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概知の新天地に迷い込んだ 探るその1. [思考]

今夜も

自分が こんなに面倒なものに  関わりあっていると

再認識する。 例えば、この3000年の文化と 科学・歴史・学問の移り変わりを

どう説明するかということ、   どこから始めるかということ、

どちらも 難問に見える。  僕は まだ  その点には注目・集中したことが

ない。 Nothing!

ともかく、始めるのはいつも 今からで その場で始めなければならない。

うまく どう進めるかが まとまるように考えられればいいのだが・・。

46億年の地球の誕生から始めるのは、よくない。わからないこと、知られて

いないことが多すぎて、結局は役に立たない想像や仮定ばかりの 知識になってしまう。

古いことほど新しい知識が多く、それは新発見によって覆されてしまうことが、 

よくあるから。

手塚治虫は過去の日本から始め、未来の日本を次に挟み、どちらも現代に近づけて

最後は現代を漫画で描こうとしたのが「火の鳥」だったが、趣向が面白いだけで

基本は同じことだ。  未来は予測できることが限定されているし、想定外で

すべての未来はひっくり返されてしまうので、新しい事態、今のコンピュータや

ネットは、誰も想定しなかった。そのように未来は不安定だ。

僕らの頭は固定的で、それは知が概念で区分けをして考えるからだが、 善悪に

代表される二元の対比・対立思考という癖がはなはだしく、そこから抜けるのは

容易ではない。

そこで、僕らの理解という内側の問題と、外側の煩雑な知識世界という問題とが

浮かび上がる。これをどうするか。

両方交互に混合させた書き方をしてやって、はじめはそれほど広がらないが、

でも広がるのに、時間はかからないだろう。それはそれで、またどうするか

考えて、まず一応それをやり方にして、次ははじめの起点をどこにするかだが、

う~ん、次にするか。緊急と重要と、他に選択するための要素がありそうで

今すぐには思いつかない。が、放っておくと痛い目に会うのはわかっている。

(明日は外出なので、パソコンに触れない)続きは19日の予定。
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この世が練習問題というもの [精神]

話してくれたね

世界の はじまりと 終わりの話を

それは 僕の生き方を  変えてしまったけれど

僕の 小さな 知 を 吹き飛ばしてしまったけれど

それは  背伸びをしたみたいで

世界の クローンをつくるに  とどまってしまった

それは それなりの冒険で

ジェットコースターの 詳しい記憶が  あるわけないように

自分が  そこにいたという  実感さえ 失ってしまった

We Got it !


話してくれたよね

愛の はじまりと  終わりを

終わりは まだ 始まらなかったけれど

僕から そこを離れたんだ

それは 語ることができないくらい

大きな  僕らの  膨大な物語

その洪水の 想いは  とてつもなさ過ぎて

わかるのは  語れないことだけ

死とともに ある愛というものも

その他の パターンも  あるとわかった

僕らには  どうしても  永遠に感じてしまうほどに

器が 小さすぎて  困ったことさえ  気がつけない

わからない

津波のように  海ごと 丸ごと  流されるんだから

上も 下も  ありゃしない

死は 死ではないと 言っても

それをなんだとも  言えないのだから

もっと 大きなもの  としか ・・

それを 現わす言葉は  今までなかったし

現わせないから  誰も

言葉に しなかったんだろう

そのくらいが  わかること


僕には  「世界」という言葉が

そのすべてを 現わして  想像が及ばない、 尽きない

世界の 広がりが  ある

そこに  僕らは  居られない

そうだろう  宇宙でさえ  個人では 長居は 無用だ

そこでの集中による 緊張を  解かれると

僕は  拡散してしまう  僕の心を

どうにか  まとめて これからを考えよう  とする

まだ 勇気が  残っているうちに

僕らは  百分の1  億分の1の自分に

穴を開けるだけで  死ぬほどの勇気が 必要だ

それは 今でも  これからも  いつでも

矛盾したことで  自分が壊れないようにして  

穴を 開けることができないし

自分を 壊すつもりでないと  少しの穴も 開かない

自意識の世界は  いつも こちら側で

無意識が  あちらの 対価になる

こちらの世界で こちらの中に いるのなら

対比できるものはないので  死を恐れる  

それより  方法がない

対価が 穴から漏れるから  対比して  はじめて

こちらが何か  わかる

光と影が  協力するから  ものの形も わかるが

どちらかだけなら  それは 映像にならない


わかればわかっただけ  そこから隠された

あちらの わからない部分が  あらわになるが

それは わからない形をしたまま

あると感じるが  それがなにかわかるとは  別のこと

わかれば わかるだけ  わからないことが増え

代わりに  この世で

自分というものの 善し悪しが見える

答えは 見えただけで それなりに

素晴らしいが     やがて  

答えを どう生きるかが  ほんとうの答えになる

生き続けて  最後まで行かなければ  それはない

僕らは  その矛盾を 越えられない

いつも これからも


もう それが  どうだということに  興味は少ない

どれだけ それの どこまでを 辿れるか

そこに 携わる 関わる  身を置いてみる

そういうことが  必要になる

期限を決めて  バーゲンじゃないが

わかっていることを  確認する必要は あるから

さて  話してもらおう

過去の書籍から  現在の 山盛りの研究に

どんな 途中の事情が あるのかを


結語は 書かない  これを説明していくには

これから  長いスペースが 要るから

それは 想像できないくらい 旅も 文化も

科学知識や 植物・動物も  関連する


もう 午前3時半に なった

よく寝られそうだ ・・



*その長い物語だけれど、ひとつを最後まで読まないと誤解が解けない仕掛けに

 なっている、というか癖に。それが欠点だね。
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