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豊かさの自然なものの批准 [豊かさ]

ものというのは、未だに深まる

謎であるのをやめない。一方で

ことは半分以上は数理や論理、

架空の現実や事実をつくろうと

試みて、精確な偶像をつくるのに

成功しているように見える。

それに比べてものの感覚を批准

することは容易ではないのだろう、

条約ではない自然の法則じみた

条約を僕らは自然の臣下として

その可否を批准して同意を与えら

れないのだ。

それがわかりつつあるのは、こと

の真理という枠がすっきりした

透明の枠のように見切れる可能性が

見えてきたことに拠るようだ。

ものに善悪や上下関係、利益相反を

範箇条のように理(ことわり)と

して求める者はいないだろう。

花が美しいのには、花の罪がある

とは思わないのと同じだ。

物はあるものとしてある。これは

当たり前すぎて、疑問に思えない

ほどだが、そこには「なぜ存在は

存在するものとしてあるのか」とは

僕らの知性の前提として問えない

からだ。問う前から存在している。

僕らが存在しなければ、問いは存在

しないのならば、問いの根源は僕ら

の知性がそもそも現れたからに他

ならないだろう。

ここで言うのは、そもそも名づけら

れた数字や言葉の関係性ではない。

それは知性が名付け親なので、問いの

根源を問うまでもない。言われている

のはそもそも在るものがあることの

意味を問おうとして、それが前もって

問えないと意識されていることだ。

例えば、痛みは僕らの問いでは神経

の感覚器官を以って感じることが

答えになっているが、その器官を

解剖でもって取り出すことはできる

だろう。

しかし、それは痛みだろうか。

どうして体を傷つけられると、痛みが

伝わるのかは分かった気でいるが、

それがどうして「痛み」なのか、

痛いのは嫌だから、軽く「くすぐっ

たい」でもよかったのではないか。

僕らはそれを問わない。問えないと

意識の前提で承知しているからだ、

たとえ無自覚だとしても。


だから、ものがあることの根源と

しての、その前提というのは謎の

一言なのだ。僕らはその現象に

名前や数値をつけて、そのレッテル

から他のレッテルを比較して、その

間の様々な関係についてのルール

や法則を見出したと思っている。

光そのものとは何か。電磁波は

なにか。電気はそもそも何なのか。

それを答える科学者はいないし、

神秘家でもいないだろう。

肯定も否定もない。それをまず

認めなければ、僕らの存在も危うく

なるのだから。僕らは電磁波の投影

体のようなもので、完全に実体は

ないとしたら、僕らの心身・社会の

道徳もルールもあってもなくても

いいものになってしまう。

僕らは生き始めてから、考えてい

る訳で、前もって生きる世界を

規定して、条件をつけて、記憶

だけなくして生まれてきたので

はないだろう。

もしかして、親も選んで生まれ

てきたのだろうか。もしくは、それ

さえも選ばされて誕生しなければ

ならない事情があったのだろうか。

そこまではもう考える範囲を超え

ている。空想や架空の語りと同じに

陥ってしまう。

ただ、物の根源を尋ねたら、の話だ。



どうも僕はものの謎という虚に嵌って

しまい、もがいて自由になろうとし

ているようなのだ。濱田庄司の器が

すぐにいいと思い、それは益子に

行っても間違えなかった。そして、

人間国宝だと知り、陶芸家に毛は

生えていたくらいに思ったが、著書

の「無儘蔵」を読んで、同じ食欲

にたどり着き、共有した、と思った。

今はこのことに言及する人を発見

するに至っていないが、どこかに

はいるのでは、と思っている。


僕は思う。ものに至るのに、他の

感覚の道があるはずなのだ、と。

それさえ見つければ、比較の材料

になるので、分析が可能になるはず

なのだ。

そうは思っていても、このものの謎

というテーマの塊に出会ってからは、

今までの思考のテーマや思考の壁に

なるものがはっきり見えるようで、

知性の分野がまた別な視野から眺め

られそうだとも思うのだ。

その一部はすでに書いたが、さらに

その延長と拡大はすでに視野に入っ

ている。

海で泳いでいた者が、蟻地獄に

はまり、砂地に吸い込まれ、泳ぐ

ことができない状態で、かえって

海で泳ぐ、川で泳ぐのはどういう

ことなのか、はっきりするような

ものだ。感覚にも知的に頼れない。

頼らずに、思い切って、地獄に

飲まれるつもりで、その状態から

逃れようとしないことだ。

それを思い出した。これまでいくら

でもそういう窮地から覚悟しても、

忘れてしまうものだ。習慣で身に

つくというものではないからだろう。

冥界でバランスを得た者は死を以っ

て生きんとしなければならない、の

だと。



社会の生でバランスを得た者には、

またそれなりの生活法がある。

その意味では僕らは公平なのだろう。

生活習慣は後天的に就くものもある

だろうが、大きくは生まれた時から

始まっている。生まれてから意識し

ない間に身に入った習慣・習俗がある。

現代の僕らには平安時代のしあわせ

は貴族や庶民などそれぞれ違うだろう

が、似たような身分でもそれを同じよ

うに感じるのは、たぶん、できない

ことなのだろうと思う。

意識の格差というのはそれほどの

ものと認識しなければ、僕らは僕ら

を知ることはできないだろう。

たどれば、僕らは人間で、たどれば

僕らは動物で、それは生物か植物か

微生物か昆虫か、わからない時代も

あったのだろうか。もう「もの」

としか言えない時代も。

そして、こう言ってしまったから

にはいつのことか知らないが、それを

探索する時代が来るのかもしれない。

飛行機に挑戦した時、人々は空を

人間が飛べるはずがない、常識で

考えればわかる、と言っていた。

僕らはそれをやってしまう種族なの

だろう。

ものの謎は?

