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善悪の枠はなにも超えない [善悪]

人は自分の成功例をよく覚え

ていて、失敗は早く忘れようと

するのか、その成功例から自分

の正しさを組み立てようとして

いるのを感じるのは、僕だけだ

ろうか。

それで自分の意見でも疑う傾向

があるのは、自分の内では想定

内のことで、当たり前な感覚に

なっている。(自分を理由もなく

信じるなんて!?)

それが僕が闇に教えられたことで、

そのまま出発点ともなった。

20代の時には光り輝く神秘を見た

が、解釈しようとはしなかった。

見ている非生命の金属(金網)や

鉱物(家壁)が心のなにかとコラボ

して、内面的にとでも言うのだろ

うか、或る晩からその時間に毎日

光り輝き、僕は最初、非生命な

金属とかのものでも生命があるの

だと思った。

それはあまりにも心に温かく、

しかも錯覚では説明できない、

明確な映像だったし、それは

僕を活かそうとしている、命の

輝きを間違えなく伝えてきたか

らだ。毎日のその夕刻の時間帯

だったので、僕が毎日その時間

に幻想や夢に囚われたというの

は、なんとも不可解で、不可能

なことだった。どういう心理的

事実かはわからないが、僕の

心に写ったという事実は変わら

ないだろう。

考えれば、僕の心理的憂鬱を

疑うこともできるだろうが、

その生命を感じさせる神秘は

目晦ましだったとしても、それ

は僕に適応するように調理され

ていただろう。だとすると、話

はややこしくなる。そういう

現象を僕に見せたのは誰だった

のか、何だったのか、その訳は?

という新しい問題に発展してしま

うからだ。

それが心に展開された現象である

のははっきりしている。それは

幸福感に満ちていたからだ。失恋

後の憂鬱が2年続いた後だったの

で、僕は訳もわからず、ただそう

いう事実だけを受け止めて、それ

を解釈するのは誤解を増やすだけ

で、無駄なことに思った。それで

今でもそれがどうだったとか、考え

たことはない。ただ、僕の身に

起こったこと、それだけだ。そし

て、似たようなことはそれで終わ

らなかったから、

もっと慎重になった。わからない

ことに自分(の意見)を挟んでは

いけないという考え方をいつから

か、するようになった。

これはある意味、重い出来事だっ

た。

僕らの考えでは、一番には正しい

ことを指摘してやりさえすれば、

相手がそれをわかって訂正する

だろう、と考えることだ。これは

大方、失敗する。

正しいというのは、絶対の正義や

正則のことだろうが、それは夢で

あって実際には、僕らという各々

自分の意見が絶対だと思う正しさ

があって、食い違うのだ。

これは考え方の土俵の違いもあれ

ば、多くは僕らがその正しさの

種類や限界を見出すまで考えを

拡張し、その正しさの限界範囲と

適応世界を自分で定めるまで考え

込まなければ(陶冶)、細かい

現実に対応できるほどには役に

立たない。

足し算がわからない子供を叱る

母親のようなもので、こんな簡単

な事がどうしてわからないの!と

ヒステるが、「足すとはどういう

ことか」というのは新しい概念を

教えることで目の前の花や象と

いうものの名前を覚えることとは

全く違う考え方だ。

気持ちを信じる人にはこれに似た

傾向が顕著で、同じ人間ならなに

が一番大事か、気持ちだろう、と

いうことが金個条になっているが、

世の中は白黒だけではないから、

グレーゾーンを無視しがちだ。

人間は同じだ、という気持ちの

持ち方はある、が、その大事さ

だけではないものもあるのも

事実だ。

俺たちは果物(人間)だ。同じ

ではないか。と、バナナが言う。

ミカンも賛成するかもしれないが、

国が違うとかなり考え方の傾向

も異なってくるのも周知のこと。

それぞれ育った環境や出会った人

たちが違うと、その影響で考え方

は異なるのが普通だ。

同じ果物だ、ではかなり複雑な

現実社会では後々問題が起こり

そうな妥協案しかできないだろう。

そして、考え方や何々主義という

思想的統一でまとまるのも、実に

危ない話なのだ。

それらはその問題に応じて、分けて

考えられるべきで、気持ちや一つの

思想でまとまるべきではないのだ。


さて、ここで考えてみよう。どうし

て僕らはひとつにまとまることが

善だと考えるようになったのか。

それは「わかりやすいこと」が

ひとつ、もうひとつはその方が

人民を統治しやすいからだ。それ

は政治の統治教育という当然な

話になるので、「わかりやすい

こと」のほうを説明しよう。

僕らが仲良く協力し合い、助け

あって生きようということが

僕らの心のなかであまりに当然

に考えられていないだろうか。

少なくとも、それは理想だが、

正しいことでそういうふうに

できること、そういうふうに

なることが善いことに違い

ない、と思う事はしっかり心

の底にあるのではないか。

これは僕らが衣食住を分業に

して、それぞれに配分して

生産したものを寄せ合って、

社会を発展させてゆく、という

営為に一致しているからだ。

これが社会全体で公平に平等に

配分されて、うまく紙幣も回っ

て皆が満足すれば、大成功な

のだろう。

現実はそうなっていないし、

歴史を辿ってみても、地方で

一時的に成功した例は多くある

し、小さな部族では文化的にまと

まっているが、全体で小競り合い

や内戦などがなかった時代など

はない。百年もの戦争で疲弊し

きっている。

それをもって、それを批判すべ

きだろうか。だから人間は、とか、

だから権力はとか、批判の矛先

を向ければいいことだろうか。

それはある程度は、必須で必要

なことではあるが、根元の謎を

残したままにしてしまう。



こう考えたらどうだろう。お互い

の協力や助け合い、そういうものを

社会に必須で必要なものである、と

いうことを認めるのだが、それは

そういうことで認めるのであって、

それが本当は善でも絆でもない

ことも認めるべきだと言ったら、

どう想われるだろうか。

それが善だから、正しいことだから、

美しい人間性だからそうすべきだ、

ということを疑ってみたら?という

のだが。

僕らの真心はある。それは疑えない。

しかし、それを善だと認めさせる

のは、それに囚われることであり、

縛られることに結果、繋がってしまっ

ているのではないか。

これは僕らの問題だから、それぞれ

で考えてもらう問題だと思う。

これを展開させるのは、すぐには

必要ないと思うので、時期を忖度

してみる。


>>>>>>>

そう言えば、持っていても読んで

いないがニーチェの「善悪の彼岸」

は似たようなことを考えているの

だろうか。長いので、なかなか読む

気になれない。その後で個人的な力

の思想を展開したという印象だが、

そこは違うな、と感じる。ま、

あまり、読まないで印象で書評を

してはいけない。
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人間の能力の未来 [能力]

錬金術というのは賢者の石を

作る目的があったらしい。

その賢者の石というのは、今

いち何かわかりにくい。

簡単に言うと、どうも魔法ら

しい。不老不死とかなんでも金

(ゴールド)に変えてしまう、

魔法そのものの石というのを

作りたかった。その経緯も面白い

が、今は横道に逸れてしまうの

で、次期にしよう。

錬金術もどんでん返しがあって、

長い歴史で追及された錬金術の

金づくりが化学的に完全否定された。

それを決定したのは科学者ボイルで

彼はアリストテレスの四大元素論と

また錬金術師たちの信仰していた

硫黄・水銀・塩の三原質論を打ち

砕いて、近代化学を打ち立てた。

錬金術は夢だった。

ところが、250年と少しして、それ

までできないと思われていた元素の

変換が実験によって確かめられて、

水銀や白金からでも金が生成される

可能性が示された。そして、現在、

放射能が残るなどの問題を抱えなが

らも金は生成され得た。

錬金術は復活したのだ。トトロでは

ないが、夢だけど夢じゃなかった、

のだ。(ただし、コストはまったく

合わない。ゴールドに変換すれば

するほど損をする)

