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日本、十分な自分自身 [日本]

すべての足場が外された世界はどうなって 

いるだろうか。それだけではない。それが

どういうことか、僕らはわからないだろう。 

しかし、そこに足を踏み入れた時の記憶

があるのなら、それは脳による記憶では 

ないために、なぜかわからずにその記憶 

に覚えがあり、しかもそこに戻らずには 

いられない焦燥を抱えることになる。 

そして、それは簡単にその望みは果たせ

ない。足場のない足場、人間を受け付けない

世界というものだからだろう。

ダーウィンは若い時の一度の航海で南アメリカ

の荒涼たる沙漠を眺めて、その何もないさまに

感動したと言う。なにもない荒れた地の空漠たる

情景になぜか惹かれたらしい。それを読んだ時

に僕も強い共感を覚えた。 

人は美しいからだけではなく、荒涼たる光景

にも心を寄せる。その空漠は僕らのなにが

虚しいのによって、対比せられるのか、また

相対して僕らの何を映そうとするのか。

この虚しさは単純ではない、と今なら言える。 

以前はただただ虚空の井戸に落ち続けるような

掴むもののない、終わらない落下のような気が

していたが、この頃はそれを思い出すのさえ

難しくなった。なつかしささえ感じるのに、それを

うまく思い出すことができない。その中空の点に

ちょんと軽く立つことさえできたら、すべてが

明瞭になるとわかっているのだが、またその 

ために轟く豪風の虚しさの嵐に見舞われ続ける 

のも承知しているのだが、生きるにはそれが

不幸だとわかりながら、かつて知ったるその

不幸がなつかしく、また恋しくもあり、その凄まじい

嵐を前に一心不乱になりたいのはどうしてか、

その戦いの緊張を取り戻したいのはどうしてか、

もしかすると、その時こそが今までで最も充実

して自分自身であった時だったからではないか、

それが忘れられない。 ・・と考えてしまう。


非日常の最も不幸だった半世紀が、今の日常

のしあわせの時に思うと、不幸どころか、幸せにも

思えるのは、皮肉なことではあるが、同じように

なればまた非常な緊迫感で、今しあわせだとか

言える余裕すらなくなるだろう。余裕もないばかりか、

十分な判断もままならない、あの時は。  

今は? どうだろう? またそれを求めるだろうか?


無くなろうとする 意欲 

自分を捨てるのは  死への 方向で 

僕らの 生きる前提になる  意欲とは  

反対の方向 になる  

はじめは  つらいとか  寂しいとか 

やるせない  取り返しがつかない 

もうこれまで と  孤独  絶望に 

それを 心で  試練していると  

心は  突破される  

心 無い 状態を  味わう  

それは  通常の状態  

それが 日常にさえ なる 

年数を 重ね  慣れるとさえ 感じる  

夜は 淵まで   知った街 

淵から先の  闇は  知らない街 

人とは  無関係に  感じられる 

それは 生死を 超えている 

それは  名前という 概念に

できない  恐ろしい  感覚野 ・ 意識野

それから  比べれば 

独りでいることの  なんと 

暖かいことか  

孤独でいることと  朝が来ることの 

なんと  同じことか  

そして  人生の  失敗であることか 

内面の 成功であることよ 

言葉は  このような真に おいてさえ 

矛盾を  避けえない  弱き道具よ 

真に近く  迫ったことさえが 

世の中に  混乱を  ひとつ増やす 

迫れば  混乱 困難 

迫れなければ  駄作  平凡 

いずれ  究極を離れ  あいまいな 

スープの 香辛料程度の   刺激に 

どちらかが そこに 辿り着くのでもなければ 

全体を 俯瞰することが  それを定着 

させるのでもない  



僕を ひとりに  せよ  

僕を 見守る  周囲のすべてに  

それを  せよ  

させよ  

それでは  くり返しだ と  

言うのだろう 

一本の 木を示せ  

一枚の  葉を 地図にせよ 

見えないうちに  巻き込まれ  

僕の  望むように    せよ  

まだ隠された 未知の ・・・・

それは ・・・・ 


そうか、 

そういうことかもしれない  

それを 十分な結果の 後に  

示せ 

だから  道しるべは  なくて 

いいのだろう  

なにかに  拠らなくて    いい  

頼るべきを  外せ  

足場を  備えず   外せ  

僕に  無 という街を  

与えよ  

なにも なくても  

僕は  行けるから  

                  3.12 


本がいくらあっても、知識がいくつ

積み重なっても、100kmごとに

いくつ新しい国がうまれようが、仮想

空間の街や亜地球が何千とあろうと、

この世や、人間に近い宇宙人の暮らす

多重な世の中が宇宙にひしめき合おう

と、心の隙間を埋めることはできない。

そう思っている残滓がこの1か月前まで

あった。(らしい。忘れていたから)

また独りの自分が去るらしいが、去る

のは常に新しい自分が生まれる時だ。

固定した自分など居やしない。

しかし、今度去るのは、大きな一部だった

僕(自分)らしい。それは表舞台を去る、

という意味なのだろう。ボーリングブーム

で日本全国ボーリング場だらけだった

一時期があったが、今では限られて

見なくなったように、なくなってしまった

わけではない。ブームが去ったように

彼の役割を終えたのだろう。

新しい舞台の幕を上げることができるのだ、

と想像すると心も春めくが、まだその予感

だけでなにが変わったのでもない。だから

こそ、まるで登山計画を建てている時の

ように最も楽しい時を感じるのだろう。



ドストエフスキーの「作家の日記」を探して

いて、偶然、昔プリントしたブログを見つ

けた。「富士山遭難記」、2010年のものだ。

これは最初の富士山登頂で失敗した時

のことだ。八合目まで六合目あたりからの

膝の痛みを押して、登っていたが、もう夜

になっていた。あと1時間だったが、9月

だったので、これから相当冷え込むはずだ。

途中の山小屋は営業していなかったので、

安全暖かに夜を越すことができない。足が

故障するとは思っていなかったので、テント

も寝袋もない。

やむ無く、痛み止めを飲んで、真っ暗な下り

の道をほぼ駆け下ることになった。膝は

足をまっすぐにすることで、痛みが出なかった

ので、それで砂走という小さな礫の、砂場の

ような坂道をザックン、ザックン、跳び下りる

ように駆け下ったのだ。あやうく遭難になる

処だったという記事だ。

最後に句が、歌が締めくくっている。



「・ 富士の背に 日帰りはないだろうと  

 ほざく夜かな   


・下弦の月  カットすいかに よく似たり


・自衛隊  夜演(習)は火の玉  幽霊弾

  ( 演習で照明弾が撃たれ、それが
     ふよふよと 幽霊に見えた )


・天の川  ふりさけ見れば   全天の 

 黒い空にぎわう 星   そして 

 わが 天の川
               」


まさに 心意気。日本、喜ばしからざるや。



                    
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