昔の人のように、否定的にならざる

を得ない、― のが今の心情だろう。

考えても詮無い。



そういう時にむなしさを覚え、思い

出すが、それを思いやれるのは情で、

悲しみだろう。十分な時間が経てば、

儚さについての過去の悲しみはせつ

なさを裏にして甘さが沁みる。

人によっては逆で、むなしさを裏に

してせつなさが沁みるのだろう、と

想像される。

僕にもそういう二人の心情の交歓が

行き交いするようになったようだ。

ここで思い出されるのは小林(秀雄)

の「本居宣長」だ。宣長は源氏物語

の芯を「もののあはれ」と看破した。

それは僕が日本人として感じてしま

う儚さという哀れ、ものの悲しみ

だろう。

この稿を書いて、1時間経ち、結び

ついて思い出したらしい。底辺の心情

はそこから離れるようなものではない

ようだ。

人間は豊かなものなのだ。






::

BGMはショパンのトスカーナ4Kー

春のワルツ、 と並走して書いた。



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シャンデリア・Sorrow [詩]

甘い蜜の入った 悲しみなら 

よく 知っている 

もう あるべき悲しみは 

この世には あっても 

僕のものでは ない 

と 

そう思っていた 

nothing  gon'na change

my  mind ・・・

というメロディは それを 

壊してくれた 

それは  初め 

キラキラ していなかった 

突然、 悲しみだった 

ここにあった と 

その瞬間に 悲しみが 

結晶に なった 

パキパキと 固まり 

ガラスが  牙を 立てるように

なつかしかった 

ここに あった 

このメロディと ともに

この頃の僕の  悲しみが 



なんと  きれいな 悲しみだろう 

透明で  キラキラで 

シャンデリア だった 

もう 届かない  と 

なにも できない 

あきらめるしかない  という 

カラカラに 乾いた 喉 

そんな 気持ちが 

あったんだ 僕にも 

I  can  rule 

  day  la ・・



ひたひたと  誰も通らない

道を 

一人で 歩いていたと 

遠くから  鳥瞰するように 

孤独が  身に染みていた 

この 悲しみは 

誰にも  伝わらない 

誰にも  知られない  と 

割れたイメージに  自分を

傷つけて いた  



それが  あまりにも  

なつかしいのは  

なぜ  だろう  

あたたかく  迎えているのは 

どうして  だろう 



僕は  悲しみという

過去の 映画を観て 

懐メロがって  いるのだろう 

過去は  輝き 

こんなにも 存在感を 

増している 



これだから  人は 

祈ろうとする 

その大きなものに  すがるように 

その尊大で  偉大な 形に 

寄り添うことで  

安らぎを  得る  

そこから 少し 離れているが  

それが  わかるよ  

よく  わかる  

僕にも  勧めるのも  

よく    よく  

わかるよ 



僕にあるのは 

完全に  埋まらない 

底なしの  その底もない 

永遠に 広がる 

夜の  透明さがある 

空気もない  透徹した 

凛とした 

張り詰めた 世界 

それは  僕の意識が  

張り詰めて 反射されたから 



宇宙が  どれだけ  広くても 

埋められない  

終わることのない 

永遠は 僕らの 序章に 

過ぎないとさえ  見える 

僕らの  感覚には 

ほとんど 引っかかりもしない 

コンマ 1mmの  鉄板が 

心臓を スライスするように 

すり抜けて  ゆく 

途轍もなく  僕ら人間を

拒否するように  見えるが  

僕らを  問題には 

していないの だろう  

そういう杞憂が  そもそも  

僕ら  人間だと  

教え  諭すようだ 



この悲しみは  深くも  

浅くもない 

ただ  ただ  

僕らが  生まれる前から 

そして  僕らが 滅びても  

変らずに  ある 

これからも  人々に 

その印象を  残して

続いて  激流を 下るように 

すべるように 

音もなく  速く  流れるのだ 



時々 

その 端が  小さく 

キラキラ  輝く 

不思議だ  ここにいるのに 

あそこで  シャンデリアを 

見ているのは  この僕なのだ 

それは 

僕が  なんでもない 

ただの ものである時 

僕は  感じる  

僕は  ひとりではない と 

それは  何人とか 

大勢 いるとかじゃ ない 



僕は 

感じる  



すべてが あって 

それは 気がつくことができない 

できないのに 

そこにいる と 

その時 

>>>>> <<<<<


僕は 


<<<<< >>>>>


すべて  


<<<< >>>>>



それに  なる 




僕は  それだ 

この世を  包むような 

その 世界という  すべて  

その  すべてという  

一体が  ・・・・



その すべてが  ・・・・

・・・・・

・・・・・



・・・・・

( 眼にたまる 水を こらえる )