では話題は切り替わる。

藤井竜王・名人が7冠を達成している。

この藤井が連勝連勝で出てきた時に

藤井はAIを(当時はコンピュータ将棋

をと表現)研究していると、ブログに

さらッと書いたが、どう書いたかも

忘れたが、数日前の対局での解説で

そこら辺りが出てきたので、その通り

だったと確認できた。

以前から言うように、人間はコンピュー

タ将棋に勝てない。将棋は盤のコマが

9×9で限られている。ルールもそれ

ほど複雑ではなく、それぞれの駒の

動きも決まっている。だから、ここは

計算が成り立つ世界だ。それで計算力

が重要になるゲームだ。なので計算力

では半端ないAIが人間よりはるかに

優れているから勝つのは当たり前。

では現実にコンピュータと対戦して

コンピュータが将棋連盟の棋士に

負ける例があるのはどうしてかという

と、コンピュータの側でも、スーパー

コンピュータを使うわけではなく、

ある程度容量が制限されているから

だ。本来の力である容量を制限され

ているので、プログラム技士は闘い

を前半・中盤・後半・詰め、と容量

を振り分けてプログラミングしていく

のだ。

なので、どこに力を注入していくかで

振り分け配分が違うので、それが勝敗

を左右するし、時には後半で二歩は

禁止という初歩的設定をポカで忘れる

こともある。人間の棋士はそのプログ

ラムされた将棋ソフトと3か月の練習・

研究期間を与えられるから、それに

集中できるあまり忙しくない若手の

棋士がソフトのミスを発見しやすいし、

ソフトの癖を掴みやすいので、高段者

よりも段が低くても、コンピュータに

勝ったりする。

なので、スーパーコンピュータが相手

なら、名人でも相手にならない。

ところがそこへ登場したのが藤井聡太

だ。

これは想像だが、藤井は初めからコン

ピュータのAIが悪い手とされる手を時々

打つのを見逃さなかったのだろう。

普通の連中は長い間の歴代の名人などの

棋譜を研究してきて、それを信頼して

いるので、AIも時には悪手を打つものだ、

ですます。藤井はそこを考えた。なにか

ある、と。そこで自然にAI 相手に将棋

を指し始めた、といった処だろう。

そして、彼はAIを真似るかのように

読むスピードを増した。読む深さも

とことん読んだ。そして、いつしか

藤井将棋が出来上がった。

そうしたら、相手は見たことのない手が

どんどん指されるので戸惑い、ためらう。

過去の棋譜になかったのだ。対応した

ことがないのだから、そうなるだろう。

かくして、その遅れと臆病さが大事な

一手を先攻できなくする。勝敗はその

時見えていたのだ、藤井には。

それが48連勝とかしていた頃の藤井

だったろう。

そこで話が終わるなら、くり返しを

書いただけだ。そうではないのは、

そこに新しい光があったからだ。

まず、藤井の3一銀だ。

ある対局で藤井が指した手だが、解説

のTV画面にはその盤面での最善手が

AIによって示される。その3一銀が

最善手どころか5番手以降にもまったく

出てこない、コンピュータがよい手と

してはじき出さなかった手なのだ。

周囲は驚く。誰も予想しないし、AI 

も予想しないとなれば、騒然とする。

この3一銀に対応できなかったのか、

相手は負けてしまう。

AIは4億手から5億手を読んで、

最善手を表す。だから普通に考えれば、

3一銀は悪手と思われてもしかたない。

ところが、あとで検証したのだろう、

コンピュータに6億手を読ませた処、

突然、今まで出てこなかった3一銀が

最善手で出てきた。6億手まで読むと

それがよい手であると計算されたのだ。

これはもう神話だろう。

いかに藤井の頭でも6億手が読める

はずがない。が、結果、彼はそれを

指している。どうして指せたのか、

そこが問題だ。

闇の一手だったからだろう。闇は

もちろん、わからないことの例えで

もある。そして、実際にわからない

ことの、そのものでもある。遠回し

の言い方になってしまう、それが

僕らが未知だとしている感覚とか、

才能などの本質や方向のことだ。

藤井と指す棋士が言うのは、藤井を

相手にして、彼がより速く、より

深く読んでいる気がする、と言って

いることだ。彼ら棋士同士は頭の

使い方は同じような周波を有して

いるはずだ。同じ計算を盤面で常に

使っているから。

そこで感じるのだから、まずその

速さと読みについては正鵠を得て

いるのではないかと思う。

それはコンピュータの読みの雰囲気

ではないだろうか。藤井はコンピュ

ータのように考えているのだ。それ

がどういうことか、日本棋院の棋士

たちは全国から集まった天才たちな

のだから、それさえわからない僕ら

がわかろうというのは無理な話だ。

だから、ある程度比喩的に進めない

と、何も進まない。

3一銀と棋士の藤井への感触から

比喩的に想像すると、藤井はAIの

計算作法をなんらかの時と場所で

得たように思う。それは頭で理解し

たという通常の理解の仕方や認識

ではなかっただろう。AIの将棋の

計算方式からなにかを無自覚に

見つけ出し、それに乗り移ったと

考えると、藤井が6億通りの結果が

3一銀として出せたのも可能性が

ある。

AIの弱さは数字ではなく、感覚や

情に交えて比較・飛躍する問題で、

時代を超えたり、最善手ではない

行動をする歴史問題に弱いのはそこ

からくる。(数年前の東大入試だっ

たか、そこで失敗してAI は不合格に)

藤井が示したのはそれ以外かもしれ

ない。その可能性はいつでもある。


藤井はAIの思考法の塊を別な、計算

ではないやり方で吸収した。そこか

らでも読みながら、突然に最善手が

現れるようになったとでも言うべき

だろうか。

真相は文字通り闇の中には違いない

が、そこには人間の能力の新しい

可能性が秘められているとは言えそ

うだということだ。

例えば、スティーブ・ジョブスが

スマホで世界を席巻したが、世界

がアナログ思考でボタンをひとつ

ひとつ押すスタイルで携帯ホンを

認識していた時に、彼は直感的に

画面の表面操作だけで機能動作を

可能にした。つまり、ジョブスは

人々の常識の思考という当たり前の

認識世界に針一本の穴を開けたのだ。

そこから新しい認識が入って来て、

世界はスマホ一色になってしまった。

彼は知っていた、というより、信じ

ていただろう。ある、新製品のパソコ

ンを発売する時に、その3週間前に

なっても主要ソフトの具合がうまく

なかった。発売直前である、彼は

3週間でそれをやれ、と言った。

実際ギリギリで間に合ったらしい。

ふつうの経営者はそんなことはし

ない。会社の存続自体に影響を及ぼ

すことだ。しかし、彼はそういう

ことを何度も!乗り越えてきている

から天才と呼ばれている。

これは世界を変えるには、僕らの

認識をひっくり返す針の穴を実行・

実現すればいいことを物語っている。

そうは見えないだろうか?

では藤井はどうだろう、その将棋界

は?

人間の考えた100年前からの歴代

の財産である棋譜はコンピュータ

思考を取り入れた10代の少年に

いとも簡単にひっくり返されてし

まった。人間が名人が100年考え

ようとも、将棋の可能性が無限大で

ある以上、人間たちがしてきたこと

は全将棋世界の15%?いや10%?

いやもっと少ないのか、ともかく

偉大な棋譜への尊敬とはまた別に、

ちっぽけな偉大さに呑まれること

なく、可能性を新しい道で追及できる

ということである。これまで将棋界

の人たちが権威を持ちすぎて、AIに

真に驚かなかったから、精進を怠った

と言われてもしかたない。羽生氏が

藤井はウサイン・ボルトでひとりで

すべての世界記録を塗り替えてしまっ

たと述べている時点で、彼は過去の人

だ。それ以上なのだ。コンピュータ

思考なるものは存在しない。今までの

考え方・認識からAIの棋譜を学習する

のではないのだ。その革新の点が見え

なければ、失った7冠のひとつも戻っ

てこないだろう。


僕はそのことが人々がこの3000年から

4000年に培ってきた偉大な文明文化が、

それは宗教から哲学・科学の認識に同じ

ように古い認識に染まって、なにかが

違って、真に新しさが登場しても、眼

の前にしても人々の眼中にない、とい

うことになっているのを見る。

あとはまたくり返しになるから、言わ

ない。僕らはこの世界で偉大だが、

宇宙や意識を含めた全的な世界では

少しも偉大ではないことも十分に

認識しなくてはならない。


>>>>>>>>>>>>>

僕は現実には器のひとつもつくれない。

できたものは、できたものにまかす

しかない。なぜこうも不満なのかも

わからない。気にしてもしかたないが、

・・・・。
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見える?見えない いる?いない [生きるわけ]

こうして坐っていることが、それを

直に話題にしようと思ったことは

なかった。今、それは変に思えた。

今までは自分に反発を起こさせる

ような、挑発をしたのだけれど、

それがどういう効果があったのか

を別にしたとしても、坐った時は

まぎれもなく書き繋いで来たのだ

から、それはふつうに特別なこと

だと自分でも認めていいではないか、

と確信した。それが初めてのこと

だった。

何を、例えばそれが何かに拠って

いなくとも、因果とか世界とか、なに

か命題を示さなくとも、どうもいい

のではないか。それが心の写しとい

うものではないか。

この心ひとつがあれば語るに困る

ことはなく、いつでも片隅にでも

引っかかった言葉のひとつで、それ

は自分の中にあったものだから、

なんらかのテーマを従え、そこに

戸愚呂(とぐろ)を巻く蛇のような

ものではないか。つむじ風のように

軽いものかも知れない。

これはこれそのものが語るに十分な

ものを備えているということなの

だから、ただ話すように語ればいい

のだが、そこに概念的なテーマがあれ

ば、もっと歓迎されるのだろう。



恐らく、ものを読むということは、

少なくともひとつは絶対なことが

ある気がする。それは落ち込むよう

なことは読みたくないし、まったく

期待していない、それどころか避け

てしまうだろう、ということ。

それについて語るのはやめよう。

さんざん話してきたし、また同じ

処についてくり返しになりました、

というのではつまらない。

もっとも、いくらでもくり返す必要

がまた一方であるのも事実だが、

それを詳しく語るにも資料読みが

必要だ。

ずいぶん前に「旧約聖書」を印象

読みしたが、驚くべき、期待しな

かった結果だった。あれは何だった

のだろう?

