舐めて

きた生活熟練者が思うことではない。逆にお金の儲け方とか、

貯め方、投資の仕方、商売の仕方とか、集中するようになる

のなら、わかりやすいのだが。 

僕にはお金が見えなかった。僕らが同じ営為でお金なしで

同じ仕事をして、同じ作物を作ったり、事務仕事をして、

同じ生活をして、そのお金がしていたやり取りを、誰もが

見えて納得いくものになっているのだったら、その具体的な

方式やソフトはできていないが、そうだとして、僕らが自然と

社会生活を営為しているのなら、僕らはこのまま続けられる

のではないか、と。コインやお札は食べられないが、畑の

生産物は見えないお金で売られて行き、清算も銀行がする。

ただし、銀行はボランティアの仕事で、誰も金利は払わない。 

それがうまくいくかどうかは、まだ未確定な問題で不確かだが、

問題はそうであっても僕らは同じ仕事をしていられるし、物流や

販売で同じように店で消費を、つまり購買できるのではないか。

お金が世の中から消えてしまっても、畑や田がなくなってしまう

わけではない。衣食住は僕らの労働を対価にして続いたように、

仮置きにして仕事を続けることで、どこかの破産はどこかの

利益超過で調整できるし、衣食住に関わらないサービス業も

書類の山も、データの山も捨ててしまえばいいのではないか。

という、世の権力からすれば、とんでもないことを考えていた。 

それでは税金も搾取もペーパーマネーも成り立たないから。 

もっと単純に僕らがそれが正しいと50%が認めたら、それは

できてしまうのだが、その前にそういう価値観を共有しておかなく

てはならない。軍隊も警察もその国に必要な道徳律だけで

すべてを取り締まる。軍隊は要らないだろう。その時は

世界中がそういう認識で一致しているだろう、少なくとも

50%が。 

そうすると残りの問題は、武器を所有して、平時の民衆から

略奪・簒奪する者たちをどう阻止するか、となる。それもどう

にかなるが、答えは今、要らないだろう。  

現実に戻ろう、  

ある程度の現金は毎月必要になる。それは多額ではない。

自給自足に近い生活でも、山奥でも電気・機器が必要だからだ。 

そういう細々したことを問題ない、と割り切れない。生活が

あるから、と考える。だからこそ、そうではない、と僕は考えた。

それでどうにかなる、というのは信じがたいし、狂気の沙汰と

思う人も多いはずだ。 

そこに僕の反抗精神が応じて、自分を信じてみようと思った。

お金がなくても、そこまでいったら、どうにかすればなんとか

なるのだ、と。どうしてそんな無謀なことに、任せられるのか。 

それくらいなら、いや、それ以上に厳しいのがこれまでのチャレンジ

だった。そう思う。だから、これくらいのバカをやらないと、それを

越えられないのだ。生活は一人ではないから、子供が巣立つ

までは待たなければならなかったが、親の遺産もすべて使い

切った。生活費のことは大まかにしか考えずに、海外でできる

ことをしてきた。世界を、日本を知ること。 

3年前には借金生活になった。計算は強かったので、50万に

なった時に100万になったら、その返済と生活費で毎月いくら 

必要になるのか、はじいて初めてゾッとした。それまで平気で

暢気なものだった。就活もしたが、数か月、いやもっと落とされ

てもなんてことはなかった。そういう風に自分を信じてみたのだ。

でなければ、すぐに先のことを考えて、震えあがっていたのだろう。

なにも考えていなかった。それで計算をしてみて、初めてこれは

ヤバいとなった。何を今更、なのであるが、その時まで借金が

いくらであろうが、なんの心配もしなかった。そういう風に信じた、

と言ったが、それはそういう風にするまでには、なかなか葛藤が

あった。すぐに心で承知できたのではなかった。どうにかなる、 

というのは、どうにもならない時を含んでいる。その時はどうする

のか?その時に、僕は気がつかなかったが、無意識に山に

帰ったのだろう。暖かい日の、清浄な山の空気の中で草を食べて

いた。それだけだったら続かないだろう。ではどうするか? 

