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終わらないシュプレヒコール [日記・思考]

この悲しみはあまりにあまりに、怒りに満ちている。 

静かで美しいメロディだが、それが包んでいるのは

天にも届く怒りの火柱だ。 

人は次第に侵食されてゆく。この悠久さが悲しみと

共にある。僕だけが感じたのだったとしても、悲しみ

が天に満ち満ちてゆく。 

わかり初めというのは、悲しみは便利な調味料だった。

使い方次第では料理が引き締まるのとは違うだろうが、

それを材料にして愛に変換することができるのだ。

悲恋歌はそれで愛の序曲になった。

僕の悲しみの理解は子供の悲しみよりもなにかでは

なかったような悲しみだったのか。あまりに突きつめて

天を突きとおすという苦しさの針のようなものは想像

もしなかった。  

いつも変わらない万民の悲しみというのはそこにある

ものだろう。それを知らずにいたことは迂闊な話だった。

この歌の中にはそれがあると思うのだが、それは言い

過ぎになるのだろうか。恐らく、「シュプレヒコールの波」

という件(くだり)は日本のメロディが含まれていて、遠く

から呼び覚まされるのだ。もう記憶にもないような昔から

聞いた、そういうメロディ。これを語られると、たまらない

気持ちになる。胸につまる感触が悲しみというパウダー

を白い雪のように振りまいてゆくのだ。  

変わらない悲しみを見つけたようだ。もう変換させる必要

もなく、美しい。どうしてこれだけの美しさを変えてしまって

いいだろうか。すべてが愛に変遷しながら辿り着けばいい

と思っていたことがどれほど浅はかだったことか。

やはり生きる原理などという明るい素材は存在しては

いない。そんな風に考えられるほどに僕らの世界は底の

浅いものではないのだ。まだ愛には愛の役目があり、

悲しみには悲しみの役目があり、苦しみには苦しみの、

怒りには怒り心頭の存在が必要なのだ。 

僕らは、だから解決を望んでいない。僕らはどんなことも

思い通りにできる。半無限の可能性を担っている、それでも

僕らが苦しむことを捨てなかった。気づこうと、気づいてなく

とも、捨てたくなかった。ある場合には必要だったからだろう。 

僕らの先祖が何千年も前にたどり着いたものが、それだった

としたら、世の中を解決しないことだったら、それをどう受け

止めるだろう。

僕たちはどうすべきなのだろう。



「 シュプレヒコールの波  通り過ぎてゆく 

変わらない夢を  流れにもとめて

時の流れを止めて  変わらない夢を 」
               (世情: 中島みゆき) 

愛にはほんとうに、際限がない。そこら辺りでやめとけば

いいのに、必ずそれ以上なのだ。驚くたびに、それが愛だ

と認識させられる。だから彼女はいつも僕ら人間を超えて

進むのだろう。僕らはその度に立ち止まるのだ。そこにない

ものを求めて、それが手に入りそうな気がして、・・。

彼女はそういう僕らを愛す。それはどれほどのことなのか。

僕らに想像が及ばないことにはそのまま、想像が及ばない

というやりきれなさ、・・・ なのだ。

彼女が愛すのは、つまづく僕らであり、挫折してしまう僕ら、

わざわざ苦しんでしまう私たちであり、舌を取られて言い

たいことも言えない私たち、どれほどの悲しみがおおい

尽くしても息をひそめる僕ら、誰が決めたのかわからない、

いつしか苦しみを愛す僕ら、悲しみを愛す僕ら、哀れな

僕らを、それゆえに彼女は愛さずにはいられない。

それは原理でも、単なる感情でもない。そういう僕らを

愛することで彼女も意図しないで、僕らを越えて行って

しまう。僕らが悲しみのうちに彼女から離れてしまう。 

その事情や状況は思いやりや献身や裏切りであった

りする。多くは愛に感化され、自身も愛から発信する

ようになるからだろう。  

愛にこれだけのエネルギーが溜まっているのはどうして

だろう、というのは一度は感じる疑問だろう。僕個人だけ

ではそれが人間よりも大きいとわかるだけで、その内実

はまさに無闇の中だ。

気づかないかもしれないが、僕らは苦しみを愛する。僕ら

は悲しみを愛する。彼女はそういう例えようもない僕らを

愛でるのだ。

僕らが例えようもないから、例えようもなく愛でるのだ。

僕らが愛を見ないのは自己という丸太にしがみつこうと

しているからだ。自分の内面ではそれは普通のことだが、

世間ではそれは数が少ない。パイは奪い合いになる。

その争いを止めもせずに、基盤を守ろうとして支える。

争いさえも支えようとしている愚かな存在には気づくはず

もない。

僕らの基本は社会地盤が自然に包まれ、そこから生きる

糧を得ているように、僕らの心の生活は愛に包まれている。

それに気づかず、自己に憑りつくことに夢中になっていた

にしても、・・  そうなのだ。

僕らは生まれる遥か以前から守られ、生まれる度に祝福

されてきた。それを知ることが多くはなくなってきたとは

いえ、まだその習慣は守られているだろう。

僕は年寄りがなにもかも黙認して、良いも悪いも必要悪

のように仕方がないように認めてしまうのが嫌だった。

当たり前に自由を求めた。それがただの開放感だった

のを見つけるのに、定年まで待たなければならなかった。

それでも自由な生活を経験したことは大きかった。小金持ち

になったプチ成功者と同じように、好きな時に好きなところへ

旅行したり、と、やがて飽きるまで。どこかで制限しなければ

その中で自由は生まれなかった。自由は自分で制限を造ら

なければ囲えなかった。制限内だからこそ、そこで好きに

振舞えたし、力を試すことができた。それで自分に力を

感じて、自由を味わえたのだ。 僕らは自由を求めていない。

現在の他人や組織による束縛や制限からの開放を求めて、

それが自由だと思っている、 ・・・だけだ。



愛ともやがて戦おうと思っていた(だろう)。2年近いあふれ

きるほどに、実際あふれていたしあわせを振り切って、彼女

から離れて異なる自由を得ようと思った。

それを(過去の)現実の異才たちは婚約してはそれを破棄

するということがくり返さざるを得ない、苦しい恋愛劇になった

のだろう。

この自己と愛とのシーソーのようなバランス悲劇は変わらず

どの時代にも衰えずに続いた、続いている。 今も。 

悲しみと愛はカードの裏と表というようなものではない。

それは一点で同じ本質を共有していて、実際につながって

いる。 きらめく美しさで。 その一点まで辿れば、悲しみは

愛に変換できる可能性があると、考えてもらえるだろうか。

できなければ、それは僕だけということになるが、それこそ

あり得ないことだ。僕にできたことが、他の人にも誰もでき

ないということはないだろう。 

だんだん歌が遠くなってきた。悲しみに遠くへ連れられる

感情から、それがやさしく感じられてきているのだ。歌は

同じだ。僕が変わりはじめているのだろう。悲しみが

溶け始める。せつなさがまろやかになってゆく。愛が顔

を見せ始めたようだ。  この三日間は貴重だった気が

する。

感動間違いない大好きな映画を三本も見続けていた

ようだ。

理解すれば理解しようとしただけ、お約束通り、愛は

大きくなる・・・ ようだ。 君が約束したのだ。その意味が

少し、広げ過ぎている、と言いたくもなっている。わかるよ、

僕が望んだから、君は僕に理解させたがっているんだろう。

人間が望んだから、

理解してもらってもいい、と。


君という、僕という、なにかを。 



 




**

僕の経験事実がはたして多くの人の隠れた事実であるかは

仮説の範囲になるだろう。
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