それは旧約聖書を読む必要に迫られ、

日本聖書協会の「口語訳 聖書」を

読もうとしたが、旧約部分だけで

1300頁ちょいある。読み通すのは

かなり困難と感じたので、見るだけ

にしようとした。ほぼ読まないので

ある。それはまず通し読みをする前

に印象付けとして、前頁をめくって

眺めようとしたのだ。1頁を3秒で

区切った。

3秒間眺めたら、次のページへ進み、

また3秒間眺める。そこで気になる

箇所があった時は、数行を読む。

読まないのは意外につらい。眺めて、

次、眺めて、次をくり返すと、速い。

が、それでも単純計算で、1300頁

× 3秒 = 3900秒。つまり、

1時間以上かかる。ところが、実経験

では30分くらいにしか感じなかった。

西洋の本や小説、評論を読むと必ず

聖書から引用された隠喩が出て来る。

その意味合いがわからず、とうとう

覚悟を決めて、聖書に手を出した

ものだが、このあと聖書をちゃんと

読むことはなかった。これは今でも

不思議だが、その頭に入るはずもな

い読書法で旧約聖書、たぶん細切れ

で数十ページは読んだ、の印象が

わかるようになった。

僕は絵を見るのに相当きつい時間を

過ごしたので、視野は広い。今、

眼の前に見ている、確実な範囲より

もそれから外れた視界で意識して

いるはずがなくても、本の棚(書店

で)を見ていると、見ている場所

から30cm位離れていても、目に

飛び込んだようにその背表紙の文字

が来る。それでどこにあるのか、

周囲を探さなくてはならなくなる。

その広い視界も一役買っているかも

しれないが、旧約に登場する神に

ついてはあと少しずつ部分読みを

するだけで、その印象は捉えている

のがわかった。もう、西洋の翻訳本

を読んでも旧約を取り出して調べる

か、と考える瞬間もなくなった。

眼、だけでこれだけの容量を広げら

れるのだから、その他の五感も僕ら

は閉ざし気味であるのは明らかだと、

僕は思う。

僕は概念を否定したいとは思わない。

ただあまりに頼り過ぎで、もっと僕ら

の生命上で肝心な点を僕らが日常に

見過ごしてしまっているのを、まさに

見過ごせないだけだ。

その頼り過ぎは科学の成功による勢い

が強いためそういう論理的思考・能率

的思考が教育に都合がよいため、長い

習慣と制度によって固められてしまっ

た所為だが、今やその視覚の方向から

すべてを眺める考え方と思想が定着

してしまっている。人間とは、と問わ

れると、人間性ではなく人間工学で

考えようとする。そのためにそれが

現実という闇のバロメーターであり、

支配者(現実)に対して消化不良を

起こしており、実社会での衣食住は

もとより、インフラや娯楽にまで

不適応を及ぼしている。

それに気づけないほどなので、皆、

部分部分で対応しかできていない。

それではもぐら叩きのようなもので、

一時的解決しかもたらすことができ

ない。

自閉症というのは、個人的には面白い

病だ。押し付けられるのが苦痛で10年

も引きこもるとか、誰か闇から手を伸ば

しているのかと思うくらい、・・・これ

はだいぶ横道が長いので今はやめる。

オリバーサックス著の「火星の人類

学者」で取り上げられた患者の一人、

テンプル・グランディンは女性の動物

学者で社会的に成功している人で、

彼女はまったく人類のひとりとも恋愛

することができない。彼女の書いた

自閉症患者による自閉症を説明した本

を、気になった人は読んでみるといい

だろう。


あるなんの学者だったか、彼は妖精を

信じていた。シャーロックホームズを

書いたコナン・ドイルもその昔、イン

チキの合成の妖精写真にだまされたの

は有名だが、それくらい欧州では妖精

はふつうに信じられている。

アイスランド?だったか、その国で

は驚くことに妖精のための法律がある。

各地で温泉が湧くのでボイルするので

あるが、そのボイルする前にその穴を

開ける地下に妖精がいないことを証明

しないと許可が下りないらしい。マジ

で妖精が信じられていることだ。迂闊に

ヨーロッパで妖精を子供じみた話だと

笑わないほうがよい。変な目で見られ

るのは、あなたのほうだ。


なぜ、旧約の神の雰囲気・思想な様子

が読まずにわかったのか。なぜ、欧州

では人は妖精を見るのか。

学者の話だった、彼はある時眼を痛め

て、数か月か、目に包帯をして光を

見なかった。そして、医者にもういい

だろうと、包帯を外した時に部屋に

妖精が飛び交っていたのを見たそうだ。

詳しくは知らないが、2,3日は見続け

られて、その後消えたそうだ。

これは信じることによる、心の強制の

投影現象と言えそうだが、どうも完全

に否定して打ち消すには、いるとも、

いないとも証拠は出てこないようだ。



僕はもう一度、読む必要もあるので、

その前に1頁3秒の印象読みを「聖書」

で再トライしてみるべきだと考えて

いる。


人は何を見て、何を見ないのか。それ

には厳然とした理由がある。そこに

浮かぶテーマは、人は信じたものを

(錯覚・幻覚を問わず)見てしまう

こと。

では、僕らが見ているものは、ただ

の幻か。そうではないだろう。物質

の分子の壁がある。仮想現実に生き

ているとは(映画・マトリックス

のように)、思えない。それは以前、

言ったように僕らがまず特に意識し

ないで、生きているのを信じている

ことだ。自分がゲームのコマのただ

の電子信号による死なない加工品だ

とは思うことはできない。それは自分

が死んでいると言うようなものだ。

信じている限り、自分は存在して生き

ている、と誰でも思っている。

それが信じていることだ、無意識に、

無自覚に。そこに確たる意味・理由は

ないだろう。

では、何があるのか、

それが僕らが生きようとする理由だ。

説明できない、衝動のような、生存

していればそれでいいのではない、

なにか、だ。


Have you ever dug it ?


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この世はそれを必要としなくともいいものとしてある [この世]

どうも演劇の島村抱月と画家の

岸田劉生を混同していたきらい

がある。「麗子像」の絵が有名で

教科書かどこかでお目にかかって

いる。二人とも号が和名なので、

印象が似通っていたから混同した

のと、それほど興味を引かなかっ

たからどちらがどちらでも、

よかったのもある。

なんでも鑑定団をまた偶然見るこ

とになった。途中まで見たが、強い

印象を受けたのが、岸田劉生の漫画

だった。はがきの裏やなんか、そう

いう正式に描いたものではないが、

その妖怪に水木しげる風でもあるが、

リアルがあった。どうも実際に見た

のではないか、という気がしている

と、本物で50万円の値がつけられた。

鑑定団は故人の作で、それが本物か

どうかで値段を評価する番組なので、

いたずら書きでも高値になる。それ

よりも岸田劉生で彼のことが知れて、

興味を持った。

だいぶ病気を全身に抱えていたそう

で、胃潰瘍と尿毒症で39歳で亡く

なっている。70枚以上の娘の写生画

を描いているが、同じ麗子が二人も

三人も登場する構成になっていたり

する絵もある。

人物は潔癖症で、病的な神経質で

トイレでペーパーを一丈(約3m)

も使ったりする。これは知的障害者

の管理でそのホームをチェックする

仕事ではそういう人がいて、よく

トイレを詰まらせていた。ともかく、

ゴロゴロとペーパーを回す音が続き、

終わらない。長く出さなくても大丈夫、

とか言っても、素直に聞いたことは

ない。

また、癇癪もちで気に入らないと、

あたり散らすなど、胃潰瘍ともに

夏目漱石に似ている。

テレビでその作品の紹介があって、

そこで「道路と土手と塀」が出て、

その空の抜け方にこんなに見えた

のか、と印象が一遍に変わって

しまった。妖怪の印象もこの絵が

保証している、と思った。

リアルなのだ。こういう空は日本には

ない。日本の空気は湿気が多く、薄

青い空になる。これは外国の空だった。

しかし、観たのだ、と思わせる。

このリアルさはそのままで、天才なの

だろう。印象派やゴッホの絵に感動して

そこから油彩に入り、ゴッホ調が多かっ

たが、次第に岸田の和の油絵が出来上が

った。と言っても、娘の無表情な不気味

な絵にこだわった理由はなんだろう。

道と坂と塀-1.jpg

:道路と土手と塀::

ものを突き通すことはある、とこういう

絵を見ると、やはり思わざるを得ない。

しかし、こういう想像は単純なあれか

これかに陥るのだろうか。

見通す眼は闇を見る。それは闇という

暗さではないが、視覚では確認できない

ので、どうしても暗いイメージになって

しまう。リアルさが現実を見る眼では

どうも暗い闇に導かれるのか、妖怪

とかを想像してしまうのかもしれない。

インドでは神様は伝統的に長い歴史

を持つので、生まれた時から生活に

沁み込んで、そういう生活の中で

ガネーシュとかの象の神様と一緒に

人は育つ。

本名ガダハ・チャットパダヤーナは

後にラーマクリシュナ(有名な伝統

の神の名前)に改名し、インドで認め

られた聖者であるが、どうしても神様、

カーリー女神だろうが、を見たいと

願った。相当、煮詰まるまでいろいろ

学習・修行したのだろう、ある夜?神を

見れなければ死ぬという決意をして瞑想

に入って、そして、諦めて(途中だが、

ここが大事。もうだめと真剣に思わな

ければ、実現しない)、死のうとすると、

そこに女神が現れて、一体となった。

彼はそれまでの勉強もあったのだろうが、

聖者になり、ヒンドゥー教の改革を行った。


人は死ぬまでに思い詰めて、もうこれ

までと諦めることができた瞬間に、

どうも死の装置が働くらしい。チベット

では「死者の書」ではその死の迎えが

来ること、その直前にすることを細々

と教えているらしい。

体では、スポーツで最大限苦しくなると、

体はそれを死の手前と自動判断して、

自分で解消できる分の快楽成分を中枢

神経に送りこみ、急に楽にしてやる。

(近年、それがドーパミンとされて

きたが、ドーパミンは何かが起こると

期待させる物質だそうで、ワクワクだが、

快楽物質ではないとわかった)