たしかに  

僕は ユニバース、 とか 

言えたりもする  かも 



もう  悲しみは 

消えてしまった 



でも 

過去の  君たちは 

いたよ 

今でも  それは  あるんだ 

小さいことが  大切なんだ 



遠く   遠く  



はるかに   はるかに  



僕らの  生命は  

なんと  愛らしいのだろう  

愛しい  君たち 



この世の  星たち 

シャンデリア 

破れゆくと  想う者たち 



なんと  きれいな 悲しみだろう 

透明で  キラキラで 

シャンデリア だった 

もう 届かない  と 

なにも できない 

あきらめるしかない  という 

カラカラに 乾いた 喉 

そんな 気持ちが 

あったんだ 僕にも 

I  can  rule 

  day  la ・・



ひたひたと  誰も通らない

道を 

一人で 歩いていたと 

遠くから  鳥瞰するように 

孤独が  身に染みていた 

この 悲しみは 

誰にも  伝わらない 

誰にも  知られない  と 

割れたイメージに  自分を

傷つけて いた  



それが  あまりにも  

なつかしいのは  

なぜ  だろう  

あたたかく  迎えているのは 

どうして  だろう 



僕が  なんでもない 

ただの ものである時 

僕は  感じる  

僕は  ひとりではない と 



僕は  それだ 

この世を  包むような 

その 世界という  すべて  

その  すべてという  

一体が  ・・・・



その すべてが  ・・・・

・・・・・

・・・・・



・・・・・
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ジェンダーギャップ指数と自分 [男女格差]

ジェンダーギャップ指数は世界各国

の男女格差を測って指数で表した

ものらしい。日本は125位で、過去

最低の順位になったと。

それはよくない的な雰囲気でニュース

が伝えられたが、見かけはそうだろう。

男女格差があるのはいいことではない

だろう。しかし、それが自然状態だっ

たら、一概にそうも言えない。

ある会社のビルの受付嬢だったか、

バイトだったかどうか忘れたが、それ

よりもその受付嬢からその会社の社員

になり、ついには社長にまで上り詰めた

アメリカの女性がいた。

当時では大変なことだったろう。女が

男社会で最初にぶつかる壁は上下関係が

お互いの関係の根幹をなすということだ。

男は生徒や学生時代にスポーツなどに

代表されるクラブ活動でそれは当たり前

に厳しく指導されるから、それを中心に

仕事で動くのだが、それを理解しない

新入の女性は上司に文句をよく言う

ようになる。それを横の平等関係で

対応してしまうので、出世の道は自然に

閉ざされてしまう。それを男の横暴と

勘違いしやすいので、誤解のまま批判

することになる。

アメリカでは独立の自立心が生活の

根幹にあるから、女性もその立場から

自分たちの主張をしやすい。意識が

自立しているし、女も平等に扱われる

べきだと考えるからだ。

しかし、日本の女性はどうだろう。

少数の女性評論家などは男尊女卑を

挙げて、男社会を批判していたが、

ポルノ映画の監督に言い負かされて

からテレビにも出演しなくなり、

性暴力の否定は正しかったのに、

そのまま消えてしまった。

日本ではアメリカのようにウーマン

パワーとかウーマン・リブの運動は

起こらなかった。

これは多くの女性がまだ自立的では

なく、女は裏から男を支えるなりして

コントロールするほうを支持している

からではないか。それほど男に卑下し

ているとは現在感じている女性がそれ

ほど多くないからではないか。

その例として、僕の最寄りの駅は相鉄線

であるが、痴漢対策なのか、女性専用

車両が1両ある。初めは先頭から3,4番

目の車両だったが、数か月で最後の車両

に変更になった。

男も女も誰も異を唱えないのだろう、今

も引き続き運行されている。が、フランス

の女性はそれは女性への侮蔑だ、みたい

に言ったそうだ。なぜ親切に痴漢対策の

車両をつくってくれたのに、異を唱える

のか。それは欧米の女性が自由と独立の

精神を標榜する文化の国に生まれたから

だ。

男女平等であるからには、それが虐げら

れるのなら、自らも立ち上がらなければ

ならない、と身に染みて考えるからだ。

フランス革命の国の女性らしい。それは

単に考えではなしに、生活の伝統・習慣

から自然に出て来る。

だから、女性専用車両に女性が追いや

られ、押し込められたように思うのだ。

痴漢対策であるのなら、痴漢への直接の

対策をすべきで、女性に逃げるような

ことをさせるべきではない、それでは

痴漢のほうを認めるようではないか、

ということだろう。

なので、日本の女性はそういう自立心

の環境がないということになる。会社

の上下関係で苦しむ女性社員がもっと

自由に仕事がしたいと望む時に起こる

ものだろう。

それが熟してそういう時期が来るか

どうかはこれからのことだろう、という

ことで、ジェンダーギャップ指数の

数字が125位というのは、順位が低い

から、日本は文化後進国だという意味

ではない。

世界は徐々に社会が女性化してきた経緯

があり、今も進行はしているが、その国

の事情などもあり、指数だけで文化の

進行序列などはつけられるものではない。

セクハラ・パワハラ・モワハラという

新しく微妙な傷害罪の概念が出てきて、

それほど日は経っていない。

これから慣れていくのが僕らの生活に

なっていくのだろう。それらが新しい

僕らが自分というものに備え付けるもの

になる。だから、世間は自分というもの

の集団を指すのであるし、意識も変えら

れてゆくのが、自分という世間なのだ。

自分と世間は重なった部分では同じで、

はみ出た部分は集団と個人の差でしか

ない。それで、自分を知ることは世間

を知ることでもある。

例えば、虐げる者がいれば、虐げる者

の立場や感情を許すというのではなく、

理解しなければ、僕らは同じ自分と  

闘っているに過ぎない。

そこを吟味しないと、僕らは知らずに

独りよがりに陥ることになる。ジェンダー

ギャップにも戸惑うことになるのかも

しれない。


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誕生から7000年以上経ったもの [精神]

