SSブログ

自分の他に言葉はあるのだろうか? [死]

( 死について )


学校は夏休みに入った。  

自分は8月を暑気休みにしようと思っていたので、  

夏休みがあるのをすっかり忘れていた。  

今から夏休みにしていいくらいの気候だ。  

もともと暑気休みが夏休みのことだったのだろう。  

相変わらず、感激のない日々が続く。オリンピックに  

水泳も、テニスも、柔道も、フィギアスケートの世界  

選手権を見るくらいの感激しかない。表面の感動は  

あるが、それは鬱だった時に、これは面白い場面だと  

わかるので、顔を笑う顔にする、といった身の入った  

感激ではない。   

すべてのことが些細な出来事に思えてきた。それは 

いつもあったことだが、それを表に中心では出して   

来なかったろう。マイナスの面を代表するからだ。  

外の仕事で少し遊んでみたが、これも慣れて、飽きて  

凡ミスも一つ犯すということになった。緊張するだけの  

注意力を傾けられなくなった。読書と同じくらいに   

つまらないのだ。3ヵ月から半年には小説を1冊は  

購入している。その時は読みたいと思うのだが、  

最近の4冊はまったく手が出ない。興味はよく湧く  

ほうだ。中古で探したりする、見つけると買ったり  

するが、そこまでだ。部屋に「積ん読(つんどく) 