僕の経験では、プールで500mも泳い

だ時にそれに見舞われた。体が勝手に

泳ぎ、手足は勝手に動いているよう

だった。もうこの後何時間泳ごうが

決して疲れはしない、という異常に

リラックスして、ハイテンションな

状況を味わったことがある。

ランナーズ・ハイも同じ原理だろう。

僕らの体も心も主人の「自分」の死

を感じると、勝手にハイになる作用が

働くのだ。神でも何でも見たいものを

見るし、あこがれや希望のものを作り

出して、それと会話さえし始める。

僕には幸い、そういうものを信じな

いので、現れるようなことはないようだ。

と言っても、解釈に困る神秘やその手

の現象は何度も見ている。信じてしま

うほどの感動があるので、信じる人が

いても別に違和感はない。僕はそれ

を今でも検討課題として、確実なもの

として真理的には信じていないだけだ。

信じたくもないが、なにせこの世はそれ を必要としなくともいいものとしてある

のが正しい状態だから。


キリストも人々が信じないと、信ずるこ

とのない者たちよ、と嘆いている。

コップ一杯の葡萄酒で多くの者の腹を

満たした逸話は、たぶんほんとうだろう。

それくらいの気の誘導ができなければ、

メシアとしての指導はできないだろう。

そして、それのダークな面では、頭か

神経かがコントロールされて、ジョン・

レノンを殺したり、安倍晋三を殺傷し

たりするのだ。信ずるものは救われる、

とか言うが、なにをどう信ずるのか

それを誰が判定するのか。裁判所では

もう事が終わっている、遅い。


僕は闇から、創造の門を見出して、

会話のように結末を想定しないで、

話すように書く、という僕の書く感覚

も引き出すことができたので幸運だっ

たろう。もう8年?になるか。こんな

にも文章を書き続けるとは思いもしな

かった。苦労ばかりの文章を書く職業家

にはなるまい、と諦めたのがよかった

のか。


闇では美しいものが美しいわけではない。

反対に、醜いものが醜いわけではない。

そのどちらでも認める容量が大事な時も

ある。そういう判断は気持ちに破られる

こともあり、知や情、体や心の感覚の

ひとつが主人公だということもないのだ。

が、僕らはほとんどそれらのひとつを

中心に選んで、他人や環境との不適応を

日頃から常に迫られている。

ともかく、うまく誤魔化せればそれで

よし、というのが僕らが認めている、

仕事以外ではそんな余裕はないよ、と

いう習慣である。ので、人生を能率で

測るのもまた自然な過ちにも陥る。


誰も疑わない。自分が他人のように

おかしい、とは。異常ではなく、オリ

ジナルなのだと思いたがり、そう思っ

ている。

僕は社会から乖離しての個人の行く先

を確かめようとして、死に損ない

失敗して、愛の助けを借りて自分との

借財を返し続けて、それが終わった時

に社会人がわかった。オリジナルなど

一人もいない、世間が実質上で勝手で

いい加減なものだと、あてになるものが

ひとつもないと確かめられて、そこから

世間の人間を見る眼が反転して、照射

されて社会に生きるために社会に沿って、

それはたとえ不適応でも寄り添って生きる

群像だった。そこで不思議に僕は孤独に

ならなかった。ほんとうに僕らは、(言い

たくないが理解困難だから、)平等だと、

安穏に生きることができると、知った

から。

僕らは大事な処に手を加えて改良する

性質を備えていないのではなく、そう

せざるを得ない性質・常態を理解し

にくいことが(=理解できないような

処が)あり、また生来そのようにでき

ている。

そこが不理解の中心になる。闇の中心の

ような処に立つと、台風に目があるよう

にそれが見える。それはそうだろう、

そのために命まで賭けて、激嵐に突っ

込んでくる、船も飛行機も、また人も

いない。

僕が子供の頃から火事・地震・雷・

豪風などの天災が大好きだったのは、

偶然だろう。その人にはその人の

道ができる。僕は高い山に登った時

のように道を曲がり、より高い場所に

出れば出るほど、見える景色の同じ

場所が違って見える新しい展望に

感動して、ともかく追及を止める

ような性格にはならなかった、なれ

なかった。

他人も同じ道を辿れば同じだと考える

のは、馬鹿げている。そういうはっきり

した時間軸も過去も未来も存在して

いない。

のど元過ぎて暑さを忘れる、というが、

少し違うが、やっと坂道の頂上(峠)

が見えて、これからその向こうにどん

な景色が開け、どんな道を行くのか、

そういう自分が楽しみだ、という処

まで、別な次元に感じるが、また来た

ところだ。

これまでの多くの道があったが、どれ

も覚えていない。振り返れば、自分を

時に慰めるために、しっとりと水に

浸かるように過去を振り返る必要が

あったが、なにをしてきたか、など

そんな余裕はなかった。人生は油断

ならない場所だ。人はそれで、反対に

年齢や老化とともに人を信じ失く

してゆく。それは反面自然だが、もう

反面はもっと大きな展開を、そういう

世界を見る必要がある。

人を信じれないのは当たり前では

ないか。神様ではないのだから、

必ず、過ちを犯す。だから、そうで

はない部分を公平に判断に加えるべき

だ。それは虚しい結果に終わらない。

そう生きるのも。僕ららしいからだ。


彼が(ある種の)善を信じるなら、

それは危ない。僕という自分も他の

善を信じているからだ。たぶん、その

土俵とか、環境・文化レベルという

さまざまな土台が異なる。そういう

世間の事情を面白いとそれを、面白い

と思う。それも善ではなかろうか。

僕らは宗教でも思想でも風俗でも

伝統でも、その内容にはたとえ表面

は不完全でも中心には完全さがある、

と信じ、信じてきた。



僕はそれを充てにできないと、いう

より他に信じる方法はないと思う

ようになった。僕が完全でない以上、

僕なりの正しさがここにあるが、完全

なものはどこにもない。そして、人は

なんとなく気に入ったものを指針に

するのを知っている。また、それを

ある程度秤にかけてどう賛同を得ら

れるかも知っている。そして、完全さ

の抽象性に怯える。

怯えないためにはふつうの社会人が

都合がよい。怯える必要はないが、

ふつうの社会人はどこにも見つから

ないだろう。僕らの迷いはそういう

風にして限りなくつむじ風を起こし

続ける。

台風の目は普段、見たくないからその

自分の見たくない方向にある。僕らは

自ら見ないようにして、一部の過去の

情報・書籍・映像から自分の道を導き

出そうとしている。それは外部にある

社会で生きるのに役立つことで、僕ら

の心は休まらない。

だから、死んだこともないのに、死ぬ

ことを恐れる。それは痛いことや苦し

いことの延長線上に、この先にはもっと

怖くてつらいことがあるという想定に

過ぎない。想定なら、それが天国・

極楽であっても同じように空想になり、

とんでもない誤謬を抱えて生きること

になる。

わからないものを見ないことで、すでに

なかったこととして認める処に着地する。

その時点で指針は指針ではなくなって

いる。

僕らは交通事故を想定して毎日を暮らす

ことはないだろう。社会を暮らすことと、

自分の心と暮らすことは同じことでは

ないから、まったく別な生活法・レベル

の工夫が必要になる。


ここでまた出発点に戻ってしまった。

あとはそれぞれの実験的な、自分の行動

を常に反省する、その上でまた行動する

ということにかかっていると思うのだが、

僕の場合は僕の読む本を心に独自の指針

として、常に「壊し続ける」指針として

造るしかなかった。(網紀のように覚え

るためではない)

毎日、心の中心も芯も動こうとする。よい

時もあれば、そこに坐れず、うまく行か

ない時もある。こうして書き残したこと

も、それなりに役立つ時もあるが、実際は

静かな行動や小さな冒険の行動にかかっ

ている。書いているだけでは勇気は試され

ない。それでは心が錆びてしまう。

::という伝統的な古い意見は正しいと

思う、この頃だ。



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生きているオリジナルティがある? [オリジナル]

オリジナルというのは、ほんとの

処は何をいうのだろう? 

オリジナルという特別なオンリー

という感じはすぐに掴んでいる

つもりであるが、それはほんとうに

何に対して、どう特別だというのか。

個性という言葉が低俗化して、ただ

の人と人の性格の違いをいうように

なってからは、個性のどうしようも

ない社会への、組織への、お仕着せ

への反発心は薄められてしまったが、

天才を見続けると、個性的な人ばか

りで、個性が強過ぎた場合は、容易に

集まりから孤立し、受け入れられなく

なるそういう性質を感じることが

できる。

そう思うのも、人間を考えると、そう

いう境界線がどんどんなくなって

くるからだ。境界線と言ったが、この

境界線が引ける理由というのも、怪し

いし、詳しく説明しようとすると、

こちらも訳がわからなくなってくる。

言葉は飽くまでも、例えのために使っ

た抽象を指さして、その方向にあるの

を見せようとした「例え」以上のもの

ではないからだ。

適当な言葉でもそのまま腑に落ちる、

となんでも即に理解・納得できる

ものではない。

それをそのまま「わかった」となると、

とんでもないことになる。それでは

言葉で何を言っても、理解・納得には

遠い処にしか着地できないのだ、と

言っているようなことだからだ。

文章を50年も書いてきて、それなりに

表現や文意に苦労してくると、言葉の

使い方でどんな考え方をしているから、

こういう言葉の使い方が出て来る、と

いうことまでわかる。まで、という

より、それが普通のことで、特別だ

とは感じない。むしろ、書いている

本人がそうとは気づいていない場合

のほうが多い。それはしかし、やはり、

立場の異なる土台があるから、自分の

立場から見た部分はいつも正しくなる。

それは絶対正義とか、絶対真理とか

では、もちろん、ない。時にはそれが

誰も知らないことなら、誰もそれを

信じないということがいつも起きる。

では、自分の立場を離れて、より距離

を置いた客観性からの立場が加わって

いたら、その意見なり、言いたいこと

の正当性はどうなのだろう。

残念だが、それを判定する基準が、

個人的であり、実験で証明できない限り、

想像上の正しさという、曖昧な領域に

はいる問題になってしまう。

僕らは決めた地点から別の地点までを

目標に歩いたり、交通機関を使ったり、

自ら運転して行ったりするが、まず

間違いなく着くことが多い。と同時に

ニュースで毎日誰かが、そうは行か

なかったのを知る。事件や事故が起きて、

誰もが普通のことが普通に行えなかった

のを知る。こうした大きな事件・事故は

数少ないが、やはり、自分の周囲を

見回すと、体のどこか故障したり、

神経科に通っていたりする人が必ずいる。

交通事故を目の前で見た時には、なにか

茫然としてしまう。高速を走っていて、

反対の車線で車がこちらに向かって突進

してくる。高速だからではない、車は

クルクル回転しながら、だ。

サイドミラーで分離帯に追突したのが

見えた。ある時はバイクに乗った男が

分離帯に衝突した。その時、体が放り

出され、壁に首が当たり、ヘルメット

ごとぐにゃりと曲がった。「あ、死ん

だな」と思う。

瞬間に映像は流れて行った。2秒も

経つと、今の出来事が現実だったの

かと信じられない気持ちになる。

あり得たことなのか。


そして、死を恐れない自分を不思議

に思う。多くの者が生きて、生き残り、

生き続ける。それが普通なら、それ

でいいではないか、と考えるが、僕は

明らかに納得していない。

死ななかったから?それもあるだろう。

しかし、少し違うと思うのは、死なな

い回数が多すぎることだ。

冒険好きな性格もあり、どうしても

知りたい、とかどうしてもそれを突き

止めたい時には死を賭してしまう、

やけにあっさり死の淵に飛び込んで

しまう危険な性格だ。もちろん、危険

を察知する感性も人並み以上だと思っ

ている。

それでも還暦の60歳までは生きてい

ないだろう、というのが客観的に見て

も常識な判断だった。生命保険など

長い間入らなかった。

矛盾しているが、健康オタクで自分の

体の傾向と対策はいつもしていた。

(たぶん、明晰な意識で経験するのが

正しい経験で、そのためには健康が

必要だと知っていた)