僕にできることは、あと何が残って

いるのだろう、と考える。わざわざ

考えると言うほどにできることをし

たくなくなってゆく自分を感じる。

生産をする、表現をする、という側

から今はもう、それらを社会や人に

限らずに、自然でも楽に楽しみたい

という願望のほうが多い。

文明や現代の文化から遠ざかることを

少しも苦にしない、苦にならない

自分がそこにいる。

ありのままを危険と考えることができる

下地がそこにはある。生きていることが

生きようとしなくても楽しいと感じられ

る心身の環境がそろって備わったような

感覚なのだ。

博物館や美術館というと心躍り、行きたい、

見たい自分がそこにいたのだが、それが

生活の日常の場の楽しみとそれほど格差

がなくなってきたと感じるようになって

からは、たとえどこに行かなくても、

行けなくても、それが大したことでは

なく思える。

目的や追求や挑戦はそれなりに興味を

そそるが、それがなくてはという気持ち

からはかなり遠くへ来てしまったようだ。

それは自分の生活から文明文化の華麗な

芸術や美術、文学・学問知識、その作品

群を除いてしまってもさして問題には

感じない心を表すようだ。

自然が芸術も民芸も差をつけるという

ことがないのはそういうものだとしても、

人がそういう風になってしまうのは困った

ことだ。

いいものに対するかなりの自信というプラ

イドがそこではなくなってしまう。逆に

“何でもいいもの”でも構わなくなって

しまう。区別が付けられなくなって、区別

がつかないという状態になるようだ。

たぶん、ある作品について尋ねられれば、

そこで口を開いて見ているものの印象なり

感想なりが出てくると思うが、それは初め

から意図した言葉ではないのだろう。

そういう世界が、実に、 ここにある と

しか言えないが、それが何かとは言えない。

それに価値があるとか、意味があるとかは

関わりのない事柄だからだ。

僕はこの生活に安住しているのだろう、と

思われるかもしれないが、そうではない。

意識は絶えず、もう一つの視点から眺める

からだ。夕方に自室で夕食の時間まで仮眠

をよくするが、目を覚まさせて、階下に

降りて行きながら、感じるのはどこかの

旅館で夕食の時間になったので、食堂へ

向かう時の軽い緊張だ。これは生活に

あぐらをかいている態度ではないだろう。

これまでも自宅を自分の家として感情的に

旅行から帰る折に郷愁とかのあったかい

家に帰る、とかの感想をしたことがない。

どこかで仮の住まいと思っているからだ。

心はホームレスなのかもしれない。

いつでもしあわせをつくれる生活という

のは、しあわせな生活を土台としては

いないだろう。しあわせなら、新たに

しあわせを作る必要はないからだ。

小さな不幸や遠くの多大な不幸を対比

させて、(それに比べれば、と)自分

のしあわせを感じるきっかけにするの

だろうから。

なので僕には人が幸せにナリタイという

気持ちが心底からはわからないようだ。

どこに居ても、どんな状態でもしあわせ

はありふれて、どうにでもつくれる気が

している。

そこでこうも言える。僕はしあわせになり

たいと思ったことはない、いつでもそれを

チョイスして、なれるからだ。むしろ、

しあわせにはナレない、しあわせである、

という状態がどういう心か知っている、

わかっているから、なりたいとは思わない。

自由でない人間ほど自由にナリタイと

主張するのと同じだろう。



心が紀元前5000年以上前に誕生した頃、

想像してみたまえ、まだ心についてなに

も知らない頃、それは明るくて、くった

くのない爽やかなものだったのでは

ないか。だと、賛同する考えになるなら、

まだそれを取り戻すことができる。

でも、それから現代は7000年以上経っ

てしまっていて、気持ちさえも考え

(という文明文化)の支配の傾向から

逃げられなくなってしまっている。

人間の知性の進化を選び続けるしか

なかったと気持ちでさえ言い訳する

のだろう。

僕らはそういう処にいる。




::


この稿では心と精神を区別していない。

心も精神によって形にされるからだ。

微妙なことを詳しく説明しても、逆に

わかりにくくするし、また実際に両方

のあいまいな部分もあるので、その

ままにした。
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つまづくと書ける兆候:日記 [日記]