答えは簡単だ。食うものも食えなくなったら、飢えて死ぬのだ。

そう思ったら、肩の力が抜けた。なんだ、そんだけのことだった

のか、と。ほっとした。今までに幾通りに死んだだろう。今度は

肉体ごと、そうなるだけなのだ。なんだ、それだけのことか、と

ある程度は終活も必要だな、と思ったぐらい。  

それはもう10年以上前に思った想いと同じではないか、と

思い出した。その頃は生きるのにうんざりしていた。もう生きる

のは退屈との闘いばかりだという想いだった。その時は、

無意識に飛び込むという無茶をやって、また人生が開けて

しまった。 死や愛を具体的に感覚的に陶冶するように捕らえ

られた。  それは散々、書いてきた。  

100万になったら僕の労働や投資キャパで稼ぐのは大変と、

何年振りかでビビったら、あっという間に就職が飛び込んできた。

今までで一番楽なのに、一番高給で、数か月で借金が終えて

しまった。それから一年後だった、コロナに見舞われたのは。 

その前に、岩場で岩に頭を打ち、海に落ちて半分死に

かけたが、 ・・。 

確かに、平穏だとか、運がいいとか、ぴったし言えるような

生活ではなかったが、ひとつ、どうにかなっていることだ。 

なぜ、膝の激痛に耐えて、それを医者なしで治してしまえ

たのか?僕の意志を越えてそういう風に働きかけたのは

誰なのか? 強敵コロナで外に敵がいる時には、どうして

内部の敵?の持病は去年のようにぐずついたりしないのか? 

ぶり返さないのか? なぜ、なにもかもバランスが取れて、

一方的に負け戦にならないのか?僕は僕でライフワークを

それなりに相変わらず、進めることができている。 父は86

まで生きた。100まで生きる、と言っていたが、それがよく

わからなかった。 頭がおかしいわけではない。そうまでして、

100までという時間を自分でいたいという気持ちがわから

なかった。僕はもう生きるのはうんざりしていた頃だったから。


今はもうそのことに、積極的にも、消極的に死んでもいい、

とかは思わなくなった。恐ろしいほどに自分は変遷して、

めくるめく生活は変遷・変化するから、何もしていなくても。 

僕が今は5000冊だが、その本を集めた理由について

思い当っている。本は僕にとって、幻滅と夢なのだ。

現実に(ノウハウではなく)役に立つことはない。僕には

つまらないことばかりだ。それは全体の印象のことで、

本は僕に細かさで時々、新しい印象を与えてくれる。 

僕はその印象を夢に託して、新しい世界を創造できる

気がする。だから、いくら本があっても足りることはない。 

そして、まともに読む気も起らないのだろう、ただ、そこ

かしこを読む。最も贅沢な読み方になるのではない

だろうか?と思っている次第だ。その著者の言わんと

していることでは僕はうんざりするが、その述べる過程

で多くの宝が、宝石が眠っていると思う、思える、という、

そう云う訳だ。それで僕はその本の中身ではなく、本

という造形が本棚や部屋に散乱、積み重なっている

のを見るのが楽しいのだ。本という存在へ愛着を感じ

ているのだ。それで未だに、一冊を通して読むことに

こだわらないのだろう。本という物質が好きなのだ。 

中に夢がある、ということに寂しさや郷愁、時には

恐ろしいドラマ、あり得ない事件、そういうものを

予感させられる、それが好きなのだ。 

お金は要らない。僕は夢を食って生きる。 生きれる

だけ生きればいい。そして、終われれば、それが

いい、最高に、  ・・そう思う。 

そういう夢は、なにも本ばかりにあるのじゃない。

すべてが、     ・・いや、
      

朝の光りに、  

扁平な君でも  その横顔は、  

肩にかかる  長い黒髪、  

夕に 美しかった  枯葉の緑が しおれ、 

ブロック塀に 咲く珍しい花は  

取れば、 わずかな根も  涸れてしまうだろう、 

明日は  雨を 教える

野良猫が  エサをと、 前日に、 

風は  冷たく、  

陽射しは  あたたかい、  

1秒の狂いもなく、 信号が変わって

少し遠くから 歩いてきたのに、  

なんでもないのに   僕らは なにかであると  

信頼するものがあるのは  どうしてか、 

奇跡でもないのに  僕らは  

生かされていると、  考えるのは  変なのに、 

子供のころ、 

王子や お姫様、 

冒険や  英雄の話を  創っては 

それで   遊んでいた、 ・・
  

夢を 食むのは  同じらしい


・・・・そう言ってしまうと、雀のように

僕に群がってくる夢の子供たちを思い出してしまう。 

僕の愛する子供たち。 ・・・・・・・・・・・・・・、  

人間には ならない 子供たち、 


きっと   そうなのだろう  


いつまでも、  ・・・


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夏はウスユキ草に会う [夏]