それで集中しすぎて、気づいたら限界

でバッタリ倒れるといったことは何回

かあったが、5年くらい前からは回避

できるようになった。

これまでの50年は自分の死の自覚か

ら始まってその死のゾーンを超えて、

宇宙の話題のダークマター(暗黒物質

=宇宙を満たしているとされる謎の

物質、未解明)ではないけれど、闇の

世界に渡りをつけようとしている、

していた、あまりに情報量が少なく、

海岸で目当ての砂粒ひとつを拾う

のに、1, 2年とか、亀の遅い足取り

どころではないので、飽きてしまっ

たし、体に無理が効かなくなってきた。

それで陶器などをつくっているのだろう。


それでも開いた世界とは、その通路を

狭めはしたが、閉じたのではなく、まだ

わずかに交流はある。こうして書くこと

ができるのがその証明にもなっている。

僕が獲得した感覚で言うなら、僕らが

いかに想像力を働かしても、そこに届く

ことはない、ということ。前にも書い

たが、僕らの想像・空想・幻想の概念

で永遠を形作ろうとしても、それは

永遠の入り口に過ぎないことだ。それ

も概念的に理解することはできるが、

その世界への実感にはなり得ない。

気をつけたほうがいい。ほんとうに

その入り口から覗いただけで、呼吸

困難を覚えるから。

僕は長い年月を通して、慣らして行っ

たから(それも後から気づいたのだが)

日常的に対応・適応できるからいいが、

ちょうど3000mの高山へ急に連れて

行かれるようなもので、空気が薄くて

体は適応できなくて、高山病になって

しまうようなものだ。

思えば、僕はそういうことをしてきた

のだな、と回想するわけなのだ。それ

が不思議なのだ。

あそこでも、あの時でもよく死なな

かった。・・と、ただの愚痴になって

しまった。



どこかで家庭・組織・社会・世間に

沿わないと僕らは生活できない。

そして、それは固定された状況では

ないのだが、そういう状況へ意識的

に追い込まれるのが、僕らの大切な

常識というものなのだ。どこで常識

が大切なのか、どこで常識に外れ

ないと、方向を、自分の道を失うのか、

それを見ることはできる。要はこの

国内も国際もその人間の本質の事情と

絡めてみれば、概念でもわかる。ただ、

概念だけだと、やはり自分の立場の

世界に落ちてしまうことになる。それ

だけの全世界の俯瞰を得るにはどう

すればいいか。

それが課題だろう。いつも変わらない。


森林の公園で丸太のテーブルで書道

の本を開いていたら、蟻が上って来た。

頁を閉じて、押しつぶす危険があると、

教える。潰さないうちにすぐに開いて、

蟻が慌てるのを見る。もう一度。

まだアタフタやっている。結局、4,5

回そんなんことをくり返して、蟻が

開いた時に吹き飛んだ。とても納得

して本から去ったようには見えない。

彼らには俯瞰という機能は備わって

いないようだ。

だから、知能遅れだ?そうだろうが、

ミミズが迷っていた時に、根気よく

気配だけを送って、土のある方向を

示したら、ミミズがジグザグだったが、

結局はこちらの示す方向に正確に辿り

着いたのだから、どんな未知な機能が

あったのか、彼らの世界には知能遅れ

では片付かない、謎の選択感覚が

あるのは確かなことに思える。

なぜ、謎に興味があるのか。それが

目の前にゾロゾロ行列をなして来る

からだ。否定もしようもない事実と

して、僕らの感知しにくい世界が

あるのを知らせて来るからだ。


僕から日本社会に挨拶をしておこう。

それなりに参加させてもらってますが、

うまい位置に、うまい気候、うまい

国土と、なぜ日本を選んだのかわかり

ます。

オリジナルは英断に必要でしょ、それ

が金字塔でもあるのだから。そこら

あたりを付き合わせてもらって、

歩いて行きますか、ー 日本の道を。



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なつかしきものたち 漱石篇 [漱石]

「先生と僕」という漫画文庫本が

届いた。待っていたのは、期待が

あったからだ。読みたいのは期待

があるからだが、それは内容の

原理、考え方、文のうまみ、謎

の説明、最先端科学、・・・

要はそこに自分のどんな興味を

満たせてくれる答えがあるか、と

いうことだが、視覚で水墨画や

書道のように見本として見て

みたいものもある。

「先生と僕」は少し違う。

先生は夏目漱石のことだ。彼の

ことは普段は避けている。読む

べきなのだが、そうはしない。

漱石の人の筋というものは僕と

一緒だからだ。そこからの枝葉が

細々とことなるだけで、彼の所作・

行動はすべからく僕の芯にからん

でいるのがすぐわかる。

「坊ちゃんの時代」という、長い

漫画がある。300頁の本が第五部で

完結というから「先生と僕」の上下

2冊文庫とは比較にならないくらい

長い。関川夏央のストーリーに谷口

ジロ―という漫画家が絵にしたもの

らしい。その五巻目だけを購入して

読んでみた。すぐちがう、とわかった。

漱石ではない、ただのおっさんが描かれ

ていた。漱石気質を共にする僕だから、

ためらいなく言える。この感傷的な

漱石は(関川が書いた「二葉亭四迷の

明治四十一年」のように)明治の時代を

一作家・ジャーナリストによって描く

ように明治を読むものだろう。

第五巻は漱石の晩年なので、特に

修善寺の大患で30分死んだ時(医者の

話)にみた夢は、まったく漱石から

かけ離れていたので、そう思ったの

だろう。若い時の辺りは見ていない

ので、多少は違うだろうが、漱石が

そこにいないのは確かな気がする。

谷口ジローは自然冒険ものや動物を

描かせたら、相当なものなので、この

作風とは合っていないかも。


「先生と僕」は期待通りで、漱石と

その門人とのやりとりが想像以上に

面白い。

次の連載が決まっていて、その題名

も決まっていない。しかし、門下の

森田草平に漱石は予告を出させた。

「先生、適当にとおっしゃられても、

どんな内容なんですか」と尋ねても、

「まだ決めてないから適当に」という

答え。

ここで声に出して笑ってしまった。自然

を知っている、漱石は。

困った森田は自分の付けた題によって

小説の行方が変わるかもしれない責任に、

同門下の小宮に相談した。すると、机

の上にあった本(ニーチェの「ツァラ

トゥストラ」だった)を二人で?「適当

に」開いて目に入った文字が「門」だっ

た。

こうして3部作の最後の題は「門」に

決まったそうだ。そして、漱石は

連載小説に’門’を絡めて書いたそうだ。

門下生は、さすが先生、とこういった

エピソードが四コマ漫画で書き連ねら

れていて、すこぶる面白い。


漱石は江戸っ子だった。江戸っ子は

祖父・親・子供と三代東京に住み続け

て、その子供に当たる人が真の江戸っ

子になる、といい加減な言い伝えがある。

漱石はその江戸っ子で、僕もその三代目

になった。それでその気性がわかる。

坊ちゃん気質で、理不尽に押し付け

られたり、権勢から上から縛られる

のが生理的に嫌悪なのだ。

「私の個人主義」という本があるが、

これは漱石の個人主義論ではない。

果たし状である。

これは学習院の卒業式だかに招かれて

講演をしたものだ。その講演記録。

初めにこの学習院に初めて入ったこと

を断る。学習院には落ちたのか、入れ

なかったらしい。三島由紀夫は時代が

違うが、学習院を首席で卒業して、

昭和天皇に時計かなんか貰っている。

漱石は東大の文科を首席で卒業して

いる。

学習院は政財界の著名人の息子などが

多く在籍したから、漱石はゆっくりと

丁寧に個人主義っぽい話をしながら、

言いたいのは、「お前ら、これから日本

を背負って立つのだから、しっかりしろ。

人間で大切なことを忘れるんじゃない」

とかいうような内容のことを、それに

直接は気づかせなかったかもしれないが

言っている。お坊ちゃんたちに啖呵を

切っているのだ。

その気質が「坊ちゃん」を書かせた。

松山の先生は1年で嫌になってしまった。

坊ちゃんと同じ、笑。



これまで漱石の研究や評論がなぜに今

まで途切れもなく、延々と続くのか、

この漱石人気はなんなのか、とブログ

に書いたことがあったが、ともかく

当時から漱石の家には人が集まって

来た。それが明るい者もシャイな者も、

漱石に惹かれる。

日常の彼には感情的な性格のわかり

やすさがあって、それが愉快だったし、

まか不思議な突拍子のなさも手伝って、

漱石をおかしな魅力に見せたらしい。

その上、細かい指導や指摘は的確だっ

たから、漱石の江戸訛りをからかう

者も笑ってばかりはいられなかった。



あの芥川龍之介もその随筆でこう言う、

「僕が小説を発表した場合に、もし

夏目さんが悪いと言ったら、それが

どんな傑作でも悪いと自分でも信じ

そうな、物騒な気がし出したから、

このニ、三週間は行くのを見合わせ

ている」「兎に角そういう危険性の

あるものが、あの人の体からは何時

でも放射しているんだ」「君も一度

は会ってみたまえ。あの人に会う

為なら、実際それだけにわざわざ

京都から出てきても好い位だ」と

手紙に書いている。

(「芥川龍之介随筆集」から)



さて、指摘しよう。僕らは間違いを

しただろうから。「京都から出て

きても好い位だ」と芥川が書いた文で

僕らはああ、遠いところから来ても、

という比喩だなと思った。が、前提は

まるで違う。京都まで今は新幹線で

2時間で行ってしまうだろう。その頃・

当時どれくらいかかるか、想像して

みると、新橋から神戸まで鉄道が開通

した。なんと20時間も乗っている。

丸1日どころではない。早朝、4時に

電車に乗れたとしても、着くのは深夜

0時。

いや、京都だから大阪で乗り換え

だろうか。神戸よりも早く着くこと

はあるまい。どこかで宿泊して、

また朝に乗るのだろう、一日以上だ。

つまり、芥川は今の感覚で言えば、

夏目さんに会うためなら地球の裏側

から(旅客機を乗り継いで)来ても

好い位だ!と言ったのだ。これで

ほんとうに驚けるはずだ。それが

夏目への芥川の評価!なのだ。芥川

には漱石はふつうの人ではなかった

のだ!