で終焉を迎える。  

僕は死との距離が保てなくなってきたのかもしれ  

ない。それは認めてしまうことではないので、無視  

しているつもりだったが、今、精神的にそれを防ぐ  

方法も転換もない。つまらない映画で、悲しみを  

癒すことはできないという台詞を笑えない。それは  

今でも転換できるが、努力する必要があるような気  

がする。努力?そんなものに努力など必要なかった。  

だから、今はそれに努力をする気力もない。  

死に入ることもなく、生に安住する法で生きるのでも  

ない、両方で生きてみたかった。無意識との往復運動  

でそれは叶えられたが、疲れてしまってはダメな活動  

だったのだろう、ここまではそういう衰退が見られる。  

この先は厳密には何もわかっていないが、新しい  

展開は無理そうな気がしてきている。体が続かない、  

というのはそういう展開を予想して正しいのではないか。  

なんにしろ、そういうことが僕には一番で、一番楽だ。  

言いたいことを言っている、と。  

体は持つだろう。死を迎えるには3,4年かかる。どう  

しようもなく、誰が見ても仕方のない死を迎えるのが  

普通だ。それは僕の両親だったが、僕はそれから逃れ  

られるか、わからない。まだ、二人のほうが長生きした  

からだ。  

死の原則はやはり完全消滅にあるようだ。何もかも  

亡くなる。それは変わらない。人々の期待には沿え  

ないが、僕らは消滅してしまう。ところが、それを  

原則と言ったのは、やはりそれだけではないからだ。  

完全消滅するのは、「自分」という芯だ。これは変わり  

がない。次に生まれたとしても、体から替わり、それで  

性格も変わり、それらが運命を変える。もう昔の  

自分はどこにも再生しない。僕らが死を望まないのは、  

常にこの「自分」を活かしたい・生かしたいからだ。  

それは残るが、かすかなものだ。それを感じ取れる  

者も少ない。だから、わずかに記憶が過去として  

残るが、あなたの自分は跡形もない。  

僕らが残りたい、残したい、という形でも歴史も名前も  

実績も仕事も、誰か他の者が受け継ぐのであって、  

あなたの自分はそこに影を落とすことしかできない。  

自分のどんな真理も、輝くのはそれを見抜いて受け  

継いだ者の、輝きとなり、真理となる。あなたは  

せいぜい同姓同名の「自分らしきもの」を影として  

残すだけだ。火山が吹き飛んだら、平らな台地になる。  

次の世代は昭和新山のように、海から突然現れて  

成長し、古い小さな島を飲み込んで、大きな島になる。   

地球に突然できた大陸も、自転・公転の遠心力で  

アジアやアフリカやアメリカ大陸に分離してしまった。  

そこで僕らは常に、比較してそれなら今を、大事に  

生きようとか言い出すのだが、それは間違っては  

いない。しかし、死と交換するつもりで生を称賛する  

のなら、ことの本質をはき違える。  

死という考えを捨てれば、まったく記憶から失くして  

しまえば、生と交換して、生が永遠に続くと、言うに 

等しいことだろう。

それはない。ないだろう、と書くべきだろうが、僕には  

それでは自分に嘘をつく気がする。実際に、という  

のは仮定を想定したことだ。そんな仮定に意味は  

ないと僕は感じる。   


もう一度、相模川の真っ暗な河原での思惟を思い  

出してみる。林があり、デコボコの土道で、前が  

見えない。これは怖い。僕も怖かった。しかし、  

因果があった。それはすべての答えを導くものだ。  

それでその闇を前に見据えながら、自問自答した  

のだ。なぜ怖いか。その状況でひとつひとつ怖い  

ものに尋ねた、まず、幽霊が怖いか。怖くない。  

幽霊が、ではなく、幽霊はこんな自然状態の場所  

には出てこない。人に見られるのを、または人に  

会うのを目的としている。それをこんな河原の  

人気(ひとけ)のない所を選ぶはずがない。と、  

そうして、ライオンも怖いが、日本の河原に出る  

はずもなく、蛇も今の時間は居ない。危ないお兄  

さんもこんな寂しい所でたむろなんかしない。 

そして、最後に怖いものを見つけた。なにが一番  

怖いかといって、人間が怖い。こんな闇に紛れて  

いられる変人がいたら、それに出会ったら、心臓が  

飛び出しそうだと思った。で、少し、笑った。  

それは自分のことだから。そんな変人は河原で  

そんな実験をしようとする、自分のような人間では  

ないか。この時は偶然、自分のような変人がこの  

暗闇の林にいたら、本当に怖いと思った。  

が、いないだろう、今晩は。  

だから、怖いものはない、と気持ちを一瞬で切り  

替えた。それからだ。闇の何も見えない林間を  

なんの照明・灯りもなしでガンガン歩けるように  

なったのは。僕は決めれば、勇気は人の数倍も  

持っているので、後ろに霊がいるな、と思っても  

思い切り振り向ける人間だ。(怖いが・・)  

現実の闇というものは、僕には存在しなくなった。

怖さがないので、前向きだ、すると、多少木の根に  

足を取られても、前向きに倒れそうになるから、  

すぐに体勢を直せる。ガンガン、ほんとうに見え  

なくても小走りに河原を歩いていた。 

今でも、夜中、家の階段を無照明の中をよく上り

下りしている。 2回踵から滑って背中から落ちて  

いるので、怖さも格別にある。点灯の面倒さと無謀  

さが、ないまぜになって(笑)。

それがまだ5年前くらい前まで、のことだ。無意識 

に感じた最初の怖さに比べれば、大したものでは  

なかった。どうしてそれができたかは、日常が  

死と隣り合わせで、緊張が切れることはなかった   

からだ。死は単純に死ではなく、比喩はできないが  

或る象徴世界だった。愛と人々の想いが集められ  

ていた。それは僕の知った限りのことだ。狭い知で  

海をかき回したつもりだったが、深海にも届いて  

いなかっただろう。僕はそういう映像に無関係  

だったので、神秘は信じることができなかった。  

スピリチュアルにはもっと気持ちから距離ができた。  

人に憑りついた鬼が見えるという女性がいて、 

取引の関係でしばしつき合ったが、彼女の言う  

ことをまったく信じていなかった。竜が見たい、と  

言っていたが、夢を見ているとしか思わなかった。  

映像を見ることがなくて、僕は幸運だったと思って  

いる。自分の心像はさまざまな錯覚も幻想も、区別  

なく僕らに見せる。それがリアルだったら、夢で見た

大理石のように、これが現実だと何度もそう思わせ  

られただろうから、その影響は無視できなかった  

だろう。特に霊のように特別な信号体はそこら辺の  

ものに付着するから、どこへ行ってもそんなものを  

見ただろう。額のしわが増えるだけだ。  

     
この3年でそれらの40年来の緊張から解放を企て、  

それが僕の退行の始まりだった。それはよく知って  

いた。これ以上、コントロールするのは無理じゃ  

ないかと。人間に無関係のものを、知り得ることが  

可能であったとしても、受信の装置が備えられて  

いないのだから、空気のない世界に音楽を運ぶよう  

なもの。 誰も耳というものを進化させて持って  

いないだろう。あってもないのと、同じではないか。  

聴くことができない。  

自分についてだって、特殊な条件に人生が支配  

されなければ、自分を知ろうとする人間はいない。  

’自分’も’知る’も、誤解の彼方だ。  

自分を変えたいというのは、頭で考えた理想の形に

自分を交換したいということであって、それが自分を

変えることにならないなど、気もつかないだろう。  

そして、この世は、つまり社会はそういうように  

出来ているのだから、原則何らかの理由はあっても  

おかしくはない。  

僕の意見は危険なものだが、だから言わないの  

ではなくて、その前提を話さないと、理解しがたいと  

感じるから。

僕が何もしなくても、時が来ればそれは明らかになる、  

誰かの言葉で。  それでいいし、今はまだ急を要する  

わけじゃなし。  

僕の精神もくたびれてきているから、これが自然な  

成りゆきというもの。物事には順番がある。  

それでもまだ、言葉がそのまま理解されれば、それ  

は凄いことで、なかなか起こらない。孔子はそれを  

「耳従う」(六十而耳順。)と言ったと思うのだが、60  

にして、である。

相手が言いたいことに準じて、相手の言うことがわかる  

という意味だと思う。そこに自分の考えを差しはさまない  

ことが偉い。 素直? 教養? 寛大? 諦らめ?

年の功?、似ているが・・・。

孔子にして、60。僕らは70歳でもまだましだろうか?  

 
                    7.25
nice!(11)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。