不安は恐怖から生起される。それは昔

からよく知られていること。

今の状況は不安と平安の境目がはっきり

しないし、あいまいな領域があり、その

ために不安も平安も一緒に存在すると

いう矛盾じみた状態なのだが、ともあれ

平安の位置に心身をふつうに寄せるので、

矛盾も感じず、その両方を平安側から

眺めるという具合だろうか。

そういう自分を意識すると思うのだが、

やはりある意味での不思議さを感じる。

こうして自分のことを書き続ける動機も

あいまいだし、何らかの意図が、僕自身

に、あるいは他の遺伝子の記憶とか、

共感覚のようなシンクロがあるのか、

わからないが、そういうものを疑う。

憶測でも、意識の最先端であるならば、

それはこれまでの書いた通り、僕らの

予測のつかない毎瞬に変化を被って

いる進化の微妙な過程が考えられる。

それがなければ、僕らは成長しないし、

子供から大人にもならず、思考も感情も

感覚も影響を何物からも受けないので、

知的障害者のように歳も取らないだろう。


それを証明するためにこうして、毎日の

思考や生活の変化を書き綴っていると

いうのも、書いている理由になるという

気がしている。そして、それを信じて

いないもうひとりの自分がいるのも

事実だ。そうして、自分を活かし、生か

す方の意識の状況に中心を置くのだ。

その意味では功利主義に見えるが、生存

はそれを基本に必要な掟や法則ぐらいに

までと思っているだろう、と自分でも

確信している。


アメリカの製造業都市で駅が上にあって、

鉄骨の組み合わされた階段を登ってゆく

光景にはなぜか、(労働者階級の)生活

の匂いを感じて、日本にはないそのむき

出しの階段を忘れられないのだが、それ

に忘却されない理由を見出せないのも、

またよくあることだ。


ここでつまづく。珍しいが、最近はもの

をよく考えていないのだろう。その

ストックがないので、書くことが無く

なってしまうのではないか。何を書い

てもいいから、と思っても、実際には

「何事か」を書くのだから、そこには

どんなに微妙でも恣意がある。

ふつうは善を書く、楽しさを書く、

驚かせることでも社会で想定内のもの

を書くに決まっている。決まってはい

ないのだが、僕らはほぼそれに従って

いる。もちろん、無自覚にだが。・・、


この社会・世間に合わせて、その性質に

寄り添い、評価が得られるような恣意が

必ずある。それが社会的性格で、僕らの

受けた教育はそれを刷り込むようにでき

ている。

それが人間の知性がすることの本質から

十分に想定内で推測できる。未来の姿を

どんどん重ねてスケールや技術的デザ

インを組み合わせたものだ。

それも宇宙にでも出れば、多くの人が

人生に対する考えを変えてしまうほど

の経験が得られるのだが、それにしても

最初期の頃でなるべく少人数で体験する

必要の内で、だろう。残念ながら、誰

でも宇宙に行けるようになると、僕らの

頭は概知感で新しい経験の未知さという

新鮮なエッセンスをすぐに隠して、

忘れさせてしまう。レコードやCDで

同じ曲を聴き過ぎると、最初の頃の

感激がなくなってゆくようなものだ。


初めから予測していたのは、ものごと

の様相がわかればわかるほど、それらが

密接に結びついていて、世界の複雑さは

その内容が混乱しているのに反比例して

そのひと眼は単純なイメージに収束され

るだろう、ということだった。

むしろ、それを予測しながら、解明に

向けて実験を繰り返してきただろう、と

も言えることだ。

そして、それは誤らなかった。世界は

そういうい様相を明らかにするのを

止める様子はこれまでにはない。

それは世界を理解する、という思考的な

ものよりも体現する、という自己に

反射的に与えられるような表現・実現を

要求し始めるものだ。わかるのなら、

それを説明するのではなく、それを

生きろ、人生で表せ、というわけだ。


しかし、すべての恣意や意図にはその

恣意内、意図の内というあらかじめの

限界範囲が存在する。スケールがその

人に応じて(自然な)決まっている。

理屈だが、限界は限界が小局でそれ

ぞれにあるから、大局では限界は破る

ことができ、その意味で限界は存在し

なくなる。

その微妙な仕掛けがあるのだが、ヘーゲル

はそれを概念を生命原理にまで信じて、

止揚(アウフヘーベン)という機能に

まとめて説明したようだが、概念が

固く信じられたので、読者はその意味を

そういうように解したが、微妙な昇華

の炎については見逃す結果につながった

ようだ。その点をキルケゴールやニーチェ

などが表現しようとしたが、カントから

止揚しようとしたヘーゲルの問題はカント

の超越的意識の前提という命題ですでに

現れている。(カントは三大批判書を

書いているが、その中心の「純粋理性

批判」は四度だったか、書き直している、

という。)

この摩訶不思議な「超越」を説明が

不可能なことから、逆にどういう説明

の方式も存するという逆説にあって、

あらゆる言葉哲学が可能になって

しまっている。


僕らはそれからどこに居るかというと、

まったく雲をつかむような有様で、

それは僕らが現代という環境に包まれ

それに順化して、その意識も持てずに

現代という特殊な一点から歴史を考え

ているからだ。

カントの「超越」もヘーゲルの「止揚」

もその中味は時代の環境の中身を知る・

感じるという直接的なもので、推考

した概念事項ではないのだ。

誰がするのか知らないが、そういう人は

いつも現れる。遠くの時代の風を或る

時間の間隙から感じ取って、その内容に

ついて語れる、ということが。今も

いるだろうが、その人がそれを伝える

のに適切なセンスや才能を備えている

かとなると心もとないので、少しは

待たされるのだ。

ブッダは2600年も現れていないし、

音楽のモーツアルトも200年以上も

現れていない。まだ余分な遺伝子は

それぞれの人に十分余裕があるので

現れるのは、確実なことだ。

必要は発明の母、ということがあるが、

ことの始まりはそういうことになる

のだろう。

陶芸の東京の先生と他の人との雑談で

器のなに(美?)について「好き好き

が半分だけれど、後の半分がいいもの

だとすれば、なにがいいものか、わか

ればわかるほど、わからなくなる」と

言ったのが、先生には非常識に聴こえ

たらしいが、それは世界の複雑さが

わかれば、ますます錯綜して、わから

なくなることを言ったものだ。

僕らがわかることを前提になにかを

規定する以上、わからないものは

それをはみ出すもので、実際にはさら

に増え続けるのは必定だと僕は、思う

のだ。


そういう、考えるとかくも不安定で、

気持ちは安定した空気が支配する、

そういう矛盾を帯びた二重の生活環境

を想像できるだろうか。見えない

意識の環境とかいう状況を想像する

のは、健康にはよくないのではないか

と思っている。

僕はますます、集中して積極的に

思考・追及する生活からは離れて

行く気がしている。

現代にも自然に共存する意識の

生活法はあるだろう、工夫次第・

実行次第・試行次第だと思っている。

それははっきり眼に見えるものでは

ないと。



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奇妙な式: 動物+人間 → 自分 [自分]