明治の本を読むなら、僕らは明治人

にならなければならない。そうしな

いと、歴史は生きない。僕らの人生

も生きない。なつかしいものたちも

まだ今も生きているのだ、その

当時に。僕らは本を読んでいて、

油断してはならないのだ。そして、

やはり油断してしまうのだ。楽しみ

で読んでいるのだから。

どっちもどっちだ。

どっちでもいいが、両方のことを

自覚して選んでいないと、僕らは

自分を片手落ちな人格にする、と

いうことだ。


ピアニストの天才だったグレン・

グールドはその奇矯な振る舞いや

作曲者の楽譜を自分の演奏用に書き

換えるのでも、有名でそのために

不評も浴びた。しかし、その演奏を

聴けばわかるが、他の追随を許さ

ないテクニックがあった。

その伝説で有名なのは、晩年に没し

たその枕元にあったのは聖書と漱石

の「草枕」だったことだ。グールド

は「草枕」をこよなく愛した。それ

は後日談でわかる。

枕元にあったのは「三角の世界」

(=「草枕」の英訳タイトル)だけ

だった。彼の死後に父親が聖書を

置いたと、グールドの助手が証言

しているそうだ。

三角の世界とは、四角な世界から

常識と名のつく、一角を摩滅して、

三角のうちに住むのを芸術家と

呼んでもよかろう、という一節

から取られている。

グールドは「草枕」をニ十世紀

最高傑作の小説のひとつと言って

憚らず、従妹には電話で一冊全部

聞かせたそうである!


漱石は死後五十年以上も経って、

こんな熱烈なファンができるとは

想像もしていなかっただろう。

「草枕」は教科書に載ったが、

「坊ちゃん」の人気に押されて

消えた。

難解だと言われる「草枕」は人生

の書だったろう。


夜の空の淵で、明治はまだまだ近く

に感じる。僕がもっと明治を理解

するようになれば、言えるのかも

しれない、

明治は遠くなりにけり、 と。




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平和な時間・時代の夢を想う [不安]

平和な時間が流れる。

こうしていると、どこかでは

祈りの時間を迎えている人が

いるのではないか、と思う。

バッハのG線上の・・を聴くと

敬虔な気持ちが呼び覚まされ

るように、この頭の眠っている

ような脳内空間ではそういう

ものを聴いているのでは、と

妄想じみて来る。

証明されているものを信じる

のが常識なのだろうが、それが

群を抜いて想定外な想像だと、

証明されても信じがたくなる。


縄文時代が遺跡で発掘されて、

今は前期とか、中期とか、終期や

晩期と区分けされているらしいが、

この内容は不思議だ。国・村など

内戦の様子が見当たらないという。

殺された、傷ついた人骨が見つかっ

ていない。それだけではまだ未発見

なのかもしれない。それにしても

縄文は長い。

漆の木は接着などに使っていた

らしいが、その木を植えて手間の

かかる世話をしていたというから、

その他多くは椎の実や栗の木が

植樹されて食料になっていたので、

畑などもあり、半農くらいには生活

していたらしい。

それはわかるが、その期間である。

紀元前約1万4000年前からという

から、中国では旧石器時代から中石器

時代に変わる頃であり、山頂洞人とか

万年仙人洞・資陽人とかの発掘され

たらしい名前が新人化石人骨につけ

られた。ヨーロッパではネアンデル

タール人が絶滅する頃だ。

そして縄文の後の弥生時代から現代

までは3000年になる。文明が途中

から急激に進んで、現代は反省が必要

な時代だと想像がつきそうなものだが、

それは自然大災害のように想定外と

現代人の脳には認識されているらしい。 

では、縄文時代はどれくらい続いたの

かと言えば、1万2000年前後続いた。

つまり、縄文後の時代生きた日本人の

3000年よりもその4倍という長さの

時間を平和(予測だが)に過ごした、

そういう日本列島に生活した人たちの

長い長い歴史過程があったということ。


僕らはそれを数字で示されても、概念の

認識しかできないから、ちょっと驚くが

すぐに忘れてしまう。

こう考えたらどうだろう。縄文から現代

までの1万5000年間を自分の生活誌と

比べてみたら。

75歳から後期高齢者?だろうか、そうだ

としたら、縄文は全体の80%だから、

縄文が終わった時点で僕らは60歳の

還暦を迎えた時だ。1歳から約60年間

が縄文期でそれからが文明文化の発達・

発展した時期でまだ15年に過ぎない。

60年、平和だった、あり得ないと僕

は思ってしまう。そうだろう、僕らは

現代で10代から忙しく多様な世界を

見せられ、それに適応を迫られる生活

を要求される。

60歳までの平和はどこへ行ってしまっ

たのか。

縄文期が終わってから、またはその

前後から「心」が生まれたらしい。

紀元前500年ころからブッダや孔子が

生まれ活躍するが、その頃には漢字で

心に結びつく熟語が急に増えるという。

心を意識することが多くなり、自意識

が発達して、心の動きについて考え始め

たのだろう。

だから、僕らのルーツは古代宗教やギリ

シヤ文明の思想に求められることが多い

が、ではかくも長き縄文の1万年から

1万2000年は何だったのだろう。そこ

には動物のようになにもない空っぽな

気の遠くなる無為な自然に従うだけの

生活があったのだろうか。

僕は現代人には想像が及ばないのでは

なく、その知性は十分にあっても、それ

を想像するに見合った時代への想起力

とでも言ったらいいのだろうか。そう

いう認識や思考ではない思いを馳せる

という想像力には欠けているのでは

ないか、と自然災害が起こるたびに

後追いで対策する、それを資本の道具

にする政治や経済の事情の伝統・習慣

にしてしまう、今の指向性・思考性・

志向性を思ってしまう。 


思えば、発達障害という神経の病が

増え続けることは尋常なことではない。

いじめや虐待が毎年増え続けるのも

尋常なことではない。が、それを

ほんとうに異常だとは、実は感じよう

としなくなった僕らが自分が異常者と

同じ仲間だと気づかなくなったのが

最も社会の異常な状態なのだ。

そういう障害の原因不明は50年前、

100年前からわかっていながら、事実は

対症療法や新薬の開発による症状の緩和

に費やされている。

製薬会社が暗躍している。エイズは耳

新しくないが、そのエイズを確認した

論文にもその原因は何も書かれていない

そうだ。それを根拠にエイズはなかった

とまで言う、ジャーナリズムもある。

僕らの社会はその上層・権力層では

どうしてこうも陰謀が行われてきたのか。

それがどこから来たのか、現代ではそれ

が解明できるまで医療や科学の技術は

その水準にあるのではないか。

しかし、情報が多すぎることと、情報の

確信性を持つにはその出所の発信者が

どこまで正確なのか、調べたり判定でき

ない状況がAIとネットの事情にある。

いくら情報があっても、何を信じていい

のかわからなければ、それらの情報に

意味はなくなる。プロパガンダ(宣伝)

の応酬で僕らはただ眺めているだけだ。


すべてを破壊することを考えるより、

すべてを破壊しなくても、どのように

調べや実験をして変えるべき根本の

要因を洗い出すこと、その方法を今、

吟味するにはどうすればいいかを考え

ることだ。それには多くの手法を試す

ことが必要で、気がついたら、もう

猶予はない。その時に始めるべきだ。

すべての分野に応用すべき方法がある

はずだ。それはいくつかに分かれて

いるかもしれないが、それは自分の

資産や名誉の保身のためにするので

はないことが最も自分でわかって

いなくてはいけない。それが皆が

納得できる条件でもある。

感情をコントロールできる者がそれ

を担うのはもちろんであるが、それ

を悪用するのも多いので、それを

見抜くことも条件になるだろう。



人間の強さは「強さ」というものが

あるのではなく、それに対して心の

準備や外の体制を必要に応じて整えて

おくことで、それに対応して、適応

できることを意味する。弱いから弱い

のではなく、その自然に備わった弱さ

を克服して、どう現実に対応してゆく

ように鍛えるかが、その人の強さに

なる。

吉川英治の宮本武蔵だろうか、「強い

から勝つのじゃない、勝つから強い

のだ」と言わせているが、武蔵は剣

に強いだけではなく、兵法は必須、

時に学問も必要になる、と考えてい

たのは「五輪書」からも、養子に迎え

た伊織には剣を教えなかったことから

でもわかる。人を見る観の眼ということ

も言ったらしいが、これは禅問答とは

違って人物が観照できることを言った。


僕らは平和があると考えるが、今は

縄文時代のような平和はない。訪れる

こともない。僕らは知性を活かし、

また殺すうえで地球という今、過去も

未来もある今、そういう全体世界を

目の前に置いて、平和を自意識と交互

に味わうような、工夫した生活法が

必要になっている。

1万年の日本の遺跡に見られる平和は

夢なのだ。事実であっただろうが、今、

縄文とは違う生き方が求められるのは、

自然なことだ。


平和な時間が流れる。

こうしていると、それは私個人では

失われていないことと知れる。

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エポックの空気 [謎]