選曲をしながら、だんだん何もかもがわかるような、

そういう幻想な中に入る気分になる。 

なにかでありたい、または なにかになりたい、と。 

それは自分を離れてゆく、遠い、 遠い、 気になる。 

自分を忘れたいのだろう。

どうして今の自分では満足ではないのだろう? 楽しく

ないのだろう? 

特別、なにかの苦しい、悲しい時間ではなくても、その

なんでもない時間に耐えられない。それは無意識に

自分と対面してしまう時間だからか? 

なにか心に気分を盛り立てたい。心動かされるもの、

そうでありたい。 夢を語るものが多すぎる。 

僕らは夢の洪水の中にいる。溺れても、アップアップ

しないし、さらにそれを求めようとする。

そこにはなにがあるのか? もしくはなにがないのか? 

寂しさは、どこから生まれるのか。僕らをなにに誘うのか?  

一人でいたくないのは、なぜなのか? 

この日常的なことが、よくあることがなにも問題ではないか

のように、日々はそれを無視して過ぎ行く。

物もことも、それらを背景にして僕らが要求をのみ込む

ように、立ち上がり、作られ、広まる。 小さなパレードや

お祭りごと、そういう飾りやショウウィンドウが花開くように

多くの製作者が集まり、いろいろと事業を展開させてゆく。 

この一連の大騒ぎをドラマ化するのが仕事であるかの

ように、一大事であるかのように発展させようとする。

そういう一連の作業が僕らの文化であるらしい。 

そういう一連の作業が僕らの目標であり、目的であり、

今や生きがいであり、それこそがなにかであるのだ。

皆がこぞって称賛して、その価値を高める。それで

自分たちがなにかである、と思うから?それで自分は

価値があると思いたいから? 