この式は僕の場合は正解だが、一般解

ではない。だから、逆に、

{自分 「→」 動物+人間} には

ならない。矢印は逆向きにならない。

自分を分析し続けても、動物も人間も

導き出せない。

自分を仮に消滅や破壊しなければ、

その人の正解は出てこないだろう。

新自分.png

新自分感覚 陽秋画


自分ははっきり意識できるが、内容と

しては矛盾した半面同士があり、それは

自意識と無意識との矛盾という一般解と

自覚と無自覚という夢の矛盾を抱えて

いて、無自覚は自分が意識していない

時にすべての行動の素因をなす。

自分が壊滅すると、自分との適応・不

適応という命題・問題がそもそもなく

なってしまうので、一般的は耐え難い

不安や苦しみに襲われると思いがちだ

が、ありのままに映るリアルが生命

を支えるので、虚しい状態のまま、

なんの不都合もなく暮らせる。

それは奇妙な精神生活ではある。

ありのままの動物とか、ありのままの

人間ということが、元から矛盾して

いる。人間の主に「心」とまた、それ

に重要かつ多大な影響のある「体」の

神経や感覚が複合してバランスして

いるのが「自分」という概念の状態

だからだ。

自分が壊滅すると、僕らは目的も

結果への追求も失う。根無し草のよう

にその日を生きるようになるだろう。

それは通常、無自覚な不安から孤独

に放浪とか彷徨したくなるようだ。


良寛さんは(思い出す限りでは)

18歳で仏教修業・学業を終えて、

外(世間)に出よと師の僧に言わ

れて、全国へ向け放浪して、ある村

で世話になり、あばら家ももらって、

そこで仏の道など説いて、子供と

遊んでいた。


一休さんは偉い人の御落胤で、

村人の問題をかなり頓智の知恵で

解決した人で、晩年に全盲の中年

の尼僧を世話して、また惚れて性

生活に豊かさを見出して、その

尼僧を置いて、死ぬのは嫌だ、と

言っていた。権力者の相談にも

立ち会う立場だったので、通俗

の環境とは縁が切れなかった。


西郷さんは若い頃、改革者の僧が

入水処刑された時に一緒に入水し

て、心中を図ったが、一人助かっ

てしまった。

明治維新までの中心をなした人で

最後までやり通した人だった。

その代わりに彼の弟三人はほぼ戦場

で重傷を負い、亡くなっている。

ひとり、頭に銃弾が当たりながらも、

奇跡的に助かり、その後は裏方の事務

で戦場に出なかったので、明治政府

に召し抱えられた。その弟、従道は

西南戦争でも西郷を助けようと尽力

した。

情け深い西郷は弟の死に激しく嘆き、

戊辰戦争でも東北で敗れた者へ寛大な

措置をして、それに感激した若者は

西郷が政府から下野した時には鹿児島

へかけつけたほどで、後に神様として

神社ができるほどその人柄が慕われた

人だったが、底の知れない人物で、

心の中心に自分はなかったようだ。

時代は彼を利用したかのように維新

を遂げさせ、最後に古い絆を断ち

切るかのように、古い考えの若者たち

とともに戦死して、維新の残務整理

までした。

西郷さんは底のない人物だったろう、

闇の魔力化のようなカリスマが兄弟

たちを犠牲にして、彼自身は何を

したかったのか、自分でもわかって

いなかっただろう。朱子学みたいな

当時の教養(そこからの敬天愛人)

があったが、それは表向きのもので、

彼は人への愛と戦い好きの矛盾した

面を持っていた。人に慕われる面は

いつの時代でも強調されて、イメージ

として残る、それが歴史のプロパガンダ

だ。それでもそれを尊敬することが

その時代への敬意であり、僕らの偉大

さだろう。


それを説明はできない。これが自分

を認識する正確な分水嶺だ。人は

自分を以って認識しようとするので

勝手な意見に終わってしまう。

好き好きな意見がのさばるのも、

また自然状態と言えるだろう。

説明ができない実相の状態も

勝手な意見の自然状態も、似たよう

にイメージはひとつですぐわかる

のに、内容は入り組んでいて、

その矛盾を同時には説明できない。

その意味ではどの人の人生も矛盾

はないのだが、一面や固定した

視点などで決めつけたがる点を見る

と多くの間違いに気づく。

しかし、人は誰かに「あなたはなにか

である」と、指摘されたり(主に賞賛

を望むが)決められたがっている自分

でもある。


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中国古典音楽 古琴 [音楽]

前にも書いたが、中国の音楽の古琴は

一度心に捕らえられてから、ふとした

時に聴きたくなるようだ。

その楽器の所為だろう。哀愁を帯びて

いることが多く、二胡になると、その

琴線的な音色に、今ではしびれてしまう。

派手で盛り上がる演奏・音楽もあるが、

郷愁・哀愁の悲しみを帯びたものが好き

なのは、子供の頃にどこかで聴いた記憶

がある所為だろうかと、頭の中で遠くを

眺めるようだ。

単調な中に空気をつんざいて、哀しみが

夜を渡ってゆく風情がある。

聴きながら、今誰も聴いていないの

だろうな、と思うと勿体ない気もするが、

これは好き好きなので聴いて楽しめる

には時期もあれば、きっかけもあるのだ

ろう、と思ってしまう。

中世の木造のわび住まいで聴いたら、

たまらないだろう、と勝手な想像を

逞(たくま)しくする。

水墨笑う仙人2-1.jpg

これは雪舟の同時代の画家が描いた

ものだと思うが、にやけて風に吹か

れた衣の風情も珍しくて面白い。

それで思い出したが、印象派の第一人者、

どの画家も影響を受けたというセザンヌ

は髑髏のデッサンをしていた。それで

僕も人間ではなく、猿の髑髏なら手に入れ

られるのではないかと、思ったが、上野

動物園にはまだ電話を入れていない。

それからは猿の骸骨を欲しくなり、

最近気がついたのは、陶芸をしている

のだから、粘土で作ればいいのだ、と

気づいた。

猿頭蓋2-1.jpg

これは牙が生えているから、大昔の

猿ではないか。

猿頭蓋7-1.jpg

これも猿だが、笑っているように

見える。「笑う猿」を作ってみたい

と思うようになった。

猿は眼窩が大きくて、脳の部分が

小さいようだ。人間の脳の増大と

いう進化は環境の動機は何で、どの

ように齎したのだろうか、と疑問が

湧いた。
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南国ロックダウン [詩]