ここで書くものについてため息を

つくようであれば、テーマ別に考え

ているものが7,8ある。そして、

資料読みの段階から進まずにスルー

して、結果だが、しているようにも

思えるのがその数あるのだから、

ため息などついていられない。

ブログを開くたびに、ああ、あれ

まだ書いてない、となってしまう

から、極力、忘れる。

どうせ覚えていて、一時的に、で

だけで忘れはしないのだ。


ものの答えのエポックは間接なので、

直接の答えではなかったが、迷い

の状況は説明がついて、見とおせた。

切り抜けてみると、なんてことは

ないと思えるのも、今までと変わり

なく、迷いが嘘のようだという

過去になっている。

過去は便利なものだ、始末がついて

いれば、僕を悩ますことはない。

そして、楽しませることもなくなる。

今は、謎をひとつ解決すれば、謎の

数が減るとはならないのを知って

いるので、街を歩くように急がず、

怠惰にならず、そこそこしっかり

元気に歩きたい。


こう一段落ち着いた時は、気分も

中くらいでなにか心に書くことが

隠されているとは思えない。表現

である=expression は =press 

圧縮されたものが心から押し出され

てくる。その感じがないのである。

迷い多き時のほうが収穫は格段に

多い。こうしてスッとしてしまうと、

少し腑抜けになったようだ。

しかし、すべてはこれからである。

自由も平和も民主も、どの時代で

も完成したり、成就したりする

ことは集約的にテーマを決めた場合

に限られていたし、これからも形も

意義も変形し、変遷して、もみくちゃ

にされるはずだ。

僕らはラッシュアワーの電車で

もみくちゃにされていながら、外

の余裕ある景色を見ているのだが、

このどうしようもないのが現実だ

と知っている、またそのつもりだ。

本当に知っていたら、その電車内

にはいないだろう。


僕はこうして過去から出てくると、

また見晴らしのいい道を歩くこと

を知っている。

そうすると、今まで車内から眺め

ていた車窓の景色をその中を歩い

て行くことをしている。そうすると、

僕が考える自由が自由の形になり、

平和も理想もその元の姿に加えて、

誰かが手を加え、デザインが変っ

てゆく、そういう未来を想像する。

写真家・森山大道はその対談集を

『過去はいつも新しく、未来はつね

に懐かしい』とそう表現したが、

それは僕の実感でもあったので、

どういうことかいつか確かめた

い。  

無意識と自意識とを瞬時往復する

のはそういうことなのか、その

辺りの事情を確認したいのだ。

彼のモノクロ写真で「遠野物語」

を見てみたが、暗くてよく見えず、

それもまた闇の表現なのではないか、

となにか惹かれるものを、後で

感じた。


ものをつくる道は、僕の経験では、

何でも自分のつくるものは形に

なっていると思う。

そこにはそれなりの見分け難く

ても、美が内臓されているのだ

と信じる。

そして、アートという技術や芸術

の申し子のような思想の中で、

いつのまにかそれが固まるのだが、

それは未熟な一時期の形の形成期

に過ぎない。その自惚れが必要なの

だが、それがないとそれが壊れた時

の空虚の感じがわからないからだと

思う。

ものの美はすべからく、闇に突入する。

ものがわからなくなるまでがその

道程で、その間は自問自答を繰り返す。

そこにぶち当たったのは他ならない

自分であって、それを誰かに解決でき

るとは到底思えないからだ。

闇に突入するまでは、自分の評価と

世間の評価が釣り合っているような、

または世間が自分に追いついていな

いという、どちらにしても優越な

幸福感に浸れる。その時期も重要

な過程なのだろう。

景色が開け、道がいくつも見えて、

好きに歩くようになると、自分は

どこへ行ってもいいのだ、新しい道を

恐れまい、と積極的な姿勢になる。

次は枝葉では迷うかもしれないが、

進む方向ではまず迷わないだろう。


エポックという言葉がそこで具体

的にわかる。言葉ではなく、自身

の体験になる。人生という言葉が

概念ではなく、ちゃんとした内容

があり、その中味を生きているのが

自身であることを知る。

僕らは現実からの逃避として夢を

見ようとするのではなく、そういう

概念のバランスではなくして、現実

への支えとして、また現実を変える

指針として、夢を見ることもできる、

と思う。


漢字の「思う」に初めは考えるという

意味はなかったそうだ。僕らは相手

に自分を評価させようと(還元)思う。

もっと私を見て、と。いや、相手が

あなたを見ているのだ。

それはひとつの方向として、必ず

ひとつの(限定されてはいるが)、

正しさを示している。だから、その

正しさを正しい方向から見て、

確認する必要がある。

それが相手の立場に立って、とか

よく言われるアドバイスだが、

僕らは相手が歪んだ視線で見ている

からわからないのだ、と決めつける。

社交上、言わないだけだ。それが

自分をも歪めている。私が正しい、

と。

北海道の空気のきれいな土地で暮らす

と、東京など都会へ出てくると臭い

そうだ。

インドのカルカッタに初めて来て、その

喧騒と貧しさ、不潔さを見て、僕は即

日本をこうしてはいけない、と思った。

僕は自分が日本人だとその時までよく

知らなかった。海外へ出てきたのは

僕のルーツが欧州にあるからではないか

と思っていたからだが、インドでない

ことはすぐにわかった。

しかし、、である。

僕は日本人である自分を守ろうとした

のであって、インドから貧困とは何か、

反面教師で日本とは何か、を学ぼうと

していた。途中で会う日本人観光客の

インドへの貧しさへの軽蔑(40年以上

前の)に何を見ているんだ、と思い、

そういう気持ちにはなれなかった。

僕が自分の歪んだ視線・恣意に気が

ついてゆくにはまだまだ、インドで

鍛えられることが必要だった。

なにしろ、その頃の僕は日本人をやめ

る方法、とか海外移住の本を読んで

いたのだから。

日本を知り始めるのはそれから30年

の日々を数えなければならなかった。

教えられたことがことごとく覆される

のはさらにそこから10年が、・・・。



僕らは宇宙の中にいるのがよくわかる。

そして、この言葉が伝わっていないの

もまた、よくわかるのだ。それは僕らの

頭の中にしかない、現実じゃない。

あるはずだ、と思っているのが正確な

言い方だろう。

宇宙へ出ると自分と否応なく出会う。

それは文化であり、自分証明だ。それ

が揺さぶられるから、一種の文化ショ

ックを起こし、自己確認を迫られる。

月の石を持ってきた隊員はそこにあっ

た石をまるでこれを持って行くように

言われた気がした、神がそこに置いた

のだ、と。

この隊員だったか、他の隊員だったか、

地球に生還してから、聖書のノアの

箱舟を探しに行ったそうだ。行かざる

を得ない、それほどの月面体験・宇宙

体験だった。僕らにはまだ手が届かない。

月面という銀河系からしたら、すぐそこ

の衛星でそういう体験をする。

宇宙を知っている、とは言えないし、

もっと地球を知りたいと僕は思う。






:::

下弦の月が昇り始めた。

それはもう窓から消えるほど時間が

経った。

月はまだ夜空のどこかを経過している。

月は落ちてこない。遠心力と引力が

釣り合っていると教えているが、重力も

引力もないという考え方をYouTubeで
観たが、面白いのはそういう考え方が

できることで、真理かも知れない仮説

だということだ。

そうするとニュートンもアインシュタ

インも否定される。この先は別の稿で

書くとしよう。

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ものの謎の答え・解題 [謎]

今年の3月には見えた「もの=器」が

感動ばかりが残って、肝心の見えたと

思ったもの(美とか?)がまったく

見えなくなって、心身が煮詰まり始めて

いたよう。

数日前に「器の雑念三昧」をブログに

載せて、僕は「わからない人間」に

なったと、ギブアップした。思ったこと

を書いたまでだが、思ったことをその

まま書くのには、勇気と訓練が要る。

なに、ただ何度も思い切るだけのこと

だが、・・。

いつか習慣になり、自動で書く。そう

いう時は自覚していない。追い詰めら

れた時は人は意識しているつもりである。

実際は無自覚だ。酔っている人はほんと

に自分は酔っていないと思っている。

悲しみも苦しみも僕らはそういう心に

不適応な感情に悩まされているのであっ

て、それは酔っている体と心のシステム

に合致している。僕らは悲しみに、知ら

ず酔い、また苦しみに知らず酔う。それ

に囚われた状態になり、それを自覚でき

ない。だから、誰にも相談する必要が

ないと感じている。迷惑だとさえ思うか

もしれない。理性が自立して働いていな

いのだが、それに気がつく教育は受けた

こともない。

あ、話だ。

それはテレビを観ていて、急にわかった。

が、自覚ではない。自覚したのはその晩

にぼんやりしていて、自覚が立ってきた

時だろう。

番組は女優が奈良で筆づくりの体験を

するというもので、その筆職人の言葉

だった。お客さんがいい筆だというのが

いい筆で、(何十年も作っていますが)

私らにはいい筆はわからない、作り続け

るしか(ないんでしょうね)という話だ。



職人なのだ。職人は自然の中にいる。

自分がいい筆を決められないのは、当た

り前のことで、お客さんの選ぶものは

千差万別、となれば、なにがいい物かは

わからなくて、当然という・・。

部屋にいてそれを思い出して、浮かべて

いて判然とした。僕はそういう職人と

同じ意識の中で精神的区別を求めて、

わからないものを概念的精神的にわか

ろうとしていた。わかるはずがない。

ー と、わかった。



ものの良さというのは、区別できる、

という気がする。が、事実は微妙だ。

基準は3つあるだろう。

まず一つは、技術力の高さ、精巧に

して端正な出来栄えだ。そういうものを

目指したものはそれがないと、いいもの

と言えない。

次に、気にいるか、気に入らないか、

なんとなく感じることだ。これは好き

嫌いによほど近いが、用途などが考慮

に加味される。

最後に、買う気になるか、ならないか。

これを一番に考える人は多いかもしれ

ない。

これら3点の区別は理由はどうあれ、

微妙にお互いに観点がダブって見えるし、

見分け難い共通点もある。

だから、言ってしまうと、審美眼という

のは客観的に第三者的に評価されたり、

結果としてそうなったのでないと、ほぼ

信用しなくていい、という結果になる。

それはある、が、微妙過ぎるのだ。

だから、日常の買い物などでは、また

展覧会や個展などでは頼りにならないと

見ていい。

僕は見ればわかると思っていたから、

初めは陶器市や陶器フォーラムなどを

見て見て見て回った。やがて、益子市

で濱田(庄司)に出会って(作品、その

前から民芸運動の紹介で、ちらっとは

知っていた)、その著書の「無盡蔵」を

読んで、見ることで食欲が満たされる、

同じ経験を見出して、ついに自分の

試作の陶器にものの在る様子!?を

見て、痺れた。この感動からその意味

を見ようとして、まったく不毛の沙漠

をさ迷うことになってしまったのだった。

ここで終わりなら、昔の紙芝居だが(?)、

美といいものを区別ができなくなった。

終いにはなにがなんだかわからなくなっ

てしまった、ー という次第だ。



思い出したのは大学で習った、能の教科

書とも言える世阿弥の「風姿花伝」だ。

彼はその実(じつ=能芸術の芯)を「花」

と呼んだ。そして、お客さんには花の

わかる人もいればわからない人もいる。

わからない人にも楽しめるように能を

工夫すべきだと、書いてある。それを

思い出した。奈良の筆職人と共通する

のは、いいものはお客さんが決める、と

いうことだ。それで僕は僕の迷いが判然

として、溶けて消えたのだ。

猿頭蓋7-1.jpg

猿の洒落神戸も笑っている::

和を以て貴しとなす、と聖徳太子は言っ

た。(十七条の憲法)