なにかを協力して作り上げる素晴らしさが、僕らの

なにかであるから?  そこには確かに、なにかがある。 

僕らの精神や心を形にする、なにかがある。でも、

それは幸運な仕事の部類とか、運よく自分に合っていた

ツキとかに分類されると思う人は、すべてがそうではないと

知るほかはない。そこからも寂しさは生まれているのかも

しれない。

そこでは逃避の恰好で夢を見るのだろう。そういう人たちが

少ないのならば、金が稼げる風のプロのスポーツ選手や

映画俳優とか、テレビ局にCMで大金を払う企業もなかった

だろう。 

どれほど夢を見たがり、それを憧れる人がいれば、社会は

こういう風になるのか。バーチャルのキャラクターが死ぬと、

実際に葬儀をしたり、なんらかの舞台が設けられ、そこで

演じたりする。現実に存在しないものに価値を転嫁させる

のは何がそうさせているのか。それは僕らに違いない。

これは僕らがそういうものを創造すること、単に想像する

のではなく、そうしてきたことを望んで、長く長く、くり返して

いるのではないか、と考えてしまう。

僕らは心に誓うと、ほんとうにそうすると、それを創る能力

がある。インドの聖者のひとりは、ただの人だったが、古く

からの伝統の女神に会いたがった。何年も希求して、もう

これまでと、あなたが私の前に現れなければ死ぬ、と

決心した。そして、息も絶え絶えになり、気絶してゆく、

その中で女神は現れ、彼はそれを信じ、教えを説くように

なり、聖者になった。僕はインドでその聖者に縁のある

ホテルにしばし、泊まることになった。 

人が思いつめると、どうしてその現象がその人にとって

はまるで現実のように心に結晶化するのか。人は

死ぬ前にどうも自分を助けるように思えてならない。

(精神の死についてであるが)インドではそうして

生まれた神が多いように思える。その人が神という

バーチャルを固定化する。それが強いと、他の人にも

それが見えたりする。それほど、人の一念は強い。 

その人にとって、その神は真実になるだろう。

初めはバーチャルだったかもしれないし、誰もの神には

ならないが、その人にとってそれが中心を占めてしまう。 

聖者もなにかが貧しくて、そこに希求するしか自分を

救うことができないと思ったのだろう。それはその人の

人生なので、誰かが無理強いに否定することじゃない。 

でも、僕はその道を取らなかった。 

そう言えば、なぜだろう?それは僕には当然のことに

思われて、疑問には感じなかったからだ。寂しさから

神を創ることで、心を平安にしなければいけなかった

人はいるだろうけれど、僕はそうしたくなかった。

僕は人間として人間でありたかった、たぶん。神という

イメージは人間が作り上げたものだから、決まっている。

僕らを愛し、僕らを守り、僕らを平安に導いてくれる

ありがたい存在として、皆イメージしている。  

だから、だ。僕は自分に守られ、自分を壊したら死ぬと

思っていた。ある意味、それは正しい。それにはエネルギー

と柔軟な駆け引きが必要で、かたくなな心ではなく、また

肝心の処で踏ん張りきる力が内在していなければならない。

でも、そうではなく、自己を突破する者は無意識にでも

そうして来た、過去には多くの者が。

僕の場合は悲惨なほうだったのだろう。半世紀も死と

隣り合わせで生きなければならなかった。それは非常な

緊張とむなしさとを伴った。それに釣り合うエネルギーが

求められ、精神的にはタイトロープの上だった。 

だから、僕は一般的な神の概念を推奨しない。安心を

求めるのは安易さを容認してしまうことだと、思ったから。 

でも、今からはそれを解除しようと思う。そういうものが

あろうがなかろうが、僕らが人間であることには変わりない。 

蟻は蟻だ。僕らは人間以上にはなれないし、その必要が

ない。と、今は言えるからだ。

僕の前に、これだ、と言えるようなものはなにもない。 

それはそうだ、というものではなくて、僕がそうしたのだ。 

世界が理解できたら、それをすべて捨てる、それしかない

と感じたから、そうする。それだけの話なのだが、あまりに

単純なことで、理解しがたいかもしれない。 

こうしゃべることが、いかに気持ちいいものか。それは

プライドじゃない、素直さのことだ。ほんとに思っていること

を、これがそう、と言えるのは素晴らしい。なにかそれを

小難しく証明するように言ったり、言葉を工夫しなくていい。 

ただただ、それだけを言う、それだけだ。 

ひとつひとつ取り上げて、これがすべての証明だみたいな

話や論調はいらない。今まで散々言ってきた、言うことは

なにもない、というのがほんとうになってしまった。そんな

感がある。あるよ、ほんとに。 



清明さ、という  

山脈が  連なる、  

荘子は  そういう時に  巨大な 

鳳凰になり   天地を  抱きかかえた、 のだろう  

羨ましい  

まことに    まことに   

稀有壮大*、  という  

人が  世界になる、   そういうもの  

僕は  街と コラボして  

夏には  薄雪草と   会って  

電車では  駅弁を食べ、  

また  

縄文や  アイヌの人に 

逢いに  行きたい  





*
正確には、「気宇壮大」らしい。が、この書き方が

広まっている。定着することもある。
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もの憂い明日と [もの憂い]

我思うゆえに我あり、を考えると、我、我を守るゆえに

我ありに行き着いてしまうので、どうにかならないかと

思ったりする。  デカルトは全く違うニュアンスでその

言葉を言ったのだろう。なにかしらの存在証明であるか

のごとくに。

デカルトはその意味では健康だった。  理性は健全な

働きをしていただろう。 現代では理性はそれほど安全

な地位の上で活躍するには、狂気や病気が幅を利かし

て、動きにくくなっている。 


この ゆるい 動き  

もの憂さ、   そう言ってしまうと  

なにもかもが  その幕を浸透して  

出ていってしまう ようだ  

Say、 グッドゥ バイ、  と  

難民が  国境を越えるように  

遠い旅に  立とうとする 人たち 

僕は   ここで   

思索を  していなくては  いけないのだろうか  

なにかを  求めて  

どこかへ   出かけては  いけないのだろうか  

でも  そうなんだ、   今は  

ここに  留まっていたいのは  僕なんだ  

どうして 

突然、  ・・ 

わかってしまったんだろう? 