シェミガンビーミ・ラ・ローンローン

ロン 

カンダウンカンダウン・ギーミ―

ラ・ロイロイロンロン・ロン 

ハギマ カンダウン  カンダウン

ロンダウン  ロンダウン 

カミライ オ・オ・オ・オ・オ・オ 

ウーン ロンロンローン  ロンロン

ウィガネ シッソンウォ―ン 

ギミガミ サンダウン  ロウダウン

シェミガミ  ロンダウン ロンダウン

ノーテミ  オウオウオウオウオウ 

シーアボロ  カムダウン カムダウン

トーキン アスクユー  オ・オ・オ・オ・オ

カムダウン カムダウン 

オウ・オウ・オウ・オウ・オウ 

ヤンダウン ヤンダウン ヤンダウン 

アーイ ハーイ 

フォー ロンダウン  ロンダウン 

ディギサイミー オウノア ギミー 

テルアス  テルミー  カムダウン 

カムダウン  オ・オ・オ・オ・オ 


アナソーレスキュ ノトミ 

ダブリュアイ コンコン  ダウウァイ

ハス三―  キスユー  カムダウン 

ベイビー  キムアシュ  ラシュアイ 

バイビー  カムダウン  カムダウン 

ヤム ダウン  ロックダウン  

ロックダウン  ロ・ロ・ロ・ロ・ロ 

カムダウン  カムダウン 

ロ・ロ・ロ・ロ・ロ ウォ・ウォ・ウォ・ウォ 

カミライ ヘミギャウワイ べランズロ 

チンゴウォン カムダウン  カムダウン 

アサリシマイハウ ドンコウウォウ 


オ・オ・オ・オ・オ ロ・ロ・ロ・ロ・ロ 

シーマイ パティ コウフォンヲ 

ベイビー  ショウミハウ カミライ 

カムダウン  カムダウン 

オ・オ・オ・オ・オ ロ・ロ・ロ・ロ・ロ

( ユー  ラーイ  レーロ)

ハーイズ  ラーイズ  ヤンガウン 

シーウェイ アロー  ユニオア 

ハイウェ チンゴンウォ ドゥブオア 

シー  カミライ  ン~ 

シギレミ カムゴン  ウォン 

フォー カムダウン  ヤムダウン


夢のように  青い空 

鮮やかに 輝く  碧い海 

南国の 歌が  イカダに 

乗った リズムで  

南国.png

カンダウンカンダウン・ギーミ―

ラ・ロイロイロンロン・ロン 

ハギマ カンダウン  カンダウン

ロンダウン  ロンダウン 

カミライ オ・オ・オ・オ・オ・オ 

ウーン ロンロンローン  ロンロン

ウィガネ シッソンウォ―ン 

ギミガミ サンダウン  ロウダウン

シェミガミ  ロンダウン ロンダウン

ノーテミ  オウオウオウオウオウ 

シーアボロ  カムダウン カムダウン

トーキン アスクユー  オ・オ・オ・オ・オ

カムダウン カムダウン 

オウ・オウ・オウ・オウ・オウ 

ヤンダウン ヤンダウン ヤンダウン 

アーイ ハーイ 

オ・オ・オ・オ・オ ロ・ロ・ロ・ロ・ロ 

シーマイ パティ コウフォンヲ 

ベイビー  ショウミハウ カミライ 

カムダウン  カムダウン

・・・・・・・ ・・・・・

・・・・・・・ 

・・・・・・

・・・・・



原詩: Calm Down :: Rema&Selena Gomez
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信号のない通り(海外)と信号故障の時(日本) [文化]