皆で決める形式ではなく、皆で決める

まで決めないのが、ほんとうの民主主義

だ。長崎の離れ島に対馬があるが、近年

まではここでは長老?市役?などが集まっ

て島のことを弐日くらい話し合って決め

たそうだ。(「忘れられた日本人」)

小さなことで二日だから、大事なことは

もっとだから、民主主義は時間がかかる。

しかし、権力を持った政党や政治家が国

の不利益になる法案を押し通してしまう

今の国会よりもマシだろう。芸能界で

大きな話題が持ち上がると、その隙を

ついて重要法案が隠れるように通過させ

てしまう。マスコミも黙っている。

政治家のほうがわかっていることも

あるが、腰の抜けていないあの小泉でも

郵政民営化をプロパガンダ化しなければ

ならないほどだったのだから、腐った根

は深い。

日本ほど民主主義という「和」を精神的

に実行している国民はないのだが、・・。

それは国民の話で、政治の話ではない。

明治以来、政治は日本株式会社に塗り

変えられている。綿々と続く黒歴史は

その気にならなければ、調べもしない、

僕らはそれほど暇ではない、と言い訳

するだろう。

僕らは安倍さんがなぜ死んだのか、知ら

ないままだ。リンカーンやケネディと

綿々と続いたままだ。

あ、話が逸れた。

僕の器の話はどうでもよくなったみた

いだ。少し、現実という死の側に顔を

出してみただけ、だ。



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座間市と僕 戦争とヒント [戦争]

座間市では午後4時半と5時に鐘が

鳴る。工場で働くと休憩時や終業時

に聞く鐘の音に似たような音だ。

それで時間がわかるので、今聞いた

のは4時半なので、もうそんな時間

か、となる。

座間市にはたしか、27年居る。もう

そんなになるか、ではあるが、妙に

実感はない。

そして、座間市特有の思い出という、

なにかもない。特徴があるのだろうか、

ここは、と思うぐらい改めて考えるが、

なにも思い浮かばない。

小田急線の座間駅は遠く、ここは台地

なので起伏がある。その起伏に橋渡し

をした最寄りの駅「さがみ野」のほう

が身近に感じる。自転車で行けるので

日常生活の動線はさがみ野駅と自宅

が動線でつながっている。

座間市役所は選挙の時に事前投票を

することが多いので、それで市役所

にお邪魔する、といった感じだ。

特にないなぁ。



平成が令和になった時に不吉な感じ、

不穏な時代の飛来を予感した、ような

気がした。コロナパンデミックが来て

それみろ、と。 大地震が頻発して、

やっぱり、ロシアが戦線をウクライナ

に仕掛けて、思った通りだ、そして、

ハマスが汚い戦法で自分らの危機的

状況を解放しようとして、最悪の手段

で戦線を開いた。ますます拡大する

方向を示し始めた、この時。

その現実面と比例して僕の内面では

古代の神をつくった古代人たちに

その信仰の中になにか生命と知性に

関わる何かがあると直感する一連の

出来事があった。

これは人知れずのショックで一気に

現実と相俟って神経が揺さぶられ、

体調がダウンしてしまった。

それが10月16日以降、これまでの

意味不明なグダグダの疲労感への

診断だが、半分以上は実際そうな

のだろう。

29日の満月に直接の引き金があった

らしく、1日10時間以上間歇だが、

翌日から延々眠る日々が続いた。

それも4日目の昨日から回復し始めた。

今日も昨夜、3時間寝てから目が冴え

て、3時間起きていて、また寝たので、

今日の午後2時過ぎまで体が動か

なかった。疲れが、・・・。


これまでも戦争について詳しく書い

ておきたいとは思っていたが、最終

にその解決案は今の時点では望めな

いことがわかった。

わかっていたと、「皆と似たような

解決案になって、」と考えたので、

そこをもう少しどうにかしたかった

のだが、きっかけが得られなかった。

しかし、戦争の様相は書いておいて

もいいのではないか、とウクライナ

とパレスチナの惨状を見ていて、

思うようになった。

戦争の様相は何か。その何かの雛形

をヒントとしてさわりとして今は

書いておくだけでもいい、と考えた。



ムウ大陸という、空想の大陸では

ないが、ムゥーウー・・と唸って

しまう。ちょっと考えただけで

テーマが複合している。ヒントと

言ったが、それをヒントにまで

凝縮、簡易整理するのは力技で

力を入れ過ぎればなにかを主張

する極論・暴論になってしまう。

その傾向が強まってしまう。

歴史を見捨てて、概論の概念から

で済ませる方法もあるが、それは

解決から一番遠い方法である。

だから、考え方のヒントとしては

どうして戦争が起きてきたのか、

その経緯を人間の心理と経済・権力・

(市民には重要だが、支配者には

見せかけの)信仰・宗教という

ものから考察するのがひとつ。

それはイスラムとか旧約・新約とか

ではなく、神の支配方法に深く関連

している。そこは西洋を中心に、

東洋はすこし、それよりも形を変え

ていることを注目。

人々はなぜ神を信じるのか、信じた

がるのか、無神論は神を想定しなけ

れば、存立し得ない立場であること

にも注目。

旧約聖書やコーランを一字一句読ん

で研究する暇はない。もっとランダム

に読んで短時間で理解してしまう

ことは必須。そして、それは自分で

考える為の第一段階という基本だと

の自覚も必要。

それでも選択される資料や情報は

5000にも上るのだろう。(1日5冊

目を通しても、単純かつ簡易な計算

でも3年以上かかる)

僕は1990年頃から始めたから、

その思想が思惑くらいになるまで

に20数年を要した。のんびりやっ

たものだ。肝心なのは今、この時

に向き合うのか否か、ということ

で今向き合う気持ちがなければ、

すぐ3年5年は経ってしまう。何度

も振り返って思う教訓だ。ゆっくり

がまず大事だが、確実に続けること

が車の両輪のように肝要だ。




戦争論は二つある。戦争を起こす側

である権力側の戦争論と、戦争反対

の市民論である。これは国家と個人の

違いであると同時に、大まかに見る

ならば知性(の悪用)と感情(まかせ)

の対比でもある。ここに注目して考察

をふたつ関連付けて、よく考えること

が必要。

戦争を起こす側にとっては国民の

耳の一方を塞ぎ、都合の良い一方

(政府のプロパガンダ)に傾ける

ことは必須で、中国やロシア、北朝鮮

の情報統制はそれをよく示している。

また現在の日本も戦後の影響や反日

の影響で世界での常識な情報が隠さ

れることが多く、大新聞もマスコミ

も一部でしかそういう報道はしない

のが現状、その歪んだ状態は調べる

気になればわかる。ただ、陰謀論

などに肩入れする人はどうしても

その心情で偏ってしまうので、

あまり肩入れしない覚悟が必要。

それらを公平にこなしているうち

にわかることだが、戦争論のどちら

もその立場を表明しているので

どちらも正しい。そして、どちら

も心理的には相手に成否を委ねて

いる。支配は市民の暴動を恐れて

監視を強めるのは必須。市民は

生活の基盤は政府の指導にあると

考えるから、自分らがすることで

はないと、(自覚なく)見て見ぬ

ふりする。よほど追い込まれない

限りは、自由を求めない。

庶民的な自由の程度、それは幸福

の在りかなのだが、そこに落ち

着こうとして保守する、それを

維持しようとする。

それらが本来正鵠を得た知識で、

またそれらを本質から掴めば、

保守だろうと、改革だろうとその

全体図から幾通りにも解決案が

出て来る。そして、その現実は

そこからはほんとうの未知の問題

が浮かび上がることだ。以上。



なので、それら時間のかかる事項

はさておいて、今、念頭に置いて

おきたい戦争について初めに認識

したいことを話す。 認識すべき

は世界の富や領土への欲を恥ずべき

と思わない人たち=「戦争の遂行者

は戦争を必要とする者」たちだ、と

いうことだ。彼らにはそのために

常に敵なるもの・国が必要なので、

いなければ自ら作るだろう、敵国

を仕立て上げるだろう、という

ことである。

これが唯一の戦争が終わらない

理由だ。または大きな理由だ。

ジョージ・ブッシュ・ジュニア

大統領は9.11が起きた時、これは

「戦争だ」と演説で言った。断っ

たのだ、これから軍拡産業が儲かる

戦争を始める、ということを。

犯罪として処理するなら、戦争に

拡大する必要はなかっただろう。

実際にテロ組織が拡大していたに

しても、テロへの恐怖を拡大させ

る必要があったのだろう。

戦争の恐怖が身近である限り、

銃も砲弾も防御装置も、陸・海・

空で戦争関連のものが多いに売れ

る。だから、大量消費の代表である

戦争の必要程度の拡大と収縮は、

政策と戦略上の裏の必要事項なのだ。


それをどうするかのヒントもいる

だろう。例えば、ニュージーランド

は政府に民意が反映する機構を

採用しているようだ。この形態も

参考になるだろう。

社会主義国のキューバでは今でも

国民への支給は月3000円くらいで、

パンは1個20円、大学まで学費は

0円、性転換手術も理由がしっかり

あれば、これも0円、今でもそう

なのだろうか。

文豪ヘミングウェイ・ノーベル賞

作家は晩年の20年をキューバで過ご

した。キューバで往年のキャデラッ

クが走るのは車を輸入できないので、

修理しながら走らせているのだろう、

そんなキューバで彼はなぜ自殺した

のだろう?2度の飛行機事故で心身

の不調障害が原因?

脱線すると、連想は興味が尽きない。



探す気になれば、ヒントはいくらでも

ころがっている。戦争反対を訴える

声は当たり前に必要だが、戦争「賛成」

の人々の欺瞞・理屈を理解しないと、

僕らは一歩も進むことができない。

戦争の記憶を止めて伝える、という

子供の教育活動や戦争被害者が過去

に向かっただけの演説では拉致が開か

ないのだ。

僕らは戦争はなくならないと決めて

いる。誰に聞いたのだ?その名前は?

そういうように思いこんだというの

は、事実なのか、それともなくなら

ないという歴史上の事実が続いてい

るだけなのか?それを誰が決められ

るのか?君か?



座間市という街はある。事実として

動かない。だが、少し離れただけで

座間市も日本も一緒くたに儚く見え、

それが(または戦争が)あるという

実感が湧かない。


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