・、   ・・、   君を  

待っていれば  いいのだろうか? 

これからは  

苦痛、    悲惨、   それを  

眺めるだけ  なのだろうか  

これだけ  輝く 可能性も  見えるというのに 

ちょうど  この、 ここに  

留まれ、 と言うのか  

チャンスを  掴め、  と言うけれども  

狂った パレードに ついて行く 他に  

どんな 日の過ごし方が   あるんだろう? 

All The Time  

白い煙で  見えない  

ガラスの 灰で   眼が痛い  

窓越しで  世界を  眺めるために  

家に  帰るより     ないのだろうか? 

日々が  

もの憂い、  


この  ペイン、  

僕は  これを  待っていたのでは ないだろう    

世界は  なにも  期待したり、  

期待されて   いないのだろうか?     

まだ  戸惑いは  感じられないが  

これから  潮が   満ち始めるの だろうか?  

僕は  君を    待っているのだと、   思った  

君に逢う 前に  こうなるとは  

思いも  しなかったんだ  

僕は  なぜ、  ここまで来たの?  

これまで  来ることに  意味があるのじゃなかったの?  

そのために  ここまで  来れたのではないの?  

まだ  なにかを  発掘する時間が  

あると、  それは 誤解?  

僕に  なにが  できるのか  

これが  僕たちの  望むことなのか  

自然の  節度、 なのか  

冷静に  なれば  なるほど  

これまでの ストーリーが   見えてくる 、 

恐ろしい ほどに  

どういう 仕掛けの  戦いだったか  
                                    

そう、  そういう解釈も  成り立つ  

スリリングに  

刺激が  酸っぱいくらいに  

そう   反理性的に  反カント風に  

だから  

心で  弄(もてあそ)ぼう     

この 気の滅入る  サーカスを  

まだ  なにか  

そう、  なにかという 

一手が    ・・あるはずだ  

氾濫を  反らしてしまう   水門が  

それを   見つければいい  



もの憂い日は  まだ  しばらく  続くのだろう。  

この街をもう一度見るだろう。 陽光に照らされた歩道を

吐息で明るい色にするだろう。続いていることを証明する

ために僕はジェット機に乗るだろう。 

機内で開くページは重いだろう。パリパリに音のする本は

ただもの憂いにちがいない。 話声で声をかけられたかと

思ったが、この狭い空間でもまだ日本なのだった。 海外で


機内で声をかけられるのは普通だったが、国内ではほぼ

経験しない。まるで村のようだ。知り合い同士で話す。 

少し慣れるくらいがいい。慣れすぎると、うるさくなる。 

トランジットをどうやってこなしたか、もう覚えていない。

誰かに聞いただろうか? 

海外でよかったことなんか、あっただろうか?気がつけば

一番教えられたのは、自分が日本人だということだ。 

習慣や常識、というものがまるでその質が違う。その反射で

自分が日本人であるのが嫌でも反省させられる。僕は

日本人を無意識にやっていた。それを知った。アジア人だ

というのは香港に4回も行って、東京駅に着いてから、そこ

が香港にまだいる気になっていたことで、だ。 

不思議に香港人がわかっていたのに、東京駅で区別が

もうつけられなかった。ベトナム人も、中国人も同じ

だった。最近も、これが何人の特徴だ、というのが日本人

にも同じように見られる、と感じ続けている。島国の感覚

というのがある、とは聞いたことがないが、僕にはある、

と思っている、良くも悪くも。 

香港で何をするのか、というと、最もするのは歩くことだ。

歩いて歩いて、香港の空気を自分のものにするのだ(?)。

18000歩も歩いていた。

日本はジャングルの街は少ない。空気は清潔だ。それが

大きな違いだ。見えない空気が渦巻いていることがない。



でも 明日はまだ、  もの憂いのだろう、   W i ッ。 




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