信号故障という事故が過去に1回、

座間市の246号線の交差点であった。

そんなことを自宅で耳にしたが、

特に興味もなく野次馬みたいに見に

出かけることもなかった。

ところが、信号の向こうに用ができ

て、そこへ行かざるを得なくなった。

どんな状態だろう、車が停止して

大混雑だろうから、歩行者は渡れる

のかしらん、と出てみた。

ものの10秒も歩けば、交差点の見える

通りに出るのですぐわかる。

なるほど渋滞もいいとこだ、交差点は

車だらけだった。

またところが、近づいてゆくにつれ、

状況が見えてきた。それぞれ四方向から

入って来る車同士で身動きができない

だろう、と推察したのだが、車が少し

ずつ動いているのである。わかれば、

驚くべき光景だった。直進車もいれば、

右左折する車もいる。左折は楽だが、

右折車は縦横の直進する車を二重に

避けて進む。そんな車もいる中で

車同士が互いに接触しないように、

少しずつ譲り合って、それぞれ動いて

進んでいて、皆交差点を乗り切って

いるのである。

まだ警察も来ていないので、信号が

真っ暗な中、その場その場のやり繰り

だけで、なんと皆、交差点に入り、

時間はかかるが、ちゃんと出て行って

いるようなのだ。見渡しても、どの車

も立ち止まって、事故の交渉をしている

のは見かけない。全車無事だということ。



驚き、そして感心してしまった。これが

日本人か、と誇らしくも思った。

外人が見たら、たまげるだろう。そして、

西洋社会では決して起こらないのでは

ないか。欧米ならそれぞれクラクション

を鳴らして、どけどけオレが通るんだ、

と言わんばかりにお互いに動けず、事故

も起こりパニックにもなっていたかも

しれない、と予測がつく。そういう気質

なのだ、向こうは。 仕方ない。


さて、そして歩行者である。車はいいが、

歩行者はどうしているかと言うと、心配

ないのだ。そのゆるく動く車の間をすり

抜けるように、大して用心もなく皆、

歩いて渡っている。

つまり、時間はかかるし、不安もあるが

交差点はそれぞれの通行に機能している

のだ。僕は心で笑いながら、交差点の

ひしめき合った車の間を余裕で歩いて

渡って来た。

10分くらいして戻ってみると、警察が

来ていて、中央に手差しの指示をする

警察官一人に、その他四つ角に警官が

配備されて、細かく指導していて、

信号が復帰するまでその手旗の信号で

やっていたようだ。もう見物(みもの)

ではなくなったので、少しがっかりして

帰った。


実はこれと似たことを常にしている国の

或る通りを経験してきたのを忘れていた。

思い出してみると、あれは東南アジアで

のことでベトナムだったか、タイだったか

忘れたが、観光客が多い通りのことだった。

向こうの通りに渡りたいのだが、8mく

らいの幅のその通りは、自転車、自動車、

リキシャ―もいたか、ラッシュ時のよう

に百台くらいがいつも走っている。

そこに向こうに渡るための信号や横断歩道

がないのである。右も左も見る限りで、

信号はひとつもない。

どうしたものかと見ていた。

僕はこうした現象を目撃すると、落ち着く。

シャーロック·ホームズばりの推理を

働かせるチャンスだからだ。すると、

渡る女性がいて、現地の人だろう。自転車

も車も停まってくれてなんとか通っている

ように見える。

そこへ向こう側のインド人風の顔の濃い

おじさんが家族を渡すのだろう、なにか

わめいているのか、手を振って走る車に

向かって行った。家族は子供もいて4人

くらいだったろうか、大騒ぎだった。

そこまで見て、見当はついた。なんと、

信号は要らないのだ。

ただいつものように少し、車や自転車

の空いた処を見計らって歩き出せば、

それらの車は止まってくれるのだ。

それが習慣になっているのだろう、

それで不便はないから、信号がない

のだ。

ー:と思っても、実際は大量の車・

自転車が押し寄せて流れているので、

地元民でないととても渡れる状況だとは

見えないだろう。

こうして確信した僕は2mくらいの

隙間を見ると、そこへ足を出して

歩き始めた。さすがにちょっと度胸が

要る。思った通りに、自転車も車も

危なくなく慣れた調子で停止するので

今度はその急停止が危なくない技術に

感心してしまった。1台が止まるのを

見るが早いか、その横も後ろもそれに

合わせて止まるのがスムーズなこと。

これが文化なのだろうか、とも思わせる

足並みだった。 見事。

初めの自転車が止まってくれると、あと

は気持ちも余裕だった。推理が当たった

ので、頭で笑いながら、その信号のない

通りを渡った。 爽快。


郷に入れば郷に従え、とはよくぞ言った

ものだ。東洋のこういう習性はどういう

感覚や感情から生まれたものだろうか、

と考えたりした。ま、いいとこばかり

ではないが、・・・。


ベトナム?夜1.jpg

これは別の国の映像だろう、夜だし、

同じ旅行の日程で。KFC(ケンタッキー

フライドチキン)の店が見える、確か、

(2012.12.08)この2階のレストラン

で食事をした。
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風と 縄文 [夢]

風の子ら 

見えない 童子 

近くに 寄りて 顔を

見せよ


東々海 とうと海

泣き濡らし 幼い娘 あらば 

玩具を 与えよ 


巻き散らす  つむじ風 

本日は  晴天 なり 

今日という 日は  

祝祭日  なり 

謳い  足腰 かまわず 

動かして  踊り 

この日を  讃えよ 


今日は 人類 最後の日 なり  

本日は 新しい人たちの 

生誕する  吉日 なり 

地球の  衣替え 

さすれば  入学式 なり

とも 言うべきか 



古今  

終わりは 始まりなりと 

言うからには 

昆虫の 殻から  出るは 

成虫への  昇華の 儀式のみ 

ならず 

生きとし 生けるもの そのものの 

生態学にも 似た 

血の流るる 歴史ぞ かし 



僕らは  行かん 

その道を 

その 

進むべき 道を 

他に 迷いようもない 

天然自然の  道を 

やよ  忘るな 

一万年の  縄文を 

これまでの 新世代よりも 

長かった  時代を 


遠く  厚い  空気を 

風の  まにまに 

赤子の  間に 間に 

すべて  用意されて 

いたこと を 





:::
(参考) 

万葉集 第一歌 

すめらみこと*の御製歌

籠(こ)もよ  み籠もち 

掘串(ふくし)もよ  み掘串持ち 

この岡に  菜摘ます子 

家 告(の)らせ  名 告らさね 

そらみつ  大和の国は 

おしなべて  我こそ 居れ 

しきなべて  我こそ 居れ 

我こそば  告らめ 

家をも  名をも  

: *雄略天皇

陽秋の夢1.png


陽秋の